魔女の教え
「――入りなさい」
リアンが部屋をノックすると、誰かとも聞かず部屋の主はそう促す。
少し戸惑いながらもノブを回せば、鍵もかかっておらずスムーズに扉が開く。
部屋の中は薄暗く、光源は二つしかない。
一つ、壁のランプの光量は抑えられて部屋全体を薄く照らす。
そしてもう一つ、部屋の最奥にある小さな机の上のランプは部屋の主の女性――サラの手元を明るくしていた。
リアンはどうするべきか迷う。
用件があるからこそ訪ねたのだが、サラは机に向かって何かの作業に集中している様子だ。
入れと言われたのだから、恐らく話くらいは聞いてくれると思うが作業の邪魔をするというのもはばかられる。
リアンはサラの様子を伺う。
机上に広がっているのは様々な薬液と魔術的な触媒、それに羊皮紙。手元がはっきりと見えるわけではないが、それらを組み合わせて何かを調合しているのだろうか。
興味をそそられて、思わず身体を傾けてもっとしっかり見えないかと目を凝らす。
「用は?」
振り返らないままにサラが言う。
彼女の口調はいつもの無感情な調子であったが、失礼なことをしていた自覚のあるリアンからすると怒っているようにも聞こえた。
静かに焦りながらリアンは口を開く。
「あの、突然すみませんサラさん。お聞きしたいことがあって」
「魔法でも教えてもらいたいのかしら?」
さらりと返されて言葉に詰まる。
確かにそれは非常に魅力的な案件だ。可能であるならば、是非ともお願いしたい。
しかし今聞かなければならないことは、別にある。
「いえ、魔法の教え方を知りたいんです」
「――ふうん?」
サラはその言葉に興味を抱いたのか、手の動きを止めて半身になって振り返る。
絹の糸よりも柔らかな金の髪が肩の上を流れて艶やかな波が生まれる。
髪の色よりも濃い金の瞳に捉えられ、リアンは思わず吸い込まれそうになるがぐっと意思を保つ。
まるで魅了だ。
見るだけで心が奪われそうになる感覚に何らかの魔法をかけられているのではないかと思うほどの美しさ。
勿論、魅了系魔法を使っている様子はないし、仮に使っていたとすれば目の前の人物と自分自身との力量差からして抗う術無く意識を剥奪されてしまうだろう。
そんな益体の無い考えを心の隅へと押しやって、リアンは本題を切り出す。
「ある人に魔法を教えることになったんですが、その、自分は自己流が過ぎて、人に何をどう教えればいいのか分からないんです。だからサラさんにアドバイスを貰えないかと」
「『もどき』が教師の真似事?」
冷たくぐさりと言われてリアンは息を飲む。
目の前の女性に自身の不出来を突かれるのはこれで二度目だがやはり堪える。
「アドバイスねえ……そもそも貴方は魔法が何か分かっているの?」
「魔法が、ですか」
余りに抽象的な問いかけに、リアンはなんと答えるべきか逡巡する。
一部の偏執家が唱えるような無条件に過剰な賛美の言葉を求めている訳ではないだろう。
「……正しく理解しているかどうかはわかりませんが」
そう前置きしてから、リアンは自分の知る魔法の概念ありのままを話す。
「魔法とは現象です。大炎を巻き上げるのも、大地を砕くのも、眷属を召喚するのも、どれもそれぞれが一つの現象です。魔力という力を使い、無限にある道筋の一つを辿り最終的に辿り着いた現象が魔法、そう考えています」
魔法は多種多様である。詠唱魔法、刻印魔法、儀式魔法、精霊魔法、信仰魔法、触媒を用いた簡易魔法。
同じ詠唱魔法であっても大きく長節詠唱と短節詠唱に分かれ、そこから使用する言語で更に無数に派生する。
だが、詠唱魔法であっても刻印魔法であっても辿り着く場所、つまり現象が同じであればそれは同じ魔法なのだ。
火を起こそうとして、石を金属を打ちあわせて火花を作ろうが、木を擦り合わせようが、火蜥蜴の火炎袋を用いようがどれでも最終的に起こることが同じであるのと同様だ。
当然起こる現象が同じでも効率は道筋によってそれぞれ異なる。
だからこそ魔法使いは自分の魔力の性質に最も適した術式――すなわち魔術を探求し、より強力な魔法を求め続けるのだ。
「基本は分かっているじゃない。それなら、そもそもそんな質問は意味を成さないことも理解できるでしょうに。『魔法の正しい教え方』なんてものは存在しないわ、あるのはその術者に適した魔術だけ」
「……じゃあ、どうすれば適正が分かるんでしょう」
「そんなもの、試行錯誤よ」
何を当たり前のことをと言わんばかりに呆れた声。
「百試して駄目なら千を試す、千試して駄目なら万を試す。それが出来ないのなら魔の道を歩む資格などないわ」
そう言ってサラは身体を机の方へと戻す。語るべきことは語ったというかのように。
リアンは頭の中でサラの言葉を反復する。
そうだ、魔法に安易な答えなどない。自分は何を甘えていたのか。
自分だって、一つの魔法を発動出来るようになるまで一体どれだけ失敗を重ねたか。
しかし、それは無駄ではなかったのだ。それこそが必要だったのだ。
教えるならば正しいことを。
そんな思い込みにとらわれていたことを今更ながらに自覚する。
「サラさん、ありがとうございます」
細い背中に一つ深い礼をして、リアンは踵を返そうとする。
すると、気まぐれのように部屋の主が言葉を放った。
「あの娘は、頭がとても硬い。少しは貴方の不格好さを見習わせなさい。そうすれば少しはマシになるでしょう」
この人達は、本当に何でもお見通しなんだな。
リアンはかけられた言葉に苦笑して、もう一度感謝の礼をして部屋を出た。
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