1章_3



 緊張感とは程遠い空気の中で走り続けて数時間、ゆるやかなしんどうと共にゆっくりと馬車がまった。

 クッションに兜を埋めて「パーシヴァルさんの噓吐きぃ……」と半ばごとのようにぼやいていたモアネットがはたと意識を戻し兜を上げて外をうかがう。

 どうやら領地境の検問に着いたらしく、男が数人窓しに馬車内の様子を窺い、全身よろいが動くのを見てギョッとした表情を浮かべた。だれだって馬車内に置かれていた全身鎧がとつじよ動き出せばおどろくというもの。そのうえ馬車の中にはていの王子アレクシスの姿まであるのだ、きようがくから覚めると共にげんな表情になるのも仕方あるまい。

 一人が慌てて馬車に乗り込み、こちらに聞こえないように声をひそめてオルドに何か耳打ちする。大方、こんなあやしい一団を領内に入れて平気かと案じているのだろう。

 それに対してオルドは軽く片手を上げ「問題ない、通せ」の一言でしまいにしてしまった。説明ですらないその言葉に、それでも警備が深々と頭を下げると共に馬車から去っていく。

 そうして警備が周囲に事情を説明してようやく馬車が走り出せば、オルドがクツクツと笑いだした。

「時間をとらせて悪かった。どうにもうちは警備がかたくてな」

 そう話すオルドの口調は言葉とは裏腹にどこか得意気だ。

 そもそも、時間をとらせるも何も検問を設けたのは彼自身のはず。それをあえて言うのは、いかにおのれの領地がけんかを見せつけたいからだ。

 なんとも分かりやすいその態度に、モアネットがギシと肩を竦めて返した。そのうえ、しばらく進めばまた検問があるのだからこれは堅いにも程があるというもの。

 雑談ばかりで馬車をのぞくことすらせず通してくれた国境とは大違いである。

 だがそれほどまでにオルドがこの領地を固め、そして己のテリトリーとして他所よそから人を入れるまいとしているのが分かる。この堅固さは彼のけいかいしんと敵意の表れだ。

 王宮からげてこの地に辿たどり着いてきたが、はたして安息の地となるか……。

 もしかしたら自らきように足をみ入れただけかもしれない。

 そんなことをクッションに兜を埋めてウトウトと微睡まどろみながら考えれば、オルドがどこかほこらしげに「見えたぞ」と周囲に話すのが聞こえてきた。





 オルドのしきは見上げるほどに大きく、つくりもしっかりとしており細部にまでかざりがほどこされていた。そのうえ立派な庭にふんすいまで設けられており、けんらんごうさで言えば王宮と比べてもおとりしないだろう。むしろ同等と言えるかもしれない。

 些か華美過ぎるところも目立つが、それがまたいかにも権力者といった威圧感を感じさせる。自己けん欲の強いオルドらしい屋敷ではないか。

 中も外観に合ったもので、長いろうには質の良いじゆうたんめられ、高価そうなつぼや鎧が飾られている。かべかる絵画も、きっと相当名のある画家のものなのだろう。

 そんな廊下を歩くオルドは堂々としており、まさに屋敷のあるじといったかんろくを感じさせる。

 そのうえ通りかかる者達は皆オルドのかんを表情をやわらげて受け入れ、そして後に続くモアネット達を見て彼を案じているのだ。中には直接オルドに耳打ちしてかくにんする者まで居る。

 なんとも失礼な話ではないか。だがオルドを案じ、彼の返事を聞くやあんし一礼をして去っていく屋敷の者達の姿に、彼がどれだけしたわれているかが分かる。

『玉座に座るためには、こっちのばんも固めとかなきゃなんねぇもんな』

 とは、馬車の中での彼の言葉。

 やつかいな男ではあるが、己の領地はしっかりと固めてしようあく出来ているようだ。

 そんなオルドの後ろを歩いていたモアネットがふと足を止めたのは、一行からパーシヴァルだけが外れたからだ。何かあったのか、突如足を止め廊下に並ぶ鎧をながめている。

 いったいどうしたのかとモアネットが兜をかしげつつ彼のとなりに並び、ならうように鎧を見上げた。これといって変わったところのない鎧だ。

「どうしたんですか、パーシヴァルさん」

「……呼び方にとげを感じる」

「気のせいですよ、パーシヴァルさん」

「そうだな、きっと気のせいだな」

「そうですよ、パーシヴァルさん。それで、本当にどうしたんですか? この鎧に何かありましたか、魔女殺しさん」

「ちょっと混ざってきてるぞ、モアネットじよう

「魔女のパーシヴァル殺しさん……」

「もはや何が何だか」

 パーシヴァルがせいだいためいきき、次いで目の前に並ぶ鎧に視線をやった。

 傷一つどころかもん一つ無くれいみがかれているあたり、屋敷にはくをつけるための鎧だと分かる。並ぶ様は圧巻と言えなんとも豪華ではないか。しかし足を止めてまで眺める程ではない。

 だが鎧を眺めるパーシヴァルの表情はしんけんそのもので、いったいこの鎧が何なのかとモアネットが彼と鎧をこうに見つめた。

「立派な鎧だな」

「そうですね。確かに立派な鎧ですね」

「だが立派なだけだ。可愛かわいくはない」

 そう言い切るパーシヴァルに、モアネットが兜の中で目を丸くさせた。

 並ぶ鎧は屋敷に箔をつけるためのもの、立派ならばそれで十分ではないか。必要なのは豪華さと威厳、そして屋敷の主の自己顕示欲を満たすこと。可愛さは必要無い。

 だというのにパーシヴァルはいまだ鎧を眺め、可愛くないだのいとしくないだのとつぶやいている。

 かぶとはなやかなかみかざりでもつけて、果てには全身鎧に豪華なドレスでもまとえば満足なのだろうか? まったくもっておかしな話だ。

 そんなモアネットの怪訝な視線に気付かず、パーシヴァルはしばらく鎧をぎようすると満足そうにうなずきだした。己の中のまどいが晴れたとでも言いたげなすがすがしい表情ではないか。そのうえ「行こう」とこちらをうながして歩き出す始末。

