道筋

 一日ぶりに訪れた丘の上で、ヤーナとリアンは向かい合って立っていた。


「さあ! 始めるわよ! 結局昨日は全然教えてもらえなかったんだから!」


 意気揚々と明るく顔を輝かせるヤーナ。やる気は満々のようだ。


 多少強引に押し切られたとはいえ、引き受けた以上は中途半端な対応は出来ない。

 リアンは僅かな迷いを振り切って、教師役として心を切り替える。


「それじゃあ、まず確認から。ヤーナは刻印魔法が得意なんだよな?」

「ええ、私の魔力は『秩序』と『固着』に寄っているから」


 なるほど、それならば刻印との相性は良いだろう。


 リアンは自身と対照的なその魔力性質を少し羨ましく思うが、考えても仕方のないことだと一つ深い呼吸をして思考を定める。


「刻印の種類は?」

「近代正統派よ、リングワンドもそれに合わせてあるわ」


 リアンはその言葉に頷きながらも、軽い懸念を抱く。


 何というか、真っ当過ぎる。


 決して悪いことではない。典型ともいえる適合魔力に規格化の進んだ最新の刻印の相性は理想的とすら言える。

 だが、余りに綺麗に噛み合いすぎている。遊びがあまりにない。


「ヤーナ、攻撃魔法以外は何が使える?」

「ええと、【ライト】とか【ハードスキン】とか……」


 【ライト】は周囲を照らす光球を術者の周囲に浮かべる魔法。

 【ハードスキン】は対象を硬質化させる強化魔法。

 どちらも難度はそれほど高くはない、初心者用の基本魔法である。


「じゃあ【ライト】を使ってみてもらえるか、普段通りに」


 リアンの指示に頷き、ヤーナは懐から小さな石を一つ取り出す。

 平たい滑らかなその石の表面には一つの刻印。

 ヤーナはそれを握り、静かに目を閉じると精神を集中させて魔力を流し込み始める。


 そして十分に魔力の通わせた小石を宙に放り投げると中空でそれは弾け、その場所に小さな光の球が生まれる。

 太陽の日差しの下では目立たないが、暗闇であれば周囲を照らすのに十分な光量であろう。


「どうかしら」


 この程度の魔法なら完璧だと誇るようにヤーナは強気な笑みを見せる。


 文句の付けようがない【ライト】だ。

 光量は十分で、魔力量のバランスからして数時間は維持できるだろう。


 ヤーナの魔法の基礎力の高さを確認してリアンは頷く。


「じゃあ次だ。『光』以外の刻印を使って同じように【ライト】を使ってみてくれ」

「えっ?」


 リアンの言葉の意味が分からないといった様子でヤーナは眉をひそめる。


「光の刻印石を使わないで【ライト】……? そんな効率の悪いことに何の意味が……」

「まあまあ、とりあえずやってみて」


 訝しげにするが、ヤーナは少し考え込む。

 リアンは簡単に言うが、刻印魔法において『光』の意味をもつ刻印を用いないで【ライト】を発動するなど普通は考えられない。


「……『火』の刻印から光の要素だけを抜き出す、のは難しいわね。【ライト】じゃなくて【トーチ】系になっちゃう。じゃあどうすれば……」


 ヤーナは幾通りかの組み合わせを思い浮かべる。

 しかし、どれも有効とは思えない。


 そもそも【ライト】は純粋な光の要素のみで発動する魔法である。

 『光』の刻印を使わずに発動する前提からしておかしいのだ。


「やっぱり無理よ、たとえ成功したとしても質が落ちるわ」

「それじゃあやってみせるよ」


 リアンは軽い調子で言うと、足先で地面に何かを描き始める。

 それの正体はヤーナにもすぐ識別できた。

 少し略式になっているが、『維持』を意味する古典派の刻印だ。


 だが、それだけでは当然【ライト】の発動は出来ない。

 どうするつもりだろうかとヤーナは怪訝そうにするが、その疑問はすぐに氷解することになる。


 続いてリアンが描いたのは『集積』の刻印。魔力を注がれた刻印がその役目を果たそうと鈍く光る。

 次の瞬間、少年の周囲に光が満ちて渦を巻く。それは魔力によって集められた太陽の光だ。

 そして『維持』の刻印の働きかけによってそれは散ること無く、段々と形を定めていく。


 完成したのは彼の身体を中心にして回転し続ける光のリング。

 形状こそ珍しいものの、確かにこれは【ライト】に他ならない。

 確かにこれなら『光』の刻印は使っていない。


 それでも、ヤーナは素直に感心することは出来なかった。


「……確かにちゃんと発動できるのはわかったけど、これに何の意味があるの? 普通に『光』の刻印を使ったほうが簡単だし確実じゃない」


 ヤーナの言はもっともである。

 最も単純で効率の良い最適解が存在するのに、何故他のルートを辿る必要があるのか。

 だが、リアンは首を振る。


「道は多いほうがいいんだよ」


 不思議そうにしているヤーナに向かい合い、リアンは言葉を続ける。


「結果として、結局一番分かりやすい道が正解ならそれでいい。でも、もし他にもっとより強力で効率の良い方法があったら? あるいは、最短ルートを使えない場面がやってきたら? 10を知っていて1を選ぶのと、1しか知らないでそれを使うのでは意味が全く違うんだ」


 ヤーナは目を見開く。今までそんな考え方をしたことがなかった。

 魔法とは一つの答えに辿り着く最短最良の道を学ぶのが最適だと思っていた。

 そのためには魔術書に書かれた方式を暗記し、反復練習すれば良いと。


 リアンの言っていることは、酷く非効率的だ。

 しかし、彼の言葉が間違っているとも思えない。


 現実に刻印を4つ以上用いる魔法は未だに使えない。

 魔術書に載っているとおり、教師から教えられたとおりに行っているのにである。

 それは自分が未熟だからだと思っていた。いや、実際そうなのだろう。


 しかし、もし他に正解の道があったとすれば?

 私の性質に適した、もっと良い道があるかもしれないと考えたらどうだ。

 それは、何とも希望に溢れているではないか。


「……まあ、俺は特にあれこれ道を探さないとまともに魔法が形にならない質たちだからこういう考え方になったんだけども」

「え、何か言った?」


 次々と浮かび上がる自身の思考に没頭していたヤーナはリアンが何か言ったのを聴き逃して尋ね返すが、リアンは小さく何でもないと言って手を振る。


「まあ【ライト】くらいの初歩魔法ならともかく、もうちょっと複雑なのになってくると決まったやり方だけしか考えないっていうのは危険だと思うよ。だから、まずはいろんなやり方を模索して、試してみようか」

「……ええ、わかったわ」


 ヤーナは心からの納得と共に深く頷く。


 同時に思う、自分と年のそう変わらない目の前の少年は本当に『ジャッククラウン』に入るだけの実力の持ち主なのだと。


 悔しさは今もまだある。けれど、同時に浮かび上がるこの気持は、もしかすると――。


「……いやいや! 私はまだ認めてないんだから!」


 ブンブンと首を振るヤーナ。

 それを見てリアンは困った顔を見せる。


「……説明、分かり辛かったかなあ。やっぱり、人に教えるのって難しいな」


 そんな見当違いなことを呟いて、リアンは次は何をしようかと必死に考えを巡らせるのだった。

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