先へ

「じゃあアーノルドさんとは以前からお知り合いだったんですか?」

「おう、仕事で何度か一緒になったりしてな」


 リアンは小さく驚いた表情を浮かべる。

 対するガストの表情はあまり面白くはなさ気だ。


「厄介な相手を引き受けてもらったきりで気になってたんですが……無事だったんですね、安心しました」

一対一サシで遅れを取るようなタマじゃねえよ。まあ、それでもその怨霊のボスとやらだと流石に相性が悪かっただろうがな」


 怨霊の正体。

 それは結局掴みきれなかったが、ルシャの予想だと恐らく魔界出身の流れ者が野盗の住処に居着いて、野盗達も切り札として利用したのではないという話だ。

 リアンが聞く限りでは相当に凶悪な、それこそアーノルドであっても苦戦する程の強力な存在だったようだが、それを一蹴したルシャは流石『ジャッククラウン』のメンバーであるという他に無い。


「あいつのチームは『灰色雲クラウディア』つってかなりやり手が集まってるんだが、アーノルドの奴はその中でも食わせ者だからなあ。まあ基本的に悪いヤツじゃねえんだろうが、あいつに貸しを作ったっていうのはあまり面白くねえな」

「す、すみません」


 貸しを作ってしまった張本人としては頭を下げるしか無い。

 怪我こそ治りつつあるが、件の傷跡はそれだけではないのだ。


「別に責めちゃいないさ。まあ、とにかくアイツの助けた63人の娘達だがあまり状態が良くないみたいだな」

「……というのは?」

「長い間精神支配状態が続いたせいで自我が戻らないのが多いらしい。酷い場合廃人同然の状態になっちまっててな、そこまで悲惨じゃなくても身体が上手く動かせないって娘も多いみたいだ」