 まったくわけが分からないとモアネットが兜の中でけんしわを寄せるが、それを問おうとするより先に前を歩くアレクシス達に名を呼ばれてしまった。

「可愛いとも思わないし、いつさいときめかない。べつに鎧が良いってわけじゃないんだな。まぁ分かり切っていた話だが」

「パーシヴァルさん、いったい何の話をしてるんですか?」

「いや、何でもない」

 気にしないでくれとあっさりと話をしまいにしてしまうパーシヴァルに、モアネットが兜を傾げたまま彼の後を追った。



 そうして屋敷の中をさらに歩き、通されたのはオルドのしつ室。

 主の部屋だけあり広く豪華な一室で、飾られている品々は素人しろうとにも高価な物だと分かる。

 もっとも、飾ってこそいるがオルドもこの手のものにはさして興味は無いようで、高そうな壺にロバートソンが近付くのを眺め「巣にするか?」と話しかけている。いわく、のために飾っているのであって、壺の中に蜘蛛くもが巣を張っていてもどうでもいいのだという。

 コレクターが聞いたらそつとうしかねない話ではないか。己の権威をひけらかす者はあまり好きではないが、ここまで開き直られるといっそ清々しく思えてくる。

 そんなオルドの部屋で、彼に促されてモアネット達がソファーにこしを掛けた。これもまたほかの調度品と同じく上質なしろものなのだろう、やわらかさにろうした体が安堵を覚える。

「せっかくだからワインでも開けるか。ジーナ、モアネット、何かリクエストはあるか?」

「あら、気になさらないで。オルドが選んでちょうだい」

 オルドの申し出にジーナがゆうに笑う。

 そのこわいろがどことなく楽し気なのは、この旅が始まってようやく魔女らしい持て成しを受けられるからだろう。そのうえで彼にせんたくを返すのは、用意されたワインで持て成しの度合いを測ろうとしているからである。

 ここで屋敷と立場に見合わぬ安いワインを出せば、その程度のあつかいかと魔女のげんそこねる。かといって一番高価なものを出せば、それほど魔女をおそれているのかとめられる。

 つまり今オルドは魔女にためされているというわけだ。それを察し、オルドが困ったようなしようかべた。

うわさに聞いていた通り、じよの持て成しは難しいな」

「深く考えず、身のたけにあった持て成しをしてくれれば良いのよ。時と場合によっては、魔女はいつぱいの水にだって好意をいだくの。モアネット、貴女あなたも魔女としてオルドがどんなワインを出すのか楽しみにしておきなさい」

「そうしたいところですが、私はワインを飲めません……」

 しょんぼりとモアネットが答えれば、察したジーナがでるように兜をでてきた。そのうえさきほどまで魔女を相手に身構えていたオルドも苦笑しているのだから、なんとも心地ごこちが悪い。

 思わずモアネットがずかしさを覚え、「でも少しくらいなら飲めるかもしれません」と、意味のないきよえいを張った。もちろん、この強がりもジーナにはお見通しで愛でられてしまう。

 今までワインは資金源として考えていたが、少しくらいたしなんでおいた方が良いかもしれない。

「モアネットには他の飲み物を用意させる。何が良い?」

「オルド様が選んでくださって構いませんよ」

「そこはつうに選んで良いわよ、モアネット」

「紅茶が良いです。お砂糖の数は……オルド様が決めてくださって構いませんよ」

 せめて砂糖の数ぐらいはとモアネットが魔女らしく告げれば、オルドが苦笑をこらえつつ頷いて返してきた。

 次いで部屋のすみに構えていたメイドに声を掛け、ワインの年代と紅茶の種類、それに砂糖を多めに持ってくるよう告げて手配へと向かわせる。その際にアレクシスとパーシヴァルに対し「お前達にもワインを飲ませてやろう」と告げた。その恩着せがましさと言ったら無い。

 そうして待つこと少し、部屋に飲み物とようが運ばれてきた。

 オルドが「夜は豪華にわせてもらうから」と菓子の質素さを恥じてびてくるが、テーブルに並ぶクッキーやタルトはとうてい詫びるようなものではない。

 だがあえて詫びるのは、これもまた彼の見栄なのだ。その分かりやすけんそんに、モアネットがなおに礼を返してテーブルへと手をばした。

 クッキーは適度に甘くこうばしく、タルトもまたフルーツがふんだんにせられていて絶品。これを本気で質素だと考え詫びているのであれば、世界中のパティシエが泣くだろう。

 そうしてしばらくは柔らかなソファーと美味おいしい飲み物と菓子をたんのうし、長旅で疲労した体と心を休める。だが休息の時間はそう長くは取られず、だいにいよいよといった空気がただよい始めた。じよじよに口数が減り重くなる空気に、モアネットが兜の中で深く息をく。

 そんなちんもくの中、口火を切ったのは、

「そろそろ説明してもらえるか」

 というオルドの言葉だった。

 真っ赤なワインが注がれたグラスを片手にする彼は、深い茶色の髪と合わさってまるでのように見える。漂うあつかんへきに追いやられたとはいえさすが王族といえるもので、とりわけ今はモアネット達にうそを吐かせまいというはくりよくを感じさせる。

 そんな彼を見つめ、モアネットが紅茶を一口飲んでゆっくりと口を開いた。

すべては一人の魔女が……私の妹、エミリアが引き起こしたことです」

 と。





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