人形遣い


 リアンはあまりに手慣れたその手口にただただ感心する。

 目の前ではアーノルドがあの手この手を使い盗賊から情報を引き出している。

 こちらがある程度情報を持っていることをほのめかせてから、優しげに語り、仲間を一掃した己の戦力をちらつかせて脅す。

 仲間を裏切ることの罪悪感を薄め、仕方ないという諦観をじわりと心に染み込ませていくその会話術はまるで詐欺の現場を見ているようでもある。


 やっぱりロクな人間じゃないんじゃないかこの人。


 とはいえ男の口から次々と漏れ出す情報はどれも貴重なものばかりだ。

 この鉱山にいる盗賊は全部で100前後。

 主に2つの部隊に分けられ、それとは別に首領ボス直属の少数精鋭がいる。

 そしてその部隊の一つの隊長こそが『怪手のザペル』であり、彼が敗れて帰ったことで今この盗賊団は大混乱だということ。


「ああ、ちなみにそのザペルを叩きのめしたのが後ろの少年だよ。隙を狙って人質にでもしようとしているようだが、あまりオススメはしないね」


 その言葉を聞くとともに男が驚愕と怯えの混じった瞳をこちらに向けてくる。

 そんな化物を見るような目で見るのはやめてほしい。


「……あの、アーノルドさん」

「うむ、分かっているとも。さて、ではこれが最後の質問だ。先の襲撃で少女を攫ってきているはずだが、その子に関する情報を全て教えてくれるかな?」


 男は少し躊躇うようにするが、何かに気付くと慌てて口を開く。


「餓鬼を攫ってきたってのは知らない! 本当だ! だが、娘を攫ったっていうなら、それはきっと第二部隊隊長のスウェルグ様の取り分になってるはずだ!」

「スウェルグ……あの悪趣味な男かね」

「あ、ああ、多分それで間違いねえ。攫ってきた娘は大体この先にある牢代わりの小部屋に入れられてるはずだ。それ以上は本当に知らない、嘘じゃない!」


 妙に必死に叫ぶ男をなだめるようにアーノルドはその肩に手を置く。


「うむ、ご苦労。では、少し静かにしていたまえ」


 何をどのようにしたのか、糸が切れたように男が崩れ落ちる。

 息は止まっていないようなので、意識を失っただけのようだが何とも器用なものだとリアンは幾度めになるかわからない感心を覚える。


「さて、お陰で聞き取りはスムーズになったがね? そろそろその怖い顔を直したまえ。完全に悪役の顔だよ、キミ」

「……そんな顔してましたか?」


 思わぬ指摘にリアンは自分の顔に手を当てる。


「それはもう、情報を出し惜しみしようものならぶち殺すと言わんばかりの目つきだったよ」

「……そんなことはしませんが」


 しかしはぐらかすようなら手足の一二本叩き折ろうと思っていたことは事実なので、リアンは頭を掻いてごまかす。


「さて、では頭も冷えたようだし仕事に取り掛かるとしよう。キミのお姫様はこの先にいるようだよ」

「ええ、それが分かったのは何よりですけど……」


 その前に気になることを一つ、リアンは確認する。


「スウェルグっていうのは一体何者です?」

「ふむ……」


 アーノルドはじっとリアンの顔を見つめて、逡巡する様子を見せる。

 その意図が分からずリアンも真っ直ぐにアーノルドを見つめ返すと、一度だけ小さく目を伏せてからアーノルドは話し出す。


「通称『人形趣味パペットフリークス』――少女を誘拐しては薬漬けにして意思を奪い、自分に仕える人形として蒐集する外道だね。ザペルと同じ隊長格ではあるが、そこまでの力は無いと聞く。悪知恵が働くタイプなのだろうね」

