少年の日々

不器用な男

 冒険者チーム『ジャッククラウン』の副リーダー、ロッケンの朝は早い。

 太陽が昇り始めると同時に起床し、身支度を整えると部屋を出て一階へと下りる。

 時折朝帰りの者(主に彼のチームのリーダー)とすれ違うこともあるが、大抵は誰と会うことも無く一人静かに外へ出て朝の鍛錬をするのが日常だ。

 だが、その日は少しだけ様子が違っていた。


「あれ、ロッケンさん? おはようございます」

「おはようリアン。随分と早いのだな」


 玄関の扉の前に立っていた少年が少し驚いた様子を見せながらも丁寧な挨拶をしてくる。

 彼の加入に関して、ロッケンはあまり良い印象は持っていなかったが今ではもはや気にしても仕方のないことだと割り切っていた。

 少年の誠実で実直な性根は人としてとても好ましい物だ。

 あえて言うなら少々生真面目過ぎるきらいがあるのが難だろうか。


(……俺が言えた話ではないか)


 生真面目などと言えるものかどうかは分からないが、自分も決して諧謔かいぎゃくに富んだ柔軟な性格とは言えない。

 愚直を貫いているつもりだが、少年ほどの素直さが自分にあるとも思えない。

 兎角、少年――リアンという個人は自分などよりも余程な存在であり、本来ならば冒険者などという道を選ぶべきではない子供だとロッケンは考えていた。


「ええ、何だか目が覚めてしまったので……ちょっと身体を動かそうかと」

「そうか、ルシャからは許しが出たのだったな」


 ロッケンが知る限りで彼は短期間で二度も重傷を負っている。

 回復術士でありチームの母親役を(年齢的にはリアンに次ぐ若さなのだが)担っているルシャ=エルミルネスがつきっきりで看病したため随分早く快復したが、放っておけば再起不能になってもおかしくなかっただろう。


 どうもリアンという少年は無茶と無謀が過ぎる。

 もちろん彼とて何も考えずに危険を冒している訳ではない。

 多少の判断の甘さや自己犠牲の度合いが過剰である点に目を閉じれば、おおよそ正しい判断を取っているのだろう。

 二つの怪我の件に関しても、害されそうになっていた他者の為に動いた結果なのだから間違っていたと責めることは出来ない。


 しかし、自分の半分にも満たなそうな年嵩の子供が何度も死地に飛び込んでいくというのは流石に異常だと感じざるを得ない。

 ルシャが構う理由も分かる。

 あまりに危なっかしくて放っておけないのだ。


(……ああそうか、アイツに似ているのか)


 ロッケンの中でピースが嵌ったかのように、その答えがするりと飛び出してくる。

 何故リアンの行動に妙な既視感を覚えるのかを理解して、ロッケンは薄く笑う。


 リアンはその笑いの意味が分からないのか、軽く小首を傾げている。

 その姿だけみると年相応の子供だ。

 あんな筋肉ダルマと一緒にしては可哀想だろう。


「俺は今から朝の鍛錬に出るが……リアンもどうだ? いい場所も教えてやろう」

「えっ!? 本当ですかっ!? 是非ご一緒させてください!」


 少年はパアと顔を明るくしてその提案に食いつく。

 だが予想以上に出た声が大きかったことに驚いたのか、慌てて口に手を当てる。

 そして照れくさそうにはにかむのだった。


 そんな様子を見てロッケンは再び笑う。


(やはりガストには似ていないな)



