四章 和国からの貢ぎ物_一
朝議が開かれている
正面の一段高い玉座には、
祥飛の正面に引き出された理美は、ひんやりした
(なにが起こったの? どうなってるの?)
一人の官吏が進み出て、祥飛に告げる。
「先にご報告しましたとおり、和国は我が国を
(和国が崑国を侮って侮辱した? どういうこと?)
目の覚めるような美しい顔で、祥飛は理美を見つめる。そして、
「その者の首を
と、目の覚めるような
「待って下さい! 和国がどんな不敬を働いたんですか!? 理由もわからず首を刎ねられるなんて、
さすがに
先ほどの官吏が、厳しい目を向けてくる。
「皇帝陛下の
「そんなはずはありません。和国は皇帝陛下の即位を心から祝うため、最高の品を用意しています。その
「その祝いの品が問題だ。和国は祝いの品として、
「木の皮……、木ぎれ……」
そんなものを祝いの品として、崑国に運んだ覚えはなかった。理美は船旅の
「あれは食材です! 食べ物です! 最上級の食材なんです!」
「あんなものが、食べ物のわけはない」
「本当です! 和国は最上級の食材を
そこで祥飛が、ついと官吏を指さす。
「
(え……えええええっ!?)
官吏と
(この皇帝陛下は品物も見ずに、官吏の注進だけで首を刎ねろと言ったの!? なんて
驚くやら
これは最高級の
そしてその
これも高級な食材で、
和国では海布と堅魚堅は、金と同等の価値がある。原料が貴重なこともあるが、この形になるまでに大変な手間をかけるのだ。手間をかけても失敗することが多く、加工を試みたうちの数割しか上質のものにならないのだ。
しかし崑国人にとっては、これは木の皮と木ぎれに見えた。
(なんてこと……)
珍しいものを贈ろうと、なまじ気をきかせたことが
しかしこうなったからには、今さらなにを言っても始まらない。
祥飛は玉座を下りると、運びこまれた祝いの品に近づき堅魚堅を手に取る。じっと見おろすと、
「木ぎれだ。首を刎ねろ」
いとも簡単に告げ、堅魚堅をぽいと投げ
「陛下、これは食材です!」
声をあげる理美の
玉座の裏側から出てきた何者かが、するすると祥飛の傍らに歩み寄った。
「陛下。雪理美は和国から運びこんだ、
背後から、祥飛の耳にそう
「伯礼様!」
祥飛が
「なんだと? 伯礼」
官吏たちは
かつて宦官は
特に今は朝議の場であり、公ではない言葉に反応するのは官吏の尊厳が許さない。ただしっかり皇帝の耳にも聞こえているし、官吏の耳にも聞こえている。
皇帝に近しい立場の宦官の耳打ちというのは、
玉座の傍らに
「この女は後宮で、この木の皮と木ぎれを使っているのか? 伯礼」
「いいえ、別のものを使っているようですが。もし本当にこれが和国の高級な食材であれば、
「ならば朱西を呼べ。これが口に入るものなのか、あれに判断させる」
(朱西様!? 朱西様を呼んでもらえるなら……!)
期待が大きくなる。
朱西を呼びに、
理美と目が合うと、伯礼は
すぐに朱西はやってきた。
「何事でしょうか、陛下」
「あなたは雪理美? なぜこんなところに」
祥飛は玉座に戻ると、
「朱西。おまえに
理美はすがるように朱西を見あげた。彼は困惑した表情で、祥飛と伯礼を見やり、次いで理美を見る。それから意を決したように
「見てみましょう」
朱西は
「どうだ、朱西」
祥飛の問いに、朱西は
「……
「そんな! 朱西様!」
愕然とした理美の耳に、
「首を刎ねろ」
「お待ちを陛下」
「我々には食材には思えませんが、この姫なら、食材にできるかもしれません。この姫は和国で、神に
(朱西様……!)
