序章『ジャッククラウン』5
「お、知ってるのかい? 嬉しいね」
「…………多分、冒険者を名乗るなら、知らないほうが珍しいかと」
『ジャッククラウン』といえば、駆け出しで冒険者世界にまだ疎い自分でも幾度となく名前を耳にするランク7冒険者チーム。
全冒険者の中でも間違いなく上位数%に入る最上位の英傑の集団ではないか。
今まで強豪と言われる人々を見ることはあったが、本物の強者とはここまでのものか。
実際の力は勿論だが、放つ圧からして尋常ではない。
しかし、こんな人達に命を救われたというのに、俺はまず彼らに謝らなければならない。
「……あの『ジャッククラウン』にこうして会えるだけではなく、助けてもらうなんて、とても光栄です。ですがすみません、自分はまだ未熟で……皆さんにお礼として渡せるような物が何も……」
「はっはは!!! 別にそんなもんいらねえよ、獲物を横取りしたのはこっちの方だ。ちゃっかりうちの魔法使いが戦利品も漁ってるしな、悪いがそれでチャラにしてくれ。報酬は坊主のものでいいからよ!」
申し訳なさに頭を下げると、ガストさんに大きな笑いで返される。何とも豪快な人だ。
正直、どれだけの謝礼をすれば良いのかと思っていた身としては肩透かしではあるが、安堵が大きい。
「えっと、リアン君。君は一人でこんな仕事をしているの?」
ウェーブのかかった艷やかな薄桃色の髪を揺らして、きょとんとルシャさんが首をかしげる。
もっともな疑問ではあるだろう。自分のような若手は実力不足もあって大抵同年代とチームを組んで補い合うのが普通だ。
「今は一人です。まあ、一応何度か誘われたことはあったんですが……その……」
「小さいと、侮られて大変」
濁した言葉を察したかのようにフィフィさんがはっきりと言う。
ズバリと言い当てられて少し動揺するが、その通りだと小さく頷く。
旅をしている中で様々なチームに見込まれて誘われたことがあったが、要は使い走りだ。
仕事は雑用や汚れ仕事ばかり。分前が平等に貰えるわけでもない。自分の意見は取り入れられない。
そんな待遇なら、一人でやっていく方が余程気楽で旨味がある。
「何だフィフィ。随分詳しいけどお前も経験済みか」
「黙秘」
「酷いですね、そんなでは確かに……」
簡単に事情を話すと思った以上に同情されてしまい、決まりが悪くなる。
別に一方的な被害者かといえばそういう訳でもないのだ。
「いや、自分にも問題があって……譲れない条件があるといいますか」
実際、善意から声をかけてくれたチームもいた。
だが、俺の方から断っている。
せっかくの申し出だというのに申し訳ないとは思うが、こればかりは仕方がない。
「……条件?」
鎧の戦士――ロッケンさんが興味を示したらしく短く尋ねてくる。
このチームの方々ならば、話しても問題ないだろう。ちらりとフィフィさんを見てそう考える。
「『ウィグ帝国に与さない。利となる依頼を受けない』。それと『亜人と無闇に敵対しない』。この二点です」
それを聞いた一同は大方を察したのだろう。苦笑交じりの渋い顔を見せた。
「……なるほど」
「それだと、確かに大変でしょうねえ」
帝国の種族浄化主義。
それ自体に対する賛否は人間種の中でも別れるところだが、問題は帝国が他国と比べても圧倒的に冒険者に協力的であることだ。
また、人間の冒険者は仕事柄異種族と敵対することも多い。
そもそも亜人のことをよく思っていない人間も珍しくはない業界だ。亜人を奴隷として扱う輩さえいる。
自分の条件を両方受け入れるならば、請けることの出来る仕事は半減してしまうだろう。