      ◇      ◇



 二人が訪れたのは街の西小門から出てしばらく進んだ先にある森だった。

 その中を流れる小川のほとりでリアンとロッケンは佇む。

 決して短くはない距離を駆けてきた二人であったが、その息は乱れていなかった。


「身体を動かすのは久々だろうからペースは合わせようと思っていたが……その必要はなかったようだな。大した体力だ」

「いえ、随分なまってますよ。魔力で底上げしなければとてもついて行けなかったです」

「……ふむ」


 ロッケンは思案げな顔つきでリアンを見つめる。

 リアンは突然ロッケンが黙ったことを不思議に思い、なにかまずいことを言っただろうかと不安になる。


「あの……どうかしましたか?」

「ああ、いや。普段はどんな鍛錬をしているのかと思ってな」

「ええと、基本は走り込みと簡単な筋力鍛錬ですね。あとは剣を振ったり、格闘戦を想定して身体を動かしたり……といっても自己流ですが」

「その際に肉体強化の術はかけているのか?」


 ロッケンの口調はあくまで平坦なものだ。

 疑問に思っている訳でも、責めている訳でもなく、ただ確認をするかのように尋ねる。


「そうですね、でないと実際の戦闘時と同じように動けないですし……やめておいた方がいいでしょうか?」

「いや、自分が必要だと思うことをするべきだ。何故必要なのか理由まで分かっているのなら、それ以上は無用の口出しになるだろう」


 その言葉を聞いてリアンは胸をなでおろす。

 リアンの鍛錬法は全て彼自身で組んだものだ。もちろん、多少は書物や他の冒険者からの受け売りで取り入れたものもあるが、数多ある中から選びだしたのは結局自分である。

 

「さて、そろそろ始めようか。今日の所は俺に着いてくると良い、だが無理はするなよ?」

「はい、よろしくお願いします!」


 僅かな緊張の色こそ混ざっているものの、ウキウキと元気よくリアンは返事をする。

 ロッケンとしては何ということのないごく普通の鍛錬をするつもりなのだが、あまりに明るく力強い返事に少しだけ困惑が生まれる。


(……何か凄い特訓を想像しているのだろうか)


 妙な期待をされている気がして、ロッケンは何か少し変わったことをした方が良いのだろうかと慣れないことを考えようとする。

 だが、すぐに小さく首を振ってその考えを打ち切った。


(変に気を回しても仕方ない、いつも通りのことをするだけだ)


 自分に少年の期待に応えるような器用さがあるとも思えない。

 ロッケンはリアンに合図を出すと走り出す。


 彼の鍛錬の基本は走り込みだ。

 足場の悪い岩地や森の中を走り抜ける脚力と体幹、そして何よりも体力。

 それらはチームの先頭に立ち、攻撃を受け止めるガードとして必須の要素である。

 その為ロッケンは、大怪我をした時やクエストなどでそれどころではない時以外は出来るだけ走ることを日課としていた。


(今日は走りやすい陽気だな)


 ここ数日晴れが続いたためか地面は固く、足から素直に地面へと力が伝わっていく。

 気持ちよく走れることは悪くないが、鍛錬という意味では雨でぬかるんだ地面の方がより慎重な重心コントロールが求められるので好ましい。

 とはいえ、今日はまだ道に慣れぬ同伴者も居る。

 そう考えれば天気には恵まれたと言えるだろう。


 そんなことを考えながらロッケンはゆったりと駆ける。

 後ろをちらりと見やればしっかりとついて来る小さな少年の姿がある。

 根がうねり枝は張り出し岩が突き出し――とかく起伏の激しい森だというのに、器用に足場を見つけて細かくステップを刻みながら進む姿は斥候兵スカウトのようでもある。


(そういえば亜人の里の育ちだったか、だとすれば森での暮らしだったのかもしれんな)


 亜人は自然の中に集落を構える傾向にある。

 そこで幼少期を過ごしたというのなら、森を駆けるなど日常だったのだろう。

 それであれば、あの身軽さも納得だ。


(さて……だとするとやはりこの程度では退屈だったか。まあ、仕方ない)


 ここで躍起になってペースを上げるというのも何とも情けない気がする。

 慣れないことをしていい結果につながるとも思えない。


 この先にあるものを見れば多少は驚いてくれるだろうか。


 鍛錬中だというのにあれこれと雑念が浮かび上がってきて途切れることがない。

 子供にいい格好を見せたいなど、何ともつまらない見栄だと思うがそれでもリアンという少年には不思議と多くを伝えたくなってしまう。

 この歳になって初めての感覚に戸惑わずにはいられない。


(……ああ、未熟。人に教えるどころではないな)


 雑念を振り払うようにロッケンは一歩、また一歩と歩幅大きく深い森の中を突き進む。

 森の緑は次第に濃くなりつつあった。

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