通打

「――『怪手のザペル』をやったのかね?」


 常に飄々としているアーノルドが、出会ってから初めての驚きの表情を浮かべる。

 この人も驚いたりもするのか、と少し失礼なことを考えながらリアンは頷く。


「といっても、一時的に追い返しただけですが。向こうの悪癖を突いただけです」

「ふうむ、簡単には言うがねえ……君は奴が何者なのか知っているのかね?」


 アーノルドが神妙に言うので、リアンも気になって進む足を緩める。

 本来先を急がなければならないが、会話に夢中になって突進するのはお粗末であるし、情報共有も必要なことだ。


「『怪手のザペル』――殆どの魔法を無効化する奇妙な双腕の持ち主。その戦闘技術は特級で、性向は非常に残虐。今までかなりの数の腕自慢の冒険者たちが返り討ちにあっているよ。危険度ランクは5、懸賞金は生死問わずデッド・オア・アライブ、ただし両腕を確保するという条件で120金くらいだったかな?」

「ひゃくにじゅっ……!?」


 リアンは思わず出かかった声を慌てて抑える。

 敵地の中心で大声を上げる間抜けに危うくなりかけて、冷や汗が吹き出す。

 自慢らしい口ひげを撫でながらニヤニヤとアーノルドはその様子を眺めている。


 金貨120枚といえば、一般的な労働で得られる報酬7、8年分の金額だ。

 賞金首にかかる額はピンキリだが、リアンが目にするのは大抵銀貨数十枚ラインのものばかりである。

 当然それだけの高額であれば捕らえることは至難であり、危険度ランク5という数字も並の冒険者が束になっても敵わないということの裏付けだ。


 自身の物欲は薄い方だと思っていたリアンだったが、流石にその金額を聞けば色々と皮算用をしてしまう。装備を自力で整えることも出来るし、欲しかった魔法書を纏めて揃えることも出来るだろう。

 金銭的な負担をチームにかけずに行動できるというのは今のリアンにとってあまりに魅力的だ。


 そこまで考えてリアンは頭を振る。

 勘違いしてはいけない、一度撃退できたのも運が良かっただけだ。

 あんな化物を捕らえることが出来るとは思えない。


 別に盗賊団を倒すことが目的ではないのだ。

 ヤーナを見つけたら、すぐに彼女だけ連れて脱出すればいい。

 

(アーノルドさんの狙いは組織をまとめて潰すことなのかな)


 だとすれば、彼が暴れてくれれば脱出も上手くいくかもしれない。

 囮のような扱いに少し後ろめたさはあるが、最優先すべきは彼女を取り戻すことだ。そのためには、多少の罪悪感は無視する。


 そんなリアンの思惑を見抜いているのかいないのか、アーノルドは話を続ける。


「とにかくザペルというのはこの盗賊団の中でも断トツに厄介な凶漢でね。この男こそが最大の障害と言っても過言では無かったのだが、それを撃退済みだったとは何とも有難く、頼もしい限りだ」

「もう二度と相手はしたくないですけどね。それに、部下たちが回収したようですから排除したとは言えないですよ」


 そこでアーノルドは疑問を呈する、というよりも確認のように質問を投げかける。


「しかし、腕をへし折ったのだろう? 治癒の使い手がそうそう居るとも思えんし、自慢の腕を封じられても襲ってくると思うのかね?」

「……わかりません。ただ、何というか、片腕を失った程度で諦めるような男だとは思えないんです」


 それはリアンの正直な感想だ。

 ザペルという男は、単純な損得とはかけ離れたところに己の価値観を置いているように感じられた。

 それが如何なるものかはリアンには推し量ることすら難しいが、それでもあの男はまた出て来るような気がする。

 

 想像するだけで身体の底から冷たいものが湧き上がってくるが、恐れるのはすべて終わってからだ。

 リアンは自分を落ち着かせるように一つ深く息をして、周囲へと意識を向ける。


 廃鉱内は当然だが暗く、入り口からの陽光以外の光源はない。

 それも数十歩も歩いていけば遠く後ろに置き去りになり、視界の殆どは濃い闇に塗りつぶされる。

 だが、リアンはこの廃鉱こそが『当たり』だと確信する。


 地面が明らかに踏み固められており、小石が道の端に寄っている。長く放置された坑道ではこうはなるまい。

 そして僅かに漂う血と汗の匂い。先程まで戦闘の残滓だろう。


 奥に立ち入るに連れて自然と足音を抑える歩き方へと変えていく。

 既に発見されているのかもしれないが、警戒するに越したことはない。

 

 そうしてどれだけ歩いただろうか。

 ようやく暗闇に目が慣れてきた辺りで突然空気の流れが変わる。

 目の前に聳え立つ何か。遥か遠くになった入り口の光を頼りに必死に目を凝らせば、それは扉のようにも見える。


(……ここがアジトの入り口?)


 廃鉱に有るはずのない扉。

 それが存在しているということは、本来の用途以外の目的でこの場所が使われていることの証左に他ならない。

 リアンはアーノルドに視線を送ると、アーノルドも頷いて返してくる。

 そしてくいと顎先を振る仕草。


 その意図を読み取ってリアンは後ろへと数歩下がる。

 アーノルドは満足げに頷くと静かに扉にその掌を宛てがった。



      ◇      ◇


 男たちは息を潜めてただ待つ。

 この扉の先に敵がいることは分かっている。

 扉は三節程度の魔法であれば傷も付かない特殊な付与を施された特別製だ。

 普通に開けて入ればそこを叩き、大魔法の詠唱をしているようならこちらから飛び出して襲撃すれば良い。

 敵の数の方が多ければそうもいかないが、偵察によって扉の先にいるのはたった二人だということは分かっている。

 対して迎え撃つは12の訓練された精鋭。この状況ならば負ける道理はない。

 普通であれば。


 空間が炸裂する。


 男たちは一体何が起きたのか理解ができない。

 突然襲われた衝撃に吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられ、硬い地面を転がる。


 魔力の予兆は無かった。ならば一体何が。

 倒れた盗賊の一人は痺れる全身を引きつらせながらなんとか正面を見ようとする。


 扉がゆっくりと開く。

 侵入者は情報通り二人。

 先頭で入ってくるのは長身の中年。

 馬鹿のような口ひげを生やし、間抜けのような格好をしているが尋常ならざる強者あることはその足運びからだけでも察することができる。

 続くのは小さな痩せこけた餓鬼。

 黒い髪に黒い瞳に黒いローブ。何とも陰気臭い印象だが、こちらも子供というにはあまりにも場に馴染みすぎている。

 隙を晒さず、周囲を舐め回しているその姿は厄介な冒険者そのものだ。


「……すごいですね、まさか一掃とは」

「はっはっは、少しは見直してくれたかね?」


 中年と子供はまるでこちらを気に介する様子を見せずに会話をし始める。

 しかし悔しいがそれを油断として咎めることはできない。

 こちらの戦力は先の一撃で完全に壊滅。今こうしている自分とて、意識を失わないようにするだけで精一杯だ。


「鎧通しと呼ばれる打撃技術の応用だね。君ならうまくすれば真似出来るのではないかね? 筋は良さそうだ」

「出来ればコツか何かをご教授願えれば」

「こう肩からグッとして、腰でズバンッという感じかね」

「……練習はしてみます」


 ふざけた会話が耳に入ってくるが、二人の視線はこちらからは外れている。

 これなら、仲間に合図を送るくらいならば。


 ほんの僅か、服に仕込んだ通信符に手を伸ばそうと身じろぎをした瞬間。

 ぐるりと二人の首が回ってこちらを見据える。

 そのあまりに同調した動きに息が止まる。


「おやおやおや、悪い子がいるようだ」

「ええ、これはいけませんね。罰としてあれこれ話を聞かせてもらわないと」


 そこで気付く。

 自分が罠にかかったのだと、それも酷くチープな罠に。


 邪悪な笑みを顔に貼り付けた大小二人の黒い影がこちらに歩み寄ってくるのを見て、男は絶望に顔を伏せることしか出来なかった。

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