騙し討ち
「全く、よくもまあここまで揃えたものだ」
アーノルドは深い溜息をつく。
取り囲んでいるのは年端もいかぬ少女たち。
その目はどれも虚ろだ。
数十もの少女達が剣を手に一人の男を取り囲んでいる図というのは異様である。
しかもその誰もが揃いの給仕服を身に纏っているのだからその異質さも際立つ。
薄暗い、廃鉱を利用した盗賊のアジトには余りにも似つかわしくない。
包囲網は整然としている。
真上から見れば綺麗な円を描くように隊列を組み、囲いは三重にも及ぶ。
中心に立つアーノルドの表情は渋い。
それは苦戦している、というよりも不機嫌の表れであった。
最も内側の輪を形作っていた少女たちが同時に飛びかかる。
あまりに唐突な始動だというのに、全員が一瞬たりとも遅れることなく揃った動きで中心のアーノルドへと迫る。
そして剣を振りかぶる。上段、中段、下段。
構えはそれぞれ異なるが、密集した状態だというのにその挙動が鈍ることはない。
まるで隣の仲間に剣が当たるはずがないと確信しているような動きだ。
そして十を越える剣が一斉に振られる。
最上段からの振り下ろし、首元への突き、足を払うような一閃。
それぞれの軌道で空間を埋め尽くすが如く、男の身体を刻もうと剣が迫る。
「――
アーノルドは肺の空気を鋭く吐き出しながら、正面に迫っていた三つの剣のみに狙いを定めて動き始める。
まず大きく踏み出した足で下段の切り払いを叩き落とす。
更に両の拳を最短の距離で走らせ首と胴を狙っていた剣の腹を叩き砕く。
そして飛び散る剣とバランスを崩して倒れ込む少女達を置き去りに、一つ目の囲いを突破。
そのまま一気に加速しながら次の囲いへと向かう。
「迎え撃つのです」
耳障りに反響する声がどこからか響く。
一斉に二つ目の囲いの少女達が動き出す。
左右に展開していた少女達は駆けて正面に佇んでいた少女達の後ろへ回り込み、三列の隊列へと形を変える。
分厚い剣の壁は正面から突破するには余りにも厚い。
アーノルドもそれを見て突破を諦めたのだろう。
次の瞬間、男の身体が宙を舞う。
余りに速く、高い跳躍。
少女達は視線を追わせることすら出来ず、ただ剣を構えて立ち尽くす。
「撃ち落としなさい」
その声に反応して最外周の囲いを形成していた少女達が剣を地に突き刺し、揃った動きで背中に背負った短弓を構える。
ギリリと弓が引き絞られる音が幾重にも重なり、数瞬遅れて宙高くに舞う影目掛けて大量の矢が一斉に放たれる。
二十近くの矢が切っ先を揃えるようにして宙のアーノルドへ迫る。
だがアーノルドは不敵に笑う。
白銀の
「――見つけたよ」
その言葉と同時にアーノルドが空中で身を捻り、頭と足の位置を入れ替える。
そして、まるで今にも獲物に飛び掛からん猛獣の如く身を縮める。
全身の力が圧縮され、今にも爆発しそうな気配。
その異様さに人形兵の主も気付いたのだろう。
影の中で『
(……ブラフですね、私の潜伏は完璧だ。そう言えば私の近くに娘達を呼び戻すとでも思ったのなら舐められたものです。しかしあの体勢から何を……)
矢が迫っているというのに妙な余裕を見せる男にスウェルグは不快さを感じる。
また先のように矢を叩き落とすつもりだろうか。
だが、宙に浮いていてはあれほどの衝撃は叩き出せまい。
まさか、このまま簡単に終わるような相手とも思えないが……。
スウェルグが訝しんだ次の瞬間、目の前に信じがたい光景が広がる。
「――天歩一蹴」
まるで天を蹴るが如く。
アーノルドの身体が何もないはずの中空を『蹴り』、勢い良く跳び出したのだ。
天から地へ空気を切り裂いて、矢の下をくぐり抜けるように男の身体が奔る。
「……なん、ですとぉ!!?」
その余りに奇怪な動きに、暗闇の中から驚愕の声が響き渡る。
「――塵影」
アーノルドが囲いを大きく飛び越えて着地したかと思うと、勢いのままに身体をスピンさせて勢い良く地面を削り土煙を巻き上げ始める。
周囲の視界が一瞬で土煙に覆い潰され、その姿が完全に消え失せる。
(……ええい! どこから来る!? とにかく布陣し直さなければ!)
まるでレールの上を走るトロッコのように定められた動きで、再び円状の包囲網を形成していく人形兵。
それはもちろん少女達の意志ではなく、スウェルグの指揮によるものだ。
だが、だからこそその動きには優先度が現れる。
どれだけ均等に人形兵を配置して意図を読ませないようにしても、配置に向かう少女達の動きにはほんの微かなズレがある。
明らかに動き出すのが早く、優先的に隙間を埋めようとする意思。
それはスウェルグの意思に他ならない。
そしてそれを見逃すような相手でもなかった。
「そこかね」
眼光を鋭く光らせ、土煙の中からアーノルドが飛び出す。
その足取りに迷いはなく、猛烈な勢いである方向目掛けて一直線に駆けていく。
少女達の動きに明らかに乱れが現れる。
隊列を崩し、全力で男の突進を止めようと追いすがり、進路へと身体を割り込ませようとする。
それを見るものがいれば誰でも理解出来ただろう。
アーノルドの進む先に、少女達の統率者がいることを。
「と、止めなさい! なんとしてもその男を止めるのです!!」
狼狽した声が響く。
少女達は限界を越えた速度で行く手を阻もうとするが、男はそれより遥かに速い。
追いすがる少女達を振り払い、正面に構えた少女達の隙間を縫ってアーノルドは闇の深い壁際へと迫る。
そして隙間から覗く男の影。
ブクブクと醜い脂肪を全身に纏わせた男が慌てた様子で背を向けようとして、そのまま足下をもつれさせたのかその場に倒れ込む。
「ひ、ひいっ……! ひいいいっ……!!」
それでも地を這ってナメクジのように逃げようとする
あと数秒あれば間違いなくその拳が叩き込まれるであろう距離。
一人孤立した人形遣いに抵抗する術がある筈もない。
一人、孤立しているのであれば。
「ひぃいいいいいいいいいぃいいい!!!!! …………なぁんてね」
悲鳴が唐突に途切れ、スウェルグがニタリと厭らしい笑みで振り返る。
その瞬間、白刃が突然闇から奔る。
「むぅっ!!?」
視界の取りにくい闇の中とはいえ、アーノルドは当然周囲を警戒していた。
その上で、スウェルグの傍には人形兵がいないのを確認しての突入であった。
しかし、何もない空間から突如として現れた少女達が四方から剣を手に襲い掛かってくる。
隠蔽魔法を用いた奇襲。
それを想定していなかった訳ではないが、ここまで距離を詰めても気付かぬほどの気配遮断にアーノルドは驚愕を隠せない。
魔法の練度の高さ、それに加えて潜伏した少女達にそもそも意識がないことが異常な潜伏の正体だろう。
少女達の剣が無造作に突き出され、男の全身に突き刺さる。
「終わりですねえ……!」
「ああ、そのようだね」
瞬間、串刺しになっていたアーノルドの身体が幻の如く掻き消える。
そしてその場に崩れ落ちる少女達。まさしく、糸の切れた操り人形のように。
「なっ……な、何っ……何で……!?」
「キミが用心深い卑怯者であると同様に、私もそこそこに
ゆっくりと歩み寄ってくる影。
ピンと跳ねた口ひげを撫でながら、男はスウェルグの前に立つ。
「ま、待ちなさい! 交渉をしようではないですか!!!」
「ふむ、却下だ。キミのような手合いとマトモに会話をするほど人生を暇してはいないのでね。では、終いとしよう」
躊躇なくそう言い捨てて、アーノルドは拳を無慈悲に振り下ろすのだった。
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