正体不明の協力者

 余程慌てた撤退だったのだろう。

 ある程度逃げ道を偽装しているような痕跡はあったが、あまりに拙い。

 幾つかのダミーを排除してやれば、リアンの目には本命の逃走路がすぐに浮かび上がった。


(あそこか……)


 あの馬車の男性が言った通り、盗賊達は廃鉱を拠点にしているようだ。

 岩肌が剥き出しになった山には幾つかの坑道への入り口がある。

 どこから入れば良いかリアンは悩む。

 どのルートでいけば、ヤーナの元にたどり着けるのか。


(探知系の魔法でも覚えておけば良かったな……)


 生き延びるために習得した魔法は、どうしても戦闘系に偏ってしまっている。

 相性の問題もあるが、学び取ろうという努力すら怠っていたことを今更ながらに悔いる。

 だが、後悔しても仕方ないと頭を振る。

 少なくとも、今そんなことをしている場合ではない。


 リアンは意を決して一番手近な坑道に突入しようと身構える。


 その時、突然後ろから伸びる手。


 背筋の震えと同時に、リアンは反射で飛び退き剣を構える。


「おおっと待ち給え! ちょーっと怪しいかもしれないが、敵ではないぞ! 多分!」


 リアンの視線の先にいたのは壮年の人間らしき男。

 年の頃は30か40だろうか。黒い髪をオールバックに固め、口元には不自然にまで整えられ先端がピンと上に跳ねた口髭。

 グレイを基調としたタイトな装束はまるで社交界へ出かける貴族のようで、街から遠く離れた山奥にはあまりに似つかわしくない。


 怪しい。どこからどうみても怪しい。というか胡散臭い。

 こんな胡散臭い人間を今まで見たことがない。


「おっとっと! 何故剣を向ける! どうして魔力を練る!? ほら、こっちに戦意はないぞ! ね! ね!」


 怪しい男は軽薄極まりない声を上げながら敵意の無いことをアピールしてくるが、その動きすらも何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

 とはいえ、敵の本拠地の目の前で無用に事を荒立てる訳にはいかない。

 リアンは警戒しながらも剣を下ろして対話の姿勢を見せる。


「あなたは何者です?」


 リアンのこれ程の警戒には理由がある。

 リアンは熟練とは言いがたいが、冒険者として多少の経験がある。

 加えて一人で活動する期間が長かったため、索敵や周囲警戒は日常の中に組み込まれている。その地力には少なからずの自負があった。

 少なくとも、完全に背後をとられるなど一度たりとも無かったのだ。


「ふむ、同業者だよ。目的もおそらくは君と同じね」


 男が視線で後ろの廃鉱を指す。


 なるほど、賞金首である盗賊団狙いの冒険者という訳か。

 一人で乗り込むとは随分な自信家だ。


 リアンはそう考えたところで、自分も結果的には同類だと気付いて頭を掻く。


「しかし君は随分若いというのに勇敢だな。怖いもの知らずは良いことばかりではないが……」


 そこで男は何か引っ掛かったのか、顎に手をやりながらしげしげと目の前の少年を見つめる。


「いや、何か訳があるのか。だとしても褒められた行動ではないが……」


 まるで何もかも見通したような男の言葉にリアンはぎくりとする。

 冷や汗を抑えながら腹の底に力を込めてリアンは正面の男を見つめ返す。


「仲間が一人、奴らに捕まっています。一刻の猶予も無いんです。だから俺は行かなきゃ行けません。止めたりはしないでください」

「止めはせんよ。言っても聞くまい? 戦うにしろ若者の相手は疲れる。それよりかは穴ぐらの不届き者を叩いたほうがよほど生産的というものさ」


 大げさに肩を竦めて男は言う。

 その動きに胡散臭さはあるものの、嘘は無いように思える。


「ここは一つ、協力しようではないか。少なくとも君の仲間を助けるまでは目的は同じはずだ。私も下調べ不足でね、協力者がいれば心強い」


 そう言って男は手を差し伸べてくる。

 リアンはしばらく考えてから、仕方ないと諦めたようにその手を握り返す。


「フッフッフッ! 即席だがパーティーという訳だ。私はアーノルド、気さくにアーちゃんとでも呼んでくれたまえ」

「よろしくアーノルドさん。俺はリアン、変な呼び方したら後ろから刺します」


 にこやかに二人の冒険者は握手を交わす。

 少年の方の表情は若干どころではなく刺々しい笑顔ではあったが。


「ふむ、リアン。確認するが君はソロかね?」

「ええ、まあ。一応チームには所属してますが……今は一人です」


 ふとそこでリアンは思う。

 こんな勝手をしては、どの道チームから追い出されてしまうのではないかと。


(それは嫌だなぁ……)


 折角あれほどの人達に見初められたというのに、その好意を無碍にするなど我慢がならないほどに辛い。


 ただ、それでもリアンは自分の選択を後悔はしていない。

 どんなに呆れられたとしても、失望されたとしても、その瞬間自分が正しいと思ったことをするしかない。

 そういう生き方しか知らないのだ。


「ふうむ、見たところ剣も魔法も使える万能型といったところかな? では索敵と前衛は私が受け持とう。君は臨機応変に動いてくれたまえ」

「……いいんですか?」


 それでは一番危険な先鋒を常に受け持つということになる。確かに相当の実力者であることは理解できるが、負担の配分としてはあまりにリアンに有利すぎる。


「なあに、適正を考えた結果だとも。その代わり後ろは任せるよ? 私の背中を守ってくれたまえ」

「――はい」


 何か企んでいるのかもしれないが、だとしてもここはそれに乗るしか無い。

 それに、このアーノルドという男。非常に胡散臭く軽薄ではあるものの邪悪さはそれほど感じられない。

 少なくとも、盗賊という共通の敵がいる以上はある程度協力しても良いだろう。


 リアンはそんな思惑を胸に秘め、アーノルドの背中に付き添うように一つの坑道に足を踏み入れた。

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