二章 美貌の宦官_二
「聞きましたよ、陛下」
皇帝の
燭台の
「何を聞いたというんだ」
「後宮で貴妃をいじめたそうですね。その結果、こうやって
「いじめたわけではない。あの
「後宮入りした異国の
「庇ったわけではない。後宮に
「阿呆阿呆と……。その阿呆は、あなた様の
朱西は
「いいじゃないか、朱西。阿呆は阿呆だぜ」
寝室の窓辺に足をかけ、
「おまえのことも聞いたぞ、丈鉄。陛下と
「心外だなぁ、俺は陛下をお止め申し上げたんだぜ」
「宋貴妃の舌を切ると言うことで?」
「俺が代わりにやると言えば、陛下は興ざめしてやる気をなくすのはわかっていたからな」
「陛下といい、丈鉄といい……」
頭痛がしそうだと、朱西はぼやいた。
秦丈鉄も朱西と同様、幼い頃から祥飛に仕えている。
今の彼の身分は禁軍に
丈鉄は、祥飛がまだ七つかそこらの時、先代皇帝と周宰相のはからいで祥飛の護衛となった。彼がどこの何者か、祥飛にも朱西にも知らされなかったが、当時、十四、五歳だったはずの彼は、その若さで相当な
丈鉄は今、
気心が知れているので祥飛に対して遠慮がなく、同時に、悪友気分が
(困ったものだ。陛下はまだ、女性に興味がない
そう思ったが、
そもそも朱西は、女であれ男であれ、
(陛下が俺と似た性質であれば、困った事だ。陛下にはお
そこでふと、食学博士の
(
こんなことばかり考えているから恋愛に向かないのだと、そこはかとなく自覚していた。
しかし自覚していても、性質が治るわけでもなく。彼に対して女たちが使う色目に気がつかない。色目どころか、
食学博士の周朱西は、朝廷内で恋知らずの博士と呼ばれている。
「それに陛下。夜食も
「欲しくない。下げさせろ」
「この夜食は陛下の心身に必要なものと、俺が選んだんです。召し上がってください」
きつく言われると、祥飛は剣を寝台に置き、
「明日の夜食は、性欲が増す食べ物を用意しましょう」
丈鉄がぶっと
「なぜそうなる」
「性欲が増せば、阿呆と
「それはなかなか名案だな! 朱西」
丈鉄が、
「なるか! おまえはなぜ、そういう
「恥ずかしいですか? 人が
その手の
「ああ、わかった、わかった。とにかく必要ない。しかもそんな食べ物があるとは思えん」
「あります。つい先頃、自分で実証しました。そこそこ効果はあります」
「で、実証したおまえは、女のもとへ
「いいえ。忍んで行ける女性が思いあたらず、新たに探すのも口説くのも面倒でしたので、その気力で
朱西と祥飛の会話に、丈鉄は声を殺して笑っている。
「ならば余もおまえと同様、書き物をするだけだ。それはそうと朱西。あれの
手にした箸で点心を
今まで笑っていたはずの丈鉄の目にも、
しかし朱西は、祥飛を安心させる情報は何一つ持っていなかった。首を横に振る。
「手がかりは、なにも」
「……そうか」
祥飛の声は、低く
「まあ、そう簡単には見つかりっこないな。気長にいきましょうや、陛下」
丈鉄の軽口に
朱西はぎょっとし、「陛下!」と注意したが、祥飛はそのままぱくりと点心を口に入れ平然と
「
「このくらいしないと、味らしい味がしない」
◆◆◆
「可愛いなぁ、
理美はうっとり、卓子の上で
厨房責任者の
すると宦官は「鼠でも
珠ちゃんの
この珠にちなんで、名は珠ちゃんとしたのだ。
珠ちゃんが食べている皿とは別に、青磁の皿があり、そこにはふるふるとした
この半透明の塊の正体は和国の料理、
口に入れればほんのりと魚の風味と
味覚はまだ、完全には
けれど香漬を口にした後の数刻だけは、きちんと味を感じられる。
だから香漬を口にして、味覚が戻ったわずかの時間で冷煮霙も作った。
不思議と、和国の慣れた味であれば、香漬を齧らなくても味を感じる。なので自分の手料理だけは、味わって楽しめるのだ。
後宮に入り、理美は女官として仕事を
しかしまだまだ不慣れで、仕事を覚えるのがやっと。
「役立たず!」と追い返された午後、理美は珠ちゃんとお茶を飲む。
後宮入り初日から厨房に顔を出したおかげで、厨房の下働きの女たちや宦官と顔見知りになった。だから彼らにお願いして材料をわけてもらい、簡単な料理を作ることができた。
和国の料理は、珠ちゃんの元気を回復させた。
珠ちゃんは理美の作る香漬をよく食べる。食べれば食べるほど、元気になる。
その時、数人の女官が
「おお、このあたりは、なんだか空気がよどんでる」
「
「いやいや、はやく行きましょう。
と、はしゃいで通り過ぎていく。
(相変わらずだな~)
宋貴妃は
宋貴妃の
しかし「彼女の
理美の肌が美しいのは、生まれもった肌質ばかりが原因ではない。長年、肌に良いものを食べる
肌に良いとされる料理を、姉
理美は今、香漬を口にしないと味を感じられない状態だ。そのうえ
だからその日の夜も、理美は香漬の材料を探しに厨房へ向かった。
厨房の人々と仲良くなってからは、食材も道具も燃料も、自由に使っていいと許可をもらっている。
(魚の香漬もおいしいのよね。皮目を焼くと、甘い
食材を求めていそいそと、
その
(人がいる!?)
真っ暗な厨房の
理美の気配にも、彼はぴくりともしないので、おそるおそる近づいてみる。
「あの、もしもし。死体ですか?」
生きているか、
すると死体もどきの宦官が、顔を伏せたままぷっと笑う。
「死体ではないよ。まだね」
(わぁ……なに……この人……)
(なんて………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます