一章 後宮の草花一輪_二
和語を操るあの青年は、何者なのだろうか。名すら教えてもらえなかったことを内心で残念がりながら、女官の後について堂を出た。
(崑国の衣装って軽い。
慣れない
ただ、やはり、少しだけ心細くはある。前を歩む女官の背中は見えるのに、大海の真ん中に
しかしすぐに
(
この壺を抱いていると、故国を丸ごと抱いているような、そんな頼もしさを感じられる。
内門を通りながら、案内の女官は告げた。
「ここから先が本当の意味で後宮です。先ほどの外門までは、
内門の正面には、馬車がすれ
さすがは大陸の半分を領土とする、
(これだから和国は、崑国を
崑国は後宮一つとっても、
そんな大国に
(わたしは、そのために送られてきた。従属の
路の正面から風が吹いた。
新皇帝即位と共に後宮の妃嬪たちは
和国から貢ぎ物として差し出されたのが、理美なのだ。
理美が内門を
「雪宝林。お気の毒に。わざわざ海を
皇帝には、皇后をのぞいて百二十人の妃嬪が用意される。そのなかでも
それ以下の身分は妃嬪とは名目ばかり。宮官と呼ばれ、女官として働くのだ。
理美の与えられた宝林という位は、高位四十人の身分のすぐ下の位。女官としては最高位。
しかし結局、女官なのだ。
ないがしろにされているのは
案内の女官はそれを皮肉ったのだろうが、さして気にならない。
理美は和国で、人との
(高位女官というのは、わたしにとっては出世になるのかなぁ)
空を見あげた。広い空だ。山がちな和国の空とは違い、崑国には信じられないほど広大な平地がある。そのぶん空も広い。春の薄い色の、この高い空は、和国まで続いているはず。
(美味宮と呼ばれる
遠い和国の地にいるはずの、姉皇女の顔を思い出す。
故国の
(斎宮様は今日も元気に、
美しい顔で
女官はその笑い声に、気味悪そうな顔をした。
姉斎宮には、「時々、緊張感が足りない子」と言われていた。だがこの立場になってみれば、その自分の性質は幸いかもしれない。
(後宮には、なにが待っているかしら)
不安と同居するのは、
美味宮として十年、
異国の後宮に踏みこむ
理美は好奇心を
──崑国なんて大帝国、おいしい料理はたくさんあるだろうから、あなたなら楽しめるわよ。二度と和国に帰れないのは気の毒だけど、わたしの分までせいぜい楽しんで、
姉斎宮の、嫌味半分の別れの言葉が耳に
(すべてを楽しんでみます、斎宮様。まず女官に嫌味を言われるなんて、初体験ですもの。あの女官とわたしの間にあるのは、なかなか、おつな緊張感)
大陸は、空気の
砂混じりの風はからりと
(この国には、どんな食べ物があるのかな? そして、わたし……ここに居場所を見つけられるのかな? 七つの、あのときみたいに)
この十年。理美は美味宮として役目を与えられていた。
神に
姉斎宮は、神の代理人に
崑国後宮に集められた大輪の花のような
美声で歌うこともできないし、楽器や
美味宮だった理美にできることは、
それでも、もし。この場所で誰かに「おいしい」と言ってもらえることがあれば、理美にも居場所ができるかもしれない。なにもかも違う、この遠い異国の地でも。
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