成長

 魔法レッスンが始まって一週間が過ぎた。

 初めはリアンの出す条件付き課題を試行錯誤して何とかクリアするという訓練の繰り返しだったが、今ではヤーナ一人でも考えられるようになってきてきた。


「やっぱり、私の魔力だと並列処理するよりも結合させてから属性付与した方がスムーズなのかしら。でも、そうすると発動までに時間がかかるし……リアンはどう思う?」

「もう少し効率化出来そうな気はするけどな、刻印の形を少しアレンジしてみたらどうだ? 安定性は落ちるかもしれないけど、略式だと発動までの時間差が縮みやすいぞ」

「略式ってあんまり好みじゃないんだけど……でも、そうね。試してみるわ」


 ヤーナは頷いて、リアンにアドバイスを貰いながら慣れない刻印を試す。

 その顔は真剣そのもので、研ぎ澄まされた集中力が外から見ても分かるほどだ。


 リアンは感心する。

 多少力を貸したとはいえ、この短期間でここまで実力を伸ばすとは予想外だった。

 元々下地はあったのだろう。

 知識は多少偏りこそあれど十分であったし、魔力操作も年齢からすれば卓越した域にある。


 思考の柔軟さに欠けるというサラの評価に従って、そこを重点的に指導してみれば少女は見事に新しい思考法に対応してみせた。

 勿論、それまでの概念にどうしてもとらわれてしまう場面はあるし、飛躍した発想は中々出てこないがそれでも一週間前とはまるで別人のようである。


「あ、今のいい感じかも……! 忘れない内に身体に慣れさせないと!」


 そして何よりも、成長の要因は努力を怠らない彼女の性質にあった。

 反復訓練を嫌わず、すぐに成果が出なくても諦めない。根気強く一つ一つ試していく。

 それは何よりも大切な魔術師の資質だ。


(俺もうかうかしてられないなあ……)


 メキメキと力をつけつつあるヤーナを見てリアンは自分も負けてならないと静かに喝を入れる。

 今こうしてヤーナの指導をしているが、本来は自分など人にものを教えるほど立派な人間ではないのだ。

 まだまだ半人前の『もどき』である。


 少なくとも、自分のことを信じて従ってくれている彼女に誇れるだけの実力を身に着けなければ。

 そしてリアンはヤーナに並び刻印を描く。二人の魔法使いの鍛錬は、その日も遅くなるまで続いた。



     ◇     ◇



「おう、リアン。三日後に仕事だ、準備しておいてくれ」


 朝、階段を降りてきたリアンに対してガストが言う。


「仕事、ですか?」

「ああ、近くの盗賊団の討伐だ。噂くらいは聞いたことあるだろう」


 そういえば、数日前にルシャさんがそんなことを言っていた気がするな。

 リアンは記憶を掘り起こす。確かに街の噂でもちらほらそんな話題は上がっていた。


「詳細はまた後で話すが……とりあえず装備が必要だな。新しい剣はもう手配してたよな」

「はい、一昨日ロッケンさんと一緒に武器屋に行って。ちょうど今日受け取る予定です」


 ちなみに代金は全てチーム持ちだ。

 決して安くない負担に、全力で働いて返さなければとリアンは強く思う。

 ただ養われるだけなど、まっぴら御免だ。


「まあお前が一人でやってた時と同じような感じで準備してくれればいいさ、変にこっちに合わせてもやり辛いだろうからな」

「はあ……」


 それでいいのだろうか。といっても、合わせようにもそもそも実力が違いすぎて何を合わせればいいのか分からないが。

 そう考えると、自分の現状で出来るベストを尽くせというのは的確な指示なのだろう。


「分かりました、じゃあ色々と用意はしておきます」

「おう、頼むぜ」


 終始気楽な様子で言うガストの調子には、一切気負いが感じられない。


 自分に不安を感じさせないようにしているのかとも一瞬リアンは考えたが、多分これがこの人の自然体なんだろうと少し呆れながら頼もしく思う。

 歴戦の英雄の感覚に、自分が及ぶべくもない。今はこの人のことを信じて付いていくべきだろう。


「あ、そういや嬢ちゃんとはどうなんだ? ウマくやってるか?」

「な、何のことか……」

「言わなくても分かってんだろうよ、そろそろキスの一つでもしたのか?」

「ホントそういうのじゃないですから!」


 完全におっさんと化してニヤニヤと笑うガストにリアンは必死の反論をする。


 果たしてどこまで本気か分からないが、変な噂でも立てられたら堪ったものではない。

 ただでもこの人は、人の目を集めて影響力が高いのだ。


「そりゃまあ、毎日毎日飽きもせず逢引してりゃ気にもなるだろうよ。……まあ、実際のところ程々にしておいた方がいいかもな。いつまでもあの嬢ちゃんの面倒見れる訳でもないしな」


 少し声を潜めて言うガスト。それが、からかいの類ではなく警告だとリアンはすぐに悟る。


 そうだ、冒険者はあちこちを飛び回る仕事。基本的な拠点こそあれど、それも転々とすることも珍しくない。仕事によっては年単位で帰れないこともあるのだ。

 いつまでもヤーナの面倒を見れる訳ではない、別れの時はいずれやってくる。


 理解していなかった訳ではないが、改めて自覚をした瞬間胸に小さな穴が空いたような気分になる。


「……あの、ヤーナは冒険者に憧れているみたいですけど。その、チームに入れるっていう可能性はないでしょうか」


 だからだろうか。リアンは自分でも意図しない問いかけをしてしまう。

 ガストは少し困ったような顔を一瞬見せて、たが穏やかに諭すように答える。


「あの嬢ちゃんは冒険者に憧れてるんじゃなくて、俺たちに憧れてるだけだよ。それに、あいつは居るべき場所もある。それじゃあ無理だな」

「……そうですよね」


 当然だ。彼女は貴族の娘。そもそも住んでいる世界が違うのだ。

 実力の問題はあるだろう。だが、それ以上に根本的な条件が異なっているのだとリアンは納得する。


「すみません、変なことを聞いてしまって」

「いや、構わんさ」


 自分の浅慮さに、ガストさんの顔を見れずにいるとガシガシと頭を掻き回される。

 乱暴な手付き、髪が引っ張られてかなり痛い。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「お前はそれでいい、変に大人になるなよ。ガキの特権だ」


 その言葉をそのまま鵜呑みにすることはできない。それは甘えではないのだろうか。

 自分はまだまだ未熟だから、もっと頑張らなければいけないはずだ。目の前の、この人達に追いつくためにも。


 だが、それでもその言葉は胸に不思議と残る。


(どの道、今出来ることをするしかないか)


 リアンは一つそう答えを出すと、迷いを振り切るように頭を振って乱れた髪を直した。


 今日も、あの丘に彼女はいるはずだ。


 明日からのことはひとまず置いておいて、あまり女の子を待たせないようにしよう。

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