第2話

「入るのー?入らないのー?」


比較的若いであろう女の子が私に声をかけてきてくれた。


「あ、は、入りますっ。」


かなりどもりながら決して広いとは言えない控え室に入るとより一層匂いは濃くなり、湿気は私の気持ちを表すかのようだった。

しかし、入ってしまったのだから仕方がない。まずは明るく挨拶だ。


「本日体験入店させていただきます、えりです!ふつ、不束者ですがよろしくお願い致します!」


力んでいたからか私にもこんな声が出せるのか、と思うほどの声が出た。


「あはは、不束者って。よろしくね、私はひかり。」


先ほど話しかけてくれた若めのコが名前を教えてくれた。


「どうせ店長はなにも教えてくれてないでしょ。なんでも聞いて!取り敢えず私と一緒に全部つくからよろしくね。」


「よろしくお願いします!ところで"つく"ってどういうことですか?」


「うちのキャバクラのシステムは60分1セットだから新規のお客さんの所は30分で女の子が交代するの。えりちゃんは今日が初めてだから私と一緒に席に行って、私と一緒に席から抜けるんだよ。席に滞在することを席につくって言うの。」


「そうなんですね。す、すみません…なにも知らなくて…。」


ひかりさんが少し眉をひそめて小声になる。


「私も一年前に入ったんだけど、みんななにも教えてくれなくて困ったの。だから次の子が入ってきたら絶対教えてあげようと思っててね。」


つられて私も小声になる。


「え、そうなんですか。じゃあどうやって仕事を覚えたんですか?」


「見て覚えたに決まってるじゃない。」

少し呆れ顔のひかりさんにいたたまれなくなり、違う質問をぶつけることにした。


「ポーチを持って来いと言われましたが何を入れるんですか?」


「ハンカチを二枚と、ライター、タブレット、名刺入れ、ボールペン、携帯…お客さんができたらお客さんのタバコなんかも入るね。」


「ハンカチ2枚は何に使うんですか?」


「一枚は膝に置いて一枚はポーチに入れて片方をグラスの水滴を拭う用、もう片方をお客さんの汗とかを拭く用にするの。テーブルの上はできる限り綺麗にしなきゃいけないからね。灰皿も二本タバコの吸殻がたまったら替えるんだよー。タバコは吸うの?」


「吸いませんけど…。」


「なら関係ないけど、タバコは指名の席でしか吸えないからね。指名はわかる?」


「す、すみません。わかりません。」


「まぁその調子じゃ今日は関係ないかな。」


背の低い私を見下ろすように立っているひかりさんの溜息がまるで私の心臓に直接かかっているような気さえした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る