 眉間に深い皺を刻みながらガストは言う。

 リアンは押し黙る。

 考えてみれば自我を奪われて好き勝手に操り人形として扱われていたのだ。

 それで後遺症が出ない方が不思議だろう。


「それでも幾らかはもう歩けるくらいに回復してるって話だ。ずっと人形として下衆に使われ続けるよりは幾分マシだろうさ」

「……そうですか」


 それは良かった、とは口に出来なかった。

 彼女たちがどれ程の苦しみを抱えこの先生きることになるのか、リアンにはとても想像がつかない。


「……ったく、お前はそんなもんまで抱え込むのか」


 ガストが机の反対に座るリアンの髪を乱暴にかき回す。

 がくんがくんと頭が揺さぶられて、頭の中に巡っていた思考が全て吹き飛ぶ。


「別に悔やむなとも、悼むなとも言わねえよ。だが、少しは自分が救った物も見てやれ。じゃねえと不公平だろ?」


 そして白い歯を見せて破顔すると、パンパンとリアンの肩を二度叩く。


「……そうですね。はい、そうします」


 その言葉にひとまずの満足をしたのか、ガストは立ち上がりカウンターの方へと向かう。酒の追加でも頼むつもりなのだろう。

 既にリアンの座る机の前には大量の空き瓶と木製のジョッキが転がっているが、ガストの普段飲む量と比べればまだ控えめな方だ。

 酒豪だなぁ、とリアンは匂いだけで軽く酔いそうになりながらぼんやりと思う。


「ああ、そういや……」


 両手に二つの料理皿と三杯の酒瓶を器用に抱えて戻ってきたガストが雑に机の上に置くための隙間を作りながら言う。


「アーノルドの奴が言ってたな、お前が一目見ただけで技を盗んだって」

「あ、いや……それは」

「大したもんじゃねえか、あの野郎の真似するなんて」


 リアンは予想外の言葉に驚く。

 人の、それも気に入らない相手の技を使ったことをてっきり非難されるかと思っていたのだ。


「アーノルドの技術は本物だからな。それを使えるってなら誇っていいと思うぞ? ……一応あの野郎も褒めてはいたしな」

「あ、ありがとうございます」

「だが、アイツの技だけ使えるってのもいけ好かないな……よし、今度俺も稽古付けてやる」

「――本当ですか!?」


 ガストほどの強者に鍛えてもらうなど願ってもない機会だ。

 リアンは思わず浮き立つ心を抑えきれず、前のめりに叫ぶ。


「ああ、ただし怪我が完治してからな。でないと俺がルシャに殺される」

「ははは」


 あり得ないとも言い切れない冗句に乾いた笑いが出る。

 廃鉱でのあの凄まじき一撃を見たあとでは尚更だ。


 他人事ではない。当分は絶対に安静にしておこう。

 リアンは心の中で強くそう誓うのだった。


      ◇      ◇


「……へえ、あの小娘がね」


 軽く呟いた言葉がやけに深く部屋に響く。

 部屋の主はその豊かな金の髪を静かに輝かせて深沈と椅子に腰掛けている。

 その瞳には珍しく他者への感心の色があり、どこか楽しそうでもあった。


「俺も驚きました、まさかあの腕を破るなんて」

「魔法への対抗手段というのは遥か昔から多く考えられてきたわ。対呪文アンチスペル抵魔レジスト解呪ディスペル誘導ディバート吸収ドレイン……上げたらキリがないわね」


 魔女――サラ=ストレイファーグナーの言葉にリアンは無言で頷く。

 魔法の使い手として、最低限の理解はあるつもりだ。

 だからこそザペルの腕の異常さには、気持ちの悪さを感じずにはいられない。


「実物を見た訳ではないから、とりあえず高位の抵魔レジスト吸収ドレインの複合型とでも仮定して……それを破るのに必要なことは?」

「……ええと、それ以上の火力で押し切る、ですか?」


 身も蓋もない答え。

 そんなことしか口にできない自分をリアンは恥じるが、向かい合うサラは上機嫌に薄く笑う。


「ええ、間違っていない。それが絶対の答えの一つ」


 けれども。と、金色の魔女は笑み深く続ける。


「魔力量だけで圧倒するだけが道ではないわ。彼女が辿り着いた答えは言ってしまえば『圧縮』ね」

「圧縮……?」


 その言葉の意味を掴みかねて、リアンは眉をひそめる。

 魔法において圧縮とは基本的に詠唱の短縮や儀式手順の並列化などを指すが、今言われているのはそれのことではないだろう。


抵魔レジスト吸収ドレインも突き詰めればどちらも術式の中に潜り込んで破壊するものだけれど、極限まで圧縮された術式構成は他の一切の介入する余地を無くす。彼女はそれを果たしたのでしょう。間違いなくそれは彼女だけの魔法」

「……『固有魔法アンサーマジック』?」


 それは数多の魔法使いが目指す一つの目的地だ。

 ただの独創魔法オリジナルマジックではない。

 自身の魔力の性質と術式の調和を究極まで完成させた時に成される奇跡。

 再現しようとしても他の者では決して真似出来ない。

 それはまさにその者の為にだけある答えである。


 少女ヤーナはその若さで、魔法使いの到達点に確かに手を届かせたのだ。


「まあ、きっともう一度やれと言われても出来ないでしょうけどね。死と隣合わせで極限まで追い込まれた状態で、それでも心を揺らがさずにいられたからこそ成し得た一度きりの奇跡といったところかしら。……それでも、一度でもそれに触れたなら良い使い手になるでしょう」


 ふう、と一つ息をついてサラは目を閉じる。

 いつになく言葉を重ねたので少々疲れたのだろう。


(サラさん、今日は色々と話してくれるなあ)


 普段は無口だが、本当は話好きだったりするのだろうか。

 リアンは少し意外に思いながらも、尊敬する人物の言葉を多く聞けることを、そして親友ヤーナがそんな人物に認められたことを嬉しく思う。


「……中々悪くない教えをしたようね、リアン」

「――え」


 琴の奏でる音のような声で自分の名前が響いて、きょとんとする。

 魔女はもうリアンに背を向けて、何やら書物に筆を走らせ始めている。


 初めて名前を呼ばれた――!


 リアンは身体の奥底から湧き上がってくる喜びを抑えきれない。

 頬が釣り上がる。拳は知らず知らずのうちに強く握られている。

 

 その心の昂ぶりからだろうか。

 リアンは平時であれば決して言えなかったであろうことを、勇気を振り絞って口にする。


「あの、サラさん。お願いがあるのですが――」

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