「――分かりました。大丈夫です、行きましょう」


 リアンは何故アーノルドが情報を話すことに迷いを覚えたのかを理解する。

 目の前の子供の親しい仲間が、そんな悪党の手に落ちようとしていることを伝えたくはなかったのだろう。


 この人はやはり悪い人ではない、信頼のおける人だ。


 リアンは煮え立って吹き出しそうになる感情を抑え込んで、冷静を保つ。

 彼女ヤーナまでの距離は確実に縮まっている。

 一時的な激情で全てを台無しにする訳にはいかない。


 そんなリアンの様子に満足気に頷いて、アーノルドは言う。


「では行くとしよう、ここからは速度が肝だ。遅れること無く付いてきたまえ」

「ええ、全力で追わせてもらいます」


 それは暗に手加減せずともよいという年下からの主張。

 その返事を頼もしく感じながらアーノルドは地を蹴り、狭い通路を駆け出した。


      ◇      ◇


 二つの影が薄暗い通路を駆け抜ける。

 廃鉱を利用した拠点は幾つかの道に枝分かれしているが、主となる通路にはランプが設置されている。

 本来侵入者が合った場合、全ての明かりを落とし地の利を活かした迎撃戦を取るのが『凶楽髑髏ヘヴンリースカルズ』の手筈だった。

 しかし、盗賊団で最強の存在であるザペルが倒されたという急報と共に壊滅した第一部隊が逃げ込んできたことで拠点内は完全に混乱。

 加えてあまりに早すぎる追撃に対処が出来ず、どの通路が主要な通路か示す明かりは灯されたままになっていた。


 それは無理もない。

 追撃があるとしても、それは街に馬車隊が逃げ帰りそこから討伐隊が編成される。

 それくらいの時間の猶予はあるはずだというのが彼らの読みだったのだ。

 誰が一帯でも悪名を馳せる『凶楽髑髏ヘヴンリースカルズ』の本拠地へ単騎で殴り込みをかけるというのか。


 まだこの国に訪れたばかりの若き冒険者の連れをたまたま自分たちが攫っており、更にそこに偶然別の冒険者が合流するなど、想像すら出来るはずが無かったのだ。


「なっ……なんだてめぇらっ……!」


 そんな二人を『運悪く』見つけてしまった盗賊達は迅速に、そして強制的に意識を排除させられる。

 それはシングルアクションで放たれる魔弾であり、あるいは恐るべき速度の踏み込みで距離を潰してから放たれる拳であった。

 いずれにせよ、まさにそれは鎧袖一触。

 抵抗らしい抵抗を許すことすらなく、冒険者達は最速で拠点の深部へと進む。


 統制の取れぬ野盗など、二人の敵ではない。

 だが、少し開けた空洞へと足を踏み入れた瞬間リアンとアーノルドの肌が粟立つ。


「アーノルドさ……!」

「任せたまえ!!」


 先導していた分アーノルドの方が早く対応を見せる。

 周囲から放たれたのは無数の矢。

 どれだけの射手が潜んでいたのか、恐るべき精度で数十もの矢が二人目掛けて全周から襲い掛かってくる。

 それらをぐるりと見回して、アーノルドは一つ息を深く吸い込むと右足を少し大きく上げる。

 そして先端すら霞む速度で地面へと強く、ただ強く踏み出す。


「――――――――――ふんッ!!!!!!!!!」


 裂帛と共に踏み出された足から生まれる衝撃波、リアンとアーノルドを中心として円状に広がる見えない波動は鋭く放たれた全ての鉄矢を吹き飛ばし、叩き落とす。


「……お、お見事です」

「ふふふ、腰に負担がかかるのであまりしたくはないのだがね」


 キメ顔で何とも情けないことを言うアーノルドに苦笑しながらリアンは震える。

 目の前の中年冒険者が凄まじき体術の使い手だというのは分かっていたが、それでも地を大きく踏み込む衝撃で無数の矢を叩き落とすなど聞いたことがない。

 先の扉越しに敵を一掃する打撃といい、体術への認識を根底から覆すような絶技の連続にリアンは目がくらみそうになるのを抑えるのに精一杯だった。


「――っ! アーノルドさん!」

「おっと!」


 あれほどの技を見せられた後だというのに、怯むこと無く暗闇に白刃が煌めく。

 それも一筋ではない、幾重にも重なる鋭い剣閃。

 闇に潜んでいる敵が多いことは分かっていたが、剣でここまでの連携を見せることにリアンは一つ目の驚愕を覚え、次にその襲撃者の正体を見て更に驚愕を重ねる。


 剣を握るのはどれもリアンと大して年の変わらぬ少女たち。

 いや、見ればそれより更に幼い童女の姿も多く混ざっている。

 野盗の巣窟にはあまりに似つかわしくない少女たち。皆統一した衣装だが、それはいわゆる給仕服でありそれもまた異様といえる。

 そして何よりも、彼女たちの手に握られているのは妙に綺羅びやかな装飾の施された刀剣。遠目に見ればごっこ遊びの道具に見えなくもないが、それは紛れもなく鋭く研がれた刃を持つ凶器である。


「スウェルグという男が少女の意思を奪い、自分に仕えさせるという話はしたね?」

「……はい」


 リアンは理解する。

 人形とはつまり蒐集品コレクションであり、愛玩品ペットであり、そして兵士パペットであるという訳だ。

 広場に立つ少女の数はざっと数えても50を越える。

 幸いというべきか、その中に見知った顔を見つけることは無かったがいつ加えられることになるかはわからない。


「ふむ、リアン君。行きたまえ」

「で、でも……」

「待っている人がいるのだろう? 女性レディーを待たせるものではないよ」


 口ひげをひとつ撫でてニコリと笑うアーノルドを見て、リアンは意を決する。


「ありがとうございます――御武運を!」


 頭をひとつ下げ、そこからのリアンの動きは疾かった。

 大きく跳び上がったかと思うと壁を蹴り、天井を蹴り、三次元的な動きで少女たちを迂回して奥の通路へと消えていく。

 アーノルドはその身軽さを少し羨ましく思いながら、ポキポキとなる腰を軽く叩いて小さな背を見送る。


「ふむ、若さとは眩しいものだ。しかし随分あっさりと通してくれたものだね?」


 アーノルドが少女たちではなく、闇に潜んでいるであろう何者かに語りかける。


「――なに、二人を相手どるよりはマシだと思っただけですよ。怪我人でも子供の世話くらいは出来るでしょう」


 闇から響くどろりとした粘着質な声。

 酷く不快に響く声は洞窟に不自然に反響し、その出処を悟らせようとはしない。


(……認識阻害系の魔法かね。全く周到な)


 アーノルドは鼻からひとつ息をつく。

 怪我人、というのは『怪手のザペル』のことだろう。

 腕を折られたのならば大人しく引っ込んでいれば良いものを。

 狂戦士との噂は聞いている。ならば少年リアンへのリベンジは望む所なのであろう。


 若者リアンの先に待つ苦難を思い、思わず顔を顰める。

 紳士として颯爽と助けに行くべきなのだろうが、目の前の囚われの淑女達を放置する訳にも行くまい。

 

「さて、それでは始めるとしようか。これだけのレディー達をエスコート出来るというのは男冥利に尽きるというものだ」

「……エスコート?」


 言葉の意味が理解できないというような声に、ニヤリと紳士は笑みを浮かべた。


「日の下に彼女たちを連れ戻させてもらうよ」

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