ただでも実力との兼ね合いや競争の関係で仕事の選り好みの難しいこの職業としては、最初から選択肢を狭めるような方針は取りづらい。
これが俺が今までチームに入ることが出来なかった理由だ。
冒険者としては、面倒な拘りであることは分かっている。
だが、それでも譲れないものは譲れないのだ。
「……坊主、お前なんでさっき飛び出したんだ?」
ガストさんの唐突な問いがとっさに理解出来ずやや困惑する。
少し考えて先程のトラルエイプのボスに不意打ちをした際の話だと思い至る。
「あ、そうです! あれは無謀すぎます! 見てて生きた心地がしなかったです!」
同じように思い出したのだろう。頬を膨らませてルシャさんが詰め寄ってくる。
怒ってくれているのだろう。
だが、言ってはなんなのだが、怒り方が可愛らしくてあまり怖くない。
「私達に気付いてた?」
「気配は殺してたはずだが……」
それは違う。
あの時、近くに『ジャッククラウン』の一同が潜んでいるなど全く気付いてはいなかった。
「……あのトラルエイプは、仲間を殺された怒りをぶつける相手を探していたはずです。自分が隠れたままだったから、あいつは一番近くの人間を復讐の対象に選んだんでしょう。だとすると、狙われるのは」
「討伐の依頼をした、あの村か」
先読みしたのか。それとも最初から分かっていたのか。
ガストさんが納得いったかのように静かに数度頷く。
「……ということは、キミは村を守るためにあの大きなトラルエイプと?」
「結局、返り討ちにあっちゃいましたけど」
ルシャさんが目から鱗が落ちたかのようにこちらを見てくるが、実際は情けない話である。
意気揚々と依頼を引き受けたにも関わらず、結果として依頼主を危険に晒したのだから冒険者を名乗るにはあまりに粗末だろう。
これほどの偉大な人々の前で失敗を曝け出すのは酷く惨めだが自業自得である。
「過剰な正義感は、身を滅ぼす」
「……十分に思い知りました」
まだ身動ぎするだけで全身に激痛が走る身体で答える。
しかし、助けてもらったというのに申し訳ないが、飛び出したこと自体に後悔はしていない。
悔やむべきは、自分の力不足だけだ。
多分そんな浅はかな考えは見抜かれているのだろう。
たまたま視線のあったフィフィさんは呆れたような眼を間違いなくしていた。
「……坊主、お前帰る場所はあるのか?」
ガストさんが少しだけ今までと違う声音で尋ねてくる。
「――おい、ガスト」
「ガストさん、それは」
立ち入った質問だと、二人が咎めようとする。
確かにあまり人に聞くような話でも、わざわざ語るような話でもない。
「大丈夫です、構いません」
だが俺は身を乗り出して二人を制する。
この人になら言っても良い気がした。
それは何となくの直感だが、きっと間違っていない。
「俺は亜人の村で育てられました。その村は焼かれてもうありません。それ以来、俺は一人で生きてきました。だから、帰るべき場所というのは俺にはありません」
「焼かれたってのは……帝国か」
小さい頷きでその問いに答える。怒りを風化させたつもりはない。
帝国の所業を思い返せば、尽きること無い憎悪が奥底から湧き上がってくる。
しかし、今ばかりは不思議と心は穏やかだった。
『ジャッククラウン』の面々は痛ましそうな色を瞳に浮かべるが、何かを口にしようとはしない。それがとてもありがたかった。
「――――よし、決めた。リアン、ウチに入れ」
ジャックさんの言葉が理解出来ず、ぽかんと口を開く。
ウチに入れ? ウチとはどこだ。家?
