04. 真意

     REFLECTION


 昔から吉明は控えめな性格だった。後ろ向きで引っ込み思案であった。

 小学生の頃から友達が少ない方で、からかわれることも多かった。学年が上がるにつれて、その方法も陰湿になる。今振り返れば大した内容でなくとも、当時の吉明にとっては充分に辛いものだった。

 限られた環境の中で、余程の強い気持ちがなければ、人は弱い人間の味方をしない。少なかった友人と話す機会も徐々に減ってしまう。

 小学五年生になるタイミングで橋本家は引越しをした。父の仕事の都合による引越しだったが吉明に不満はなかった。一から人間関係をやり直せるような気さえしていた。

 けれど、転校先で変わったのは周りの顔触れだけだった。関係性をリセットしても、人間性は引き継いだまま。次第に吉明を取り巻く環境は転校以前のそれと似通っていく。


 ――これから先ずっと、俺はこんなふうにしか生きられないのかな。


 大げさかもしれないが、当時の吉明は本気でそう思っていた。

 そんな状況を打ち破れるのは余程の強い気持ちを持つ人間しかいない。

 だからこそ、彼女にはその資格があったのだ。

 岩崎遥佳という人間は最初から優しい女の子だった。対面して間もないはずの吉明をいじめっ子から助けた。家が近所だからという理由だけで友好的に接していた。弱い立場である吉明の心強い味方。胸の奥に灯った安心感は、あるいは自覚のない恋心だったのかもしれない。

 恩人であるからこそ吉明は岩崎のことが心配になった。誰かの味方になるということは、誰かの敵になるということでもある。急激な変化があったわけではない。それでも岩崎の交友関係は徐々に狭まっていた。

 後ろ向きな吉明は堪えられない。自分を助けたがためにクラスメイトから避けられる、そんな結果を許せない。友人や味方がいない、その辛さを何より知っているのだから。


『どうして、助けてくれたの?』


 一度だけ、尋ねたことがある。

 岩崎は答えた。


『ヒーローはね、弱い人の味方なんだよ』


 誰かを助けられる優しい人になりたい、そう言っていた。

 そう言ってのける幼くも眩しい笑顔に、惹かれていた。


 ただ、それは誤解だった。


 岩崎は優しい。だから困っている人を放っておけない。

 吉明は、それが優しさの現れだと考えていた。

 しかし実際は違う。それは優しさであって優しさではないものだった。

 弱い者の味方であるヒーローが弱い者を助けるのは当然のことである。義務と言い換えることもできる。岩崎にとって誰かを助けることは特別なことではないのだ。勉強を教えてくれる先生に生徒が感謝しても、先生にとって勉強を教えるのことは当然であるように。


 吉明は、岩崎との関わりに特別なものを見出さないようにした。優しく見える彼女も、他の例に漏れず自分自身のために生きている。

 岩崎は何も相手が吉明だから助けたのではない。弱い人がいたから助けたのだ。彼女は一個人を捉えていたわけではないと――そう、気づいてしまった。

 憧れるヒーローに近づくために、吉明は助けられた。身勝手にも裏切られたような気持ちになってしまった。


 吉明はもう、岩崎の優しさを素直に受け止められない。

 本当の意味において、一番に、相手のことだけを思い遣ることはできないのだから。

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