その言葉と
「そんなものが、口に入るものに変化するのか? 法術でも使うのか?」
「わかりませんが、食学を探究する者としては、未知の食材に興味があります」
「しかし食材でなければ、和国は余を
「彼女の言葉が本当かどうか、
そこで朱西は
「これが食材だと、証明できますか? 理美」
「は、はい! できます。これは大変
「では、証明しろ」
祥飛の鋭い言葉に、声が震えそうになりながらも答える。
「今すぐは無理です。準備が必要です。
「ならば七日間だけやろう。それで七日後に、余に証明してみせろ。その間は、おまえが責任を持て朱西。おまえの興味とやらに
「では
「俺は後宮に入れません。なのでこの姫を水祇宮に移し、そこで七日間の試みをしたいと思います」
朱西の要求に祥飛は「好きにしろ」と答え、玉座を立った。
「女。おいしくなると言ったな? 七日後、その和国の貢ぎ物を使って、余に、うまいものを捧げろ。これで朝議は終わった」
宣言すると、祥飛はさっさと出て行く。丈鉄はちらりと理美を見やったが、無表情のまま祥飛に従う。それを追う侍従たち。礼部と吏部の
理美は力が抜けて、立てなかった。
「雪理美。お久しぶりですと言いたいところですが……久しぶりに顔を見たと思えば、なんでこんなことになっているんですか、あなた」
気の毒そうに
「伯礼。あなたが、俺を呼ぶように仕向けたと、俺を呼びに来た侍官が言っていましたよ。どうして俺を呼んだんです」
「借りがあるのでね、この人には。君なら、うまくことを運ぶと思ったから」
伯礼は、微笑で理美を見おろす。
「伯礼、様。あ……ありがとうございます」
「まだお礼は早いよ、雪理美。君は七日間で、これが食材だと証明する必要がある」
「それは、できます……。本当に、食材なんです」
「そうだね。でもここは和国ではない。君の思うとおりにいくとは限らない」
それだけ言うと伯礼は、背を向けて行ってしまった。
朱西は座りこんだ理美の前に腰を落とし、顔を
「理美。
「朱西様。ありがとうございます。朱西様のおかげで……」
「伯礼も言うように、お礼を言うのは早いですよ」
「なぜ、助けてくれたんですか」
「あれが食材だと言われれば、興味をもって当然では? 俺はあんな木ぎれのような食べ物を、目にしたことがありません。それを試しもせずに
「はい」
「では、行きましょう」
「はい」
と頷いたが、生まれたての
「理美。立てないようですが?」
「い、いえ。待ってもらえれば立てます。きっと」
「待つとはどのくらい?」
「とりあえず、何日くらい待ってもらえますか?」
「まあ、せいぜい二、三日……ではなくて。そこまで、気長に待っていられませんね」
朱西はいきなり理美の体を
「朱西様!?」
「運びます。暴れないで」
今まで、これほど異性と密着した経験のない理美は、背や足に当たる
(近い……。お顔が近い……。というより、なにもかも近い……
耳まで真っ赤になった理美の様子を知らぬげに、朱西はすたすたと彼女を運んだ。女性をあつかっているというよりは、荷物を運んでいる感が
◆◆◆
(なんとも間の悪い人だ、雪理美は)
蔡伯礼は
皇帝の意思をよく心得、後宮を束ねる
だが朝議の場で口を
(吏部尚書あたりは、さぞ苦々しかっただろう。口を出したのが何者でもない、わたしだから。丈鉄もなかなか、
くすっと笑い、その笑いの
「陛下。先ほどは出過ぎた
茶器を前に座った祥飛に深々と礼をとると、祥飛は顔を
「かまわない。あれはただの耳打ちだ」
「
窓辺には丈鉄が静かに
「なにか言いたげですね、丈鉄」
「いいや、俺もあんたと同じ、あってなきがごとき者だからな。余計な事は言わないさ」
「ご
ちくりとした
「それはそうと陛下?
「下がれ。行く気はない」
美しい
後宮へ向かいながら、
「さて、どうしたものかな。雪理美」
真夜中の厨房で、
あの汁物を口に入れると、久しぶりに温かいものを口にしたような気がした。その日の朝に熱い
きっと彼女がなんの下心も期待もなく、
ただ伯礼の心はすぐに冷える。ほんのりと温まった
(手を打たねばならない)
そう決断したが、どこかにわずかな
「危ないな。たかが
自らに
◆◆◆
退出する伯礼を見送り、秦丈鉄は目を細める。
(
「どうかしたのか、丈鉄」
「いいえ、なんでもありませんよ陛下。さて、俺もちょっと別件があるので、出てきますよ」
にっと笑うと、丈鉄は座っていた
「
ぎくりとして、丈鉄はふり返り苦笑いする。
「十年近くお仕えしている俺に、なにかご不満でも?」
「不満はない。おまえが
「俺は、毒にも薬にもならない男ですからね、ご安心を」
「さて、俺は俺の仕事をするか」
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