いや違う、文脈からしてそうではない。だとすれば、これは、もしかして。
ランク7冒険者チーム『ジャッククラウン』への加入の誘いということになるのだろうか。
そんなはずはない。
自分などフリーランクの底辺冒険者だ。
今こうして話している相手は、そこらの貴族よりも余程力を持つような、雲の上の存在である。
きっと冗談か何かに違いない。
いや、自分の頭が足りずに言葉の意味を正しく理解出来ていないのかもしれない。
「ウチは帝国の仕事は受けないし、亜人に関しちゃメンバーにいるくらいだぜ」
「……ガスト、本気か?」
「おう、勿論だ。こいつの力は見ただろ?」
「腕は確かに悪くないけど」
メンバー達がそれぞれに反応する。様子からして、彼らも困惑しているようだ。
しかし、そうすると本当にチームへの誘いということなのだろうか。
「……悪くないと思います」
ぽつりと、すぐ近くで難しい顔をして思案していたルシャさんが呟く。
その答えにガストさんがニヤリと口角を釣り上げ、フィフィさんは眉を潜める。
全身鎧のロッケンさんの表情は覗けないが、何となく怒っている気がした。
「リアンくん、さっき見ただけでも危なっかしいのは分かりましたし、ちゃんと見てあげられる人が付いてあげるべきかと」
要保護者の子供と認識されたらしい。
まあ、まだ自分が未熟であるという自覚はあるが、そう言われると何とも気恥ずかしく、微かな反抗心が沸く。
とても彼女に対してそれを表すことは出来ないが。
「賛成1、いや俺と合わせて2だな」
「俺は反対だ」
ロッケンさんが即座に反応する。声音が硬い。当然の反応だとは思うが、思わず身が震える。
「子供が居る世界じゃない。これだけの力があるなら、もっと他の道もあるだろう」
「こう言ってるけど、どうだ?」
ニヤニヤとしながらガストさんがこちらに振ってくる。
こちらは訳がわからないまま渦中に放り込まれて混乱の極みだというのに、何でこの人はこんなに楽しそうなのか。
「……俺は、なんとしても早く力を身に着けたいんです。そのためには、冒険者として実戦の中で磨くのが一番だと思ってます。だから冒険者を辞めるつもりは、今はありません」
「何をそんなに焦る。お前なら、しっかりと学び修行すれば、確実に強くなれる」
「……すみません。そのお言葉は、とても嬉しいです。それでも、俺は今出来るだけのことをしておきたいんです」
こちらが頑として譲らないのを理解したのだろう。
ロッケンさんはそれきり沈黙して、それ以上を語ろうとはしなかった。
「で、賛成2反対1だが――サラ、お前さんはどうだ?」
ガストさんが少し離れたところで一人何やら作業をしていた魔術師に声をかける。
少しだけ間をあけてゆっくりと振り返る金髪の美しい女性。
話をどれだけ聞いていたのか、酷くつまらなさそうな視線でこちらをじっと見据えられると知らず知らずのうちに背筋がピンと伸びる。
「……どちらでも好きにすればいいわ」
サラさんはそれだけ言って、ふいと視線を逸らしてまた作業に没頭し始める。
「んじゃ、投票放棄ってことで……あとはフィフィだけだな」
「どうせ、私が反対しても同数。強く反対する理由もない」
小さく溜息混じりにフィフィさんが答えると、こちらへ朱い瞳をちらりと向ける。
「あとは、本人の答え次第」
「って訳だが、どうするリアン?」
改めてガストさんがこちらに向き直る。
周囲の視線がこちらへと集まる。
ずっと離れたところにいたサラさんですら、ちらりとではあるがこちらに意識を向けているのが分かって緊張に身が震える。
「……俺がチームに入るかどうかってことで、いいんですか?」
「それ以外に何があるんだよ」
何を今更と呆れたようにガストさんは言うが、そもそも提案自体があり得ないような話なのだ。
ましてそれが、多数決とはいえ認められているなど現実感がなさすぎる。
「いや、でも、俺なんかが……」
どう考えても、身の丈に合わない過大過ぎる誘いだ。それこそ、大猿に挑むほうがよほど気楽に感じられる。
だが、それでも。
「……人生の先輩からの一つアドバイスだ。悩んだら、ただ自分が選びたいものを選べ。人のことなんて気にするな」
ガストさんの言葉に背中を押されて、俺は迷いを断ち切るようにゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げる。
「――俺を、皆さんのチームに入れて下さい!!」
「応、ようこそ『ジャッククラウン』へ。今日からここがお前の帰る場所だ」
ガシガシと頭を揺さぶるように乱暴に頭を撫でられる。
塞がったばかりの傷に響いて痛いというのに何故か心地良い。
胸から何かが込み上げてきて目頭が熱くなる。
こうして、この日から俺は『ジャッククラウン』の6人目のメンバーとして加わることになったのだった。
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