歩み

子供二人であっても街を出るのはそう難しくはない。

 一応門番にあたる者はいるが、それは外敵が迫った時に対応する人員であり出入りのチェックを行っているわけではないのだ。

 そもそも交易が活発なイスカの街において出入りする人間をすべてチェックするというのは不可能である。


 ローブを被って商人の一団に紛れたリアンとヤーナは見咎められることもなく街道へと出ることに成功していた。


「……ほんとに外だ」

「そりゃ壁を出ればね、まさか外に出たことないって訳じゃないよな?」


 あまりに感慨深そうにしているヤーナの様子にリアンは若干不安そうにする。

 貴族の娘とは知っているがそこまでの箱入り娘だったのだろうかと。


 そんな娘を連れ出してしまったのかと、内心穏やかではなかったリアンを安心させるようにヤーナは笑う。


「まさか、いくらなんでもそこまでじゃないわよ。でもそうね、こうして自分の足で外を歩くっていうのは初めてかもしれないわ。移動する時は大体馬車だったし」

「ふうん」


 なるほど、そういうものか。と、リアンは頷く。


 確かに馬車で揺られて見る景色と、自分の足で歩く景色は随分と違って感じられるのだろう。

 といってもリアンは馬車に乗ったことなどないのだが。


「冒険者はその足でどこにでも行ってしまうのよね……凄いなあ」


 憧れるような瞳で言うヤーナ。

 もちろん、旅はそんな気楽なものではない。


 泥まみれになって沼地を這うこともあるし、毒草に怯えながら森を進むこともある。

 乾いた荒野を何週間もかけて進むこともあれば、吹雪の山地を踏破することもある。


 だが、そんな過酷な旅の中でも美しい景色に心を奪われることがあるのも事実だ。

 リアンは自らの旅を思い返して、あながちヤーナの憧れが間違っている訳ではないのかもしれないと思う。

 閉じた世界では決して味わえない興奮が、確かに冒険の旅の中にはある。


「……まあ、馬に乗らない訳じゃないけど」

「そういう意味じゃないわよ、無粋ねえ」


 軽口を叩けば少し小馬鹿にしたような表情を見せながらも笑って返してくれる。


 ――なんか、いいなあ。


 リアンは思う。


 今までの一人旅、あるいは馴染めぬチームでの冒険に比べて何と楽しい旅なのか。

 旅といっても日帰りの低級魔物狩りだ。そもそも苦戦する要素などない。


 だがそういった理由ではない。

 単純に、誰かと旅をすることが楽しい。


「――何だ、笑えるんじゃない」

「え?」


 ヤーナが少し驚いた顔で言った言葉を理解出来ず、リアンは首をひねる。


「リアンっていつも澄ました顔してるから、笑顔を知らないのかと思ったわ」

「……そうだったか?」


 そんな意識はなかったリアンは自分の顔を確かめるように擦る。

 その様子を見てヤーナは愉快そうに笑う。


「でもいいわね、その方が貴方はいいわ。もっと馬鹿みたいに笑えばいいのに」

「……善処するよ」


 ヤーナはその意地の悪い笑顔が本当によく似合うよね。

 リアンは喉まで出かけた言葉を飲み込んで前を向いた。

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