四章 和国からの貢ぎ物_二
四章 和国からの貢ぎ物
二
崑国の都、
理美はそのまま後宮へ戻ることなく、水祇宮へと
必要な
衣装箱の前に座りこみ、
「珠ちゃん! 来てくれたんだ」
珠ちゃんを抱き上げ、
「理美。和国からの
室の入り口に朱西が姿を見せると、珠ちゃんは小さく鳴き、衣装箱の中に飛びこんだ。
朱西が首を
「今、なにか動くものがいましたか?」
「わたしの飼ってる
「その情報を聞く限り、鼠とは思えませんが。鼠ですか?」
「鼠ですよ? 野菜
「
「すぐですか? あんなものを、どんな法術を使えば食べ物にできるんです?」
だが理美は、まったく心配はしていなかった。証明することは簡単だ。
(陛下は七日間と言ったけど、七日も必要ないはずだもの)
明日にでも祥飛の前に、あれらが食材である
しかも理美の
朱西と共に厨房へ向かう。
水祇宮にはひとけがなく、厨房もまたがらんとして冷えた空気に支配されていた。そこにある大きな大理石の作業台に、
「この木の皮と木ぎれの正体はなんですか?」
「木の皮に見えるのは、
「なるほど、乾燥させた海草。それはわかりますが、こちらは、どう見ても魚には……」
「魚を
「沿海地方で、貝柱を干したものを目にしたことはありますが。これほど
「方法は色々ありますが、まず、これそのものは食べないんです。基本的に」
「食材なのに食べない?」
「はい。見ていてください。堅魚堅を使うには、それを
厨房内にある
適当な大きさに海布を折り取ると、
(これで、
その間に
朱西は興味深げに作業を見守っている。
四半刻がたつと竈の火も大きくなった。海布を水に浸した鍋を竈にかける。それが、ぐらりと
「できました」
ほんのりと薄い色のついた湯を
「これは?
「ちがいます。それは……」
「あの、和語で『出汁』というものは、崑語ではなんと言えばいいのですか?」
「ダシ? なんですか、それは」
朱西は首を傾げた。その反応を見て、崑国には出汁の
わざわざ、うまみのある出汁を作り、それを調理に利用する習慣がないのだ。
「『出汁』というのは水や湯に味をつけて……。
「
「そうです、そんなものです」
様々な食材を
「
「作れるんです、これを使えば。飲んでみてください」
自信満々ですすめると、朱西は期待顔で一口すする。そして、しばし
「どうですか?」
「まごうかたなき、白湯ですね」
「え……? まさか!」
理美は朱西の手から碗をひったくると、口に
「
これは朱西が言うように、わずかに色がついた、ぬるい白湯。しかも舌に苦みが残る。
「これはやはり……木の皮?」
そう
「ままま、待ってください。これは食材なんです! 信じてください」
「ええ、信じたいのですが。でも……白湯ですよ?」
「……白湯ですね。しかも苦い」
朱西から手を
「こんなはずではないんです。なぜこんな味に」
「原因は思いあたりませんか? 船旅の間に
「いつも通りの海布で、変わったところはないです。なのに、どうして……」
さっきまで、祥飛に反省してもらおうと考えていた楽天的な気持ちは、綺麗に消し飛んだ。このままでは朱西が言うように、七日後に首と
出汁をとった鍋に目をやる。
大陸の出汁は、とるのに大変な手間をかける。丸ごとの
海布出汁を取るのに必要なのは、海布と水のみ。
海布は和国から運んだものなので、
「もしかして……水……?」
井戸からくみあげた水が入った
「理美?」
心配そうな朱西に、理美は勢いよくふり返った。
「水。水が違うんです、朱西様!」
目を
「そうか、だからですね! お茶を
崑国には、二種類の水があるのだ。だからわざわざ水売りから水を買っているのだ。
一つは後宮の井戸からわき出る、料理に使われている水。これは舌に、重い硬さが残る。それでも料理に使うのであれば、様々な調味料が加わるので気にならない。しかし茶を淹れるとなると、
理美はお茶の味に
「水には二種類ありますよ。和国では違いますか? 井戸や川からくみあげられる、
「和国には、水は一種類しかありません。きっと売り水に近い水です。和国の出汁は、きっと売り水でしか、きちんとした味が出ないんです!」
「どこへ行くんです、理美」
「水を買ってきます!」
「無理です。いちおう、あなたはここに
「あ、そうか……」
理美ははたと気がついて、朱西を見あげる。
「じゃあ、どうすれば」
「いいですか、理美。水祇宮の門には見張りの
◆◆◆
朱西は衛士に命じ、売り水を買いに走らせた。
水が届いたのは夕暮れだったが、理美は
届いた水を口に含み、
朱西は
あのかちかちの木の皮の正体は海草だと理美は言ったが、あれほど
そしてそれを鍋の水に浸して四半刻待つと、鍋を火にかける。水が沸騰する直前で鍋を火から下ろし、ふやけている海布を取り出す。たったそれだけ。
(こんなもので、
食材の味を湯の中に
「どうぞ、朱西様」
できあがったものを碗にとり、理美はまず自分で味見をした。そして
碗を受け取り、それを口元に持ち上げた朱西は、ほのかに
(磯の香。しかし
わずかに
味ではない。塩味も、甘味も、
しかし、なにかが舌にまとわりつく。
それは、こくとしか表現しようのないもの。
「これは」
驚きに朱西は目を見開く。理美は期待顔で言葉を待っている。
「どうですか?」
「これは白湯ではない。味つけがないにもかかわらず……、
「良かった。やっぱり水なんですね」
微笑む理美の顔を見つめ、朱西は不思議な生き物を発見したような気がした。
こんなふうに試行
ふと、自分と似ていると感じる。そんなふうに、自分との共通点を感じる人間は
しかしそれらは
(なかなか……おもしろい人だ。しかも和国の食材は、さらにおもしろい)
朱西の口元がほころんだ。彼の中の探究心が、胸を
食材にすら見えないものが、水でさっと
未知の食材に、強い興味がわく。
「こちらの木ぎれ……ではなく、
「はい。でも、これを
「大工道具の
「それ、それが言いたかったんです! それでいけます」
「料理に大工道具とは興味深いですね。いいですよ、準備しましょう」
朱西は鉋を調達するために、厨房を出て行こうと理美に背を向けた。
(食材を使うために、大工道具とはな。おもしろい。これは)
久しぶりに朱西は興奮し、笑いたいような気持ちになる。
しかし
「理美!?」
熱湯がかかった
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