秘密の旅立ち
「遅い!」
「ごめんごめん」
いつもの場所に着くなり、開口一言叱咤が飛ぶ。
別に、時間を厳格に決めている訳ではないしいつもの時間からそれほど遅れた訳ではないがリアンは一応謝罪の言葉を口にする。
ヤーナとしても決してそこまで怒っている訳ではないだろう、少し眉の角度は急になっているがじゃれ合いの域だ。
その証拠に、注意はすぐに別の対象へと逸れる。
「……何それ?」
「ん? ああ、さっき仕入れた剣だよ。俺に合わせて調整が済んだから受け取ってきたんだ」
リアンは腰に下げた剣を軽く叩く。数日前に店で選んだ品だ。
その時同行したロッケンは間に合わせの物でそこまで質は高くないと言っていたが、今まで使ってきたどの剣よりも鋼も研ぎ具合も優れているのは間違いなかった。
「あなた、
「うーん……難しいとこだな」
リアンは少し困った顔を見せる。何と説明するべきか迷ったからだ。
「一応魔法は使えるけど、別に専門という訳でもないんだよ。剣も使うし、弓なんかも使う。あれこれ齧ってるから、特に決まったクラスはないんだよな」
「……器用貧乏?」
痛いところを突かれてリアンは思わず顔をしかめる。
気にしていない振りをしようと笑顔を保つが、眉がピクピクと震えていた。
「それでも、魔法だけでも私よりずっと上だものね……改めて思うけど、凄いのね」
「ヤーナなら、俺よりもずっと良い魔法使いになれると思うけど。センスもあるし」
それはリアンの本心だったが、ヤーナには素直に受け取ることは出来なかった。
目の前の少年との実力差はこの短い期間で嫌というほど実感させられていたからだ。
だが、それでもそう言われて悪い気はしない。
ここ一週間ほどで、自分の実力が伸びているのも分かる。
だからだろうか、その時ふと頭に浮かんだ思いつきが彼女にとって非常に魅力的に映った。
「――ねえ、その剣試してみたくない?」
「そりゃまあ……といっても模擬戦は駄目だぞ」
最初の一戦だけは仕方なく受けたが、必要のない戦いをするつもりはない。
慣れない武器で怪我でもさせたら取り返しがつかない。
「別に、私が相手するとは言ってないわよ。近くの森のあたりまで行けば弱い魔物くらいはいるでしょう? 獣相手の狩りでもいいし、少し行ってみましょうよ」
「……流石に、危ないんじゃないかな」
街の近くに出没するような雑魚に手こずるとは正直思えなかったリアンだが、それでもヤーナを連れて行くとなると気が引ける。
それに例の賞金首の盗賊団の噂も気になる。
街道の中間地点辺りを襲撃してくることが多いらしいので、街のすぐ近くに出没するというのは考えにくいが……。
「でも、いい加減この丘だと出来ることも限られるでしょ? あまり強い魔法を壁の内側で使う訳にもいかないし……それに、そろそろ特訓も終わりなんでしょ」
尻すぼみの寂しそうな声に思案していたリアンは思わず顔を上げる。
ヤーナはリアンの方を真っ直ぐに見ているが、その表情はいつもより少しだけ弱々しい。
「『ジャッククラウン』のことはきっとあなたより知ってるもの。そろそろ次の依頼を受ける頃だって。そうしたら、リアンも行かなきゃいけないし、それに私ももう……」
最後は消え入りそうな声になり、上手く聞き取ることは出来なかった。
だが、彼女はこの時間がいつまでも続く訳ではないととっくに理解していたのだ。
リアンは、何を言うべきか迷う。
もちろん、帰ってきてからまた特訓に付き合うのは構わない。
この時間はリアンにとって悪くない、心地よい時間になりつつある。
それでも、彼女はそんな言葉を求めている訳ではないだろうと察する。
この時間も、区切りを付けなければならないのかもしれない。
「……わかったよ。じゃあ、遠征授業といこうか」
「――いいの!?」
無理な願いだと思っていたのだろう。ヤーナは驚きながらも嬉しさに頬を薄く染めた。
だが、次のリアンの言葉を聞いた瞬間その色は消える。ヤーナ自身も不可思議に思う程にあっさりと。
「ルシャさんか、ロッケンさんか……あとは酔ってなければガストさん辺りに頼んでみようか。フィフィさんも頼めば聞いてくれるかな……でも捕まえるのが大変そうか」
「……他の人を呼ぶの?」
ふてくされたような声をリアンは意外に思う。
てっきり、『ジャッククラウン』のメンバーが監督役として一緒に来るとなれば喜んでもらえると思ったのだが。
「その方が良くないか? 俺なんかじゃなくて、他の人に見てもらえるチャンスだぞ?」
「で、でも! ほら、危ないから駄目だって止められる可能性もあるし!」
そうだろうか。
確かにルシャさん辺りだとその可能性もあるが、彼女以外ならそこまで心配しないとは思うのだが。
「それに今から宿に向かうと結構時間かかるし! それにチームの人だって見つかるかどうか分からないでしょう? あの人達いつもフラフラしてるか閉じこもってるかだし!」
憧れている割には随分な言いようだが、確かにその通りではある。
宿屋にいる可能性が高いのはガストさんかサラさんだろう。
しかしガストさんは大抵飲んだくれているし、サラさんが着いてきてくれるとは正直思えない。
「今から日の落ちるまでに帰るなら、もうすぐに行かないと!」
「……ううん」
彼女の言い分も分からないでもない。
まだ昼になったばかりとはいえ、魔物が出るような地域まで行って戻るとなると時間的にもギリギリだ。
しばらく考えた末に、不承不承ではあるがリアンはゆっくりと頷く。
「じゃあ仕方ない、二人で行くか」
「……! ええ、そうしましょう!」
心底嬉しそうに笑うヤーナ。思わずその屈託のない笑みにリアンはどきりとする。
その反応を見せないように、リアンは慌てて顔を伏せながら注意を加えた。
「ただし、俺の指示には従うこと。それと魔物や獣と出会えなくても日没までには必ず帰るように動くこと。いいな?」
「ええ、もちろん! じゃあ早速行きましょう、時間が勿体無いわ!」
先程までの陰はどこへやら。
嬉々として荷物を拾い上げたヤーナはリアンを促すようにしてくる。
リアンは苦笑しながらも用意する物を考える。
日帰りの討伐と考えればそこまで重装備にする必要はないだろう。
自分とヤーナの服装は旅用のローブそのままであるし、武器も最低限は揃えてある。
食料と飲料だけは街で購入していく必要があるが、それも手持ちの資金でなんとかなるだろう。
(……あまり使いたくなかったけど、仕方ない)
リアンは心の中で小遣いをくれたルシャを筆頭とするチームメンバーに謝る。
だが、安全には換えられない。
「よし、じゃあ行こう!」
「うん!」
そうして二人の見習いの短い旅が始まる。
天気は快晴、冒険日和であった。
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