終撃
放たれた光球は真っ直ぐにザペルの背に迫る。
速度は決して遅くはないが、ザペル程の達人からすれば当たるほうが難しい。
だがザペルからすれば回避がそもそも必要ないのだ。
彼の怪手。
その正体はおぞましき肉体改造の成れの果てである。
もともとザペルという男は魔法抵抗力が異常に高い体質である。
それに加えて偏執的な魔法嫌いから自己の改造に着手した。
己の骨に抗魔の魔道具を幾多も埋め込み、その周囲にはあらゆる魔法を弾くと言われる『
最後にカモフラージュとして己の皮膚を被せているが、もはやそれは人間の腕ではない。その施術に耐え、繋がっている彼の神経も異常であるし、そこに費やした金銭は天文学的額面で小さな国の一二個は買えるほどである。
その結果、彼はあらゆる魔法的支援や治癒を受けることが出来ない。
魔法は防げど、矢や投槍を弾ける訳でもない。
魔法に対して絶対的とすら言える耐性を持つ腕を手に入れたが、それが果たして捧げたものに対して釣り合うだけのものなのかは彼以外には分からない。
兎角、ザペルは魔法に対しては無敵を誇る。
だから己に迫る光球もいつものように右手を突き出すことで引き付け、そのまま握りつぶそうとする。
いつものように、雑に、無造作に、塵芥を払うがごとく。
だからこそザペルは反応が遅れた。
右手が押し返される感覚。
その未知の感触に気付き、ゆっくりと後ろを振り返る。
そしてその眼を疑った。
「なぁ……にぃ……?」
光の球は消えていない。
それどころか勢いを落とさず突き進もうと、ザペルの掌に喰い込み、その下にある筋組織すら削り取ろうとしている。
「――あぁありいいいいえええええなあああぁあああいいいぃぃぃいい!!!!」
絶叫が響き渡る。
痛みによるものではない。
折れた腕を振り回して地に打ち付けても嗤ってみせるザペルだ、その程度の痛痒で声を荒らげることなどあろうはずもない。
その声にあるのは恐怖。
あってはならないことが現実となっていることへの絶望だ。
ザペルは全力で右手に力を込める。
リアンが正面にいることを忘れるほど理性を失ってはいないのか、左腕までは当てようとしないが、可能であれば両腕で光球を封じ込めたかっただろう。
光球は強く握り込まれ形を歪めるが、それでも輝きを衰えさせない。
ジリジリとザペルの手を削り、男の身体ごと押し返そうとする。
「がぁぁっががあああああああああがががががががあああああがあああああ!!」
狂獣の咆哮。
まるで丸太のようにザペルの右腕が膨れ上がる。
筋肉が限界以上に膨張し、皮膚が裂けていく。
あらわになった紫色の筋繊維がびくびくと震え、凄まじい剛力を発揮していることが傍から見ても明らかになる。
びぎりと何かが砕ける音。
あまりの膂力に核となっている骨が耐えられずに自壊を始めている。
「あ゛ぁ゛あ゛ぁがあ゛あ゛ぎあ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
人のものではない叫びの果て、遂に拮抗が崩れる。
勢いを失った光球が弾け、ザペルの手の内で砕け散るように霧散していく。
二射目はない。
光球を放った少女はその場で死んだように動かない。
ザペルは怒りに任せ少女の方へと歩みだそうとする。
もはや死んでいようがいまいが関係ない。
この屈辱を晴らすために、あの少女の全身を潰さなければ気が済まない。
ザペルの右足が浮く。
その瞬間を見計らったかのように、後ろから小さな影がザペルへと迫る。
ザペルはそこでようやく今まで戦っていた相手を忘れていたことに気付く。
不安定な体勢で無理矢理に左手を振るい、振り下ろされた剣に合わせる。
まともに刃と食い合ったのだろう、骨が砕け強度の落ちていた腕に深々と剣が喰い込んでいく。
だがそれもザペルの狙い通りだ。
食い込んだ腕を捻るように振り回し少年の手から剣を絡め取る。
それでも少年は止まらない。
剣が手から離れるのと同時に身体を前へとねじ込ませるように飛び込んでくる。
その右手に込められた極大の魔力は恐らく彼の全力だろう。
もはや体勢を崩したザペルに防ぐ手段は本来であればあり得ない。
しかし、彼に残った最後の怪手がその不可能を強引に覆そうとする。
醜悪に歪み、膨れ上がった右腕が強引な筋肉の収縮により跳ね上がり、その重量を持って崩れかけたザペルの姿勢を強制的に引き戻す。
それは神速と言う他になかった。
重心をコントロール可能な域まで戻したザペルは巨大な右腕をリアンと己の間へと割り込ませる。
そして響く重低音。
当たれば間違いなくザペルの腹を貫いたであろう一撃は、非情にもその怪手によって阻まれる。
「……ざあんねえぇえん、おしまぁああいいい」
「ああ、これで、本当に打ち止めだ」
リアンは拳を開きザペルの右腕へとその掌を当てる。
そしてひとつ息を吸って、目を閉じた。
瞼の裏に思い浮かべるのは大渦。
足の裏から大きく分けて脚、背、腕を通し掌までのあらゆる箇所での渦の連動。
力の螺旋は次なる螺旋に連なり、その力は先へ進むほど強大になっていく。
本来ならば筋肉の自在の伸縮と絶妙な捻転により成される絶技なのだろう。
しかしリアンには肉体をそこまで完璧にコントロールする技量はまだ無い。
だから、彼は体内に巡る魔力を渦巻かせ、擬似的に大渦を再現する。
生きるために、そして己の目的のためにあらゆる技術を求めた。
貪欲に、目にした全ての技術を己のものにしようと努力し続けた。
半端者と謗られようと、誠実に強欲であり続けた。
そんな彼だからこそ、一度見た技を脳裏に刻み再現しようとすることが出来る。
そんな彼だからこそ、足りぬ能力を他の能力で補うことができる。
思い描くのは魔力的強化を施された鉄扉ごと敵をなぎ倒したかの不可思議な一撃。
助言の通り、人体の要である腰部に力を溜め、肩を思い切り前へ突き出す。
そして、怪手に触れた掌から力が炸裂する。
響く轟音。空気が弾け、吹き飛んでいく。
ザペルは動かない。ただ口元から滴る血が、彼の終わりを告げている。
「……『通打』ぁ……良い技ぁ……持ってるじゃあないかぁぁ……」
その言葉を最後にザペルが崩れ落ち、地に伏せる。
もはやぴくりとも動こうとはしない。
疑いようのない決着であった。
リアンは倒れ込みたい気持ちを必死に押さえ込み、膝に喝を入れる。
そして天井を見上げながら、万感の想いを込めて大きく息を吐いた。
「アーノルドさんに、コツ聞いといて良かったぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます