第8話

 きっと僕は、強がっているのか、素直になれないだけかもしれない。

 

 僕たちはあれから一ヶ月、恋人のように屋上で一緒にご飯を食べたり、どこかに出掛けたりした。屋上にはもちろん天原も来ていて、僕たちをからかったりする。

 また毎日のように電話をして、創作の進み具合を話したりもした。執筆をするのは自然と夜になっていた。 

 

 姫乃のことを好きか嫌いかで言えば、もちろん好きである。嫌いとは言いたくない。

 彼女は可愛くて、また大人っぽい美しさもある。性格も大人しめで騒がしくなく、話しも合う。ここまで一緒にいて、楽しいと思えた人物はいない。

 彼女の肌が僕の肌に触れると、胸がどきどきする。

 

 おそらく、これが恋なのだろう。僕は彼女のことを、異性として好きなんだ。

 そんな事、ずっと前から分かっていたはずなのに……。

 

 それをどこかで、認めたくない自分がいる。

 

 彼女の事を大事に思うなら、なおさらだった。

 僕が大人で、結婚を視野に彼女と付き合うならばまだしも、僕たちは学生だ。もし恋人になれたとして、今後結婚までこの関係は続くのか? そう言われたら難しい。

 いつか別れるくらいなら、友達のままの方がお互いのためだ。彼女と悲しい別れはしたくない。

 

 それ以前に、僕が姫乃を異性として好きだとしても、姫乃はどうなのだろう。

 彼女が電話越しで言った"好き"はどの意味での好きなのだろう。

 友達として? 異性として? それともあれは全部、創作のための演技として?

 いや、さすがに最後のはないと思いたい。

 

 でも姫乃はなにをするにも、創作のためにと理由を付けてくる。

 恋人のふりをしているのもあくまで創作のため、手を繋いだり抱きついてきたのも創作のためだと。

 

 実際、経験するかしないかで描写も考えも大きく変わっている。この効果は出ていた。

 恋愛描写を書くなら、恋をしなければいけないとは言わないけど、やはりするかしないかで変化はあった。

 

 姫乃と一緒に書いてる小説も、そろそろ終わりが近づいてきた。

 主人公とヒロインの旅は終わりを迎え、お互いに故郷に帰ることになる。

 二人はまだ恋人になってはいない。長い旅の末、お互いがお互いの事を好きで、薄々それに気付いてはいる。

 

 でも一歩踏み出し、告白することができない。怖いのだ。もしそれが勘違いで、一方的な好意だとしたら拒まれたら。

 

 まるで今の僕と姫乃の関係のようだ。だがこれには大きな違いもある。

 

 物語の二人は必ず結ばれる。それが予定として組まれている。

 まだ細かく作ってないが、そうなるように今日僕と姫乃は、話し合いをする予定だ。

 

 でも僕と姫乃はこの先、どうなるか分からない。現実は物語のように上手く進まない。

 必ず結ばれる保証はないのだ。

 この関係も、今日で終わるかもしれない。

 

 その時、僕の家のチャイムが鳴り響いた。僕はチャイムを聞くと、自室から出て玄関へと向かう。

 今、両親はいないから僕が出るしかない。僕に兄弟はいない。

 

 玄関を開けると姫乃がいた。デートのときと同じように、大人びた服を着こなしている。

 

 今日は僕の家で小説の最後を考えるつもりだ。

 はじめは図書館では駄目なのかと聞いた。だけど彼女は頑固に、僕の家に行きたがった。それで住所を教え、ここに来たのだ。

 

 彼女はかすかに微笑み、僕に挨拶をした。僕も挨拶をして、彼女を僕の部屋へと案内する。

 

「お邪魔するね」

 

 僕の後に、彼女はそう言いながら部屋に入った。姫乃は中に入るとわあ、と言って僕の部屋を見回す。

 部屋にはベッドと机に本棚、自分用のパソコン、小さな白いテーブルとその下に黒いマットが置かれている。

 物はよく片付けているため、散らかっていたりはしない。

 

 だが姫乃はある一つの場所に、視線を向け、じっと見つめていた。

 そこにあるのは小さな黒い冷蔵庫だ。

 

「自室に冷蔵庫っていいね」 

 

 姫乃はキラキラ目を輝かせ、僕の方に視線を変えた。

 

「中学生の頃、買ってもらったんだ。僕も気に入ってるよ」

 

 僕は言う。

 冷蔵庫に入っているのは主に、ジュースやアイスだ。けどいちいち部屋を出る必要がないので、夏場は特に重宝した。

 

 僕は冷蔵庫を開け、五百ミリリットルのペットボトルを、二本取り出す。

 

「ミルクティーでいいかな」

 

 僕がそう言うと姫乃は頷く。

 それからミルクティーが入った方のペットボトルを、彼女に渡す。もう片方のペットボトルはコーラで、僕が飲むことにする。

 

 その後、テーブルに飲み物と筆記用具、創作用ノートを開いて置く。

 僕たちは隣り合わせに、ノートが見えるように座る。

 

 座った後姫乃がペンを手に取り、ノートに最終話プロットと文字を書いた。

 

「もう最終話かぁ……」

 

 一人言のように彼女は呟く。

 

「思えば長いようで短かったね」

 

 僕が言う。

 この小説は全話合わせると、二十万字以上であった。僕としてはかなりの大作のように思えるが、姫乃と創作してる期間はとても早く感じた。


 この小説はネットにも載せている。評価は思ったよりも良く、ポイントは千を越えていた。感想も何個か貰っている。

 ヒロインがかっこよくて可愛い。地の文が丁寧に書かれていて読みやすいなど好評だ。

 

 姫乃と過ごした時間。そしてそれにより作られた小説。僕にとってこの二つは、今までの人生の中でも特別なものになろうとしていた。


「この先どうやって二人を恋人にさせようか」

 

 彼女が質問してきた。

 

「それはもちろん、主人公が最後、勇気を振り絞って告白すべきだと思う」

「確かに、それがいいね。わたしも告白するより、男の子に告白されたいもの」

「じゃ誰かに告白したことはないの?」

「されたことはあるけど、したことはないかな。まず告白しようと思えるくらい好きな相手が今までいなかったから」

 

 姫乃のその言葉に、少し胸が痛む。

 彼女は僕に、告白しようと思えるほどの好意はもっていない。そう言ってるように思えた。

 もちろん、そんな意味で言ったわけではないだろうけど。

 

「告白した後はどうするか……そのままヒロインが告白を受け入れて、そこで終わりにする?」

「それじゃつまらないよ。どうせなら結婚してからの話とかも少しは書きたい」

「なるほどね。他にはなにかあるかな?」

「あとはやっぱりキス……かな」

 

 僕が質問すると、彼女は頬を少し赤く染める。

 そして右手の人差し指を口元に当てる。その姿は少し色っぽかった。

 僕はそれから目をそらし、少し話題を変えようとする。

 

「考えてみれば、なぜ人は、キスをするようになったんだろうね。子孫を残す上ではそんなもの必要ないのに」

「とても彼方君らしい考えだね」

 

 姫乃は微笑む。

 

「でもそれだと、ただ子孫を残すために付き合ってるだけじゃない。そんな関係、彼方君は嫌じゃないの」

「もちろん嫌だよ。恋人を作るなら、ちゃんと愛したいと思う」

「ならキスはその愛情表現なんだよ。互いに愛している。その温もりを愛を感じるために、抱き締めたりキスをするんだと思うよ」

「じゃ姫乃は、恋人が出来たらやっぱりキスをしたい?」 

 

 姫乃は頷く。

 

「うん、したいよ。でもそれだけじゃ、愛情表現としては嫌かな」

「そうなの?」

 

 僕は首を傾げる。

 

「わたしとしては、ただ傍にいてほしい。キスも抱き締めるのも、時々でいいから」

「どうして? 傍にいるのは重要なこと?」

「重要だよ。一緒にいて楽しいことを共有したり、悲しいとき傍にいてくれるだけでも支えになる」

「それは友達や家族じゃ駄目なのか?」

「ダメとは言わないよ。友達は友達、家族は家族としての心の支えになるから」

「なら恋人は、恋人としての支える役割があるってことかな」

 

 彼女は頷き、それから僕の方をじっと見つめて言った。 

 

「恋人は、一番大切な人になる。だからこれからずっと……支え合える関係がいいな」

 

 気が付くと姫乃は、僕の手を握っていた。その握力は強すぎず、だけど簡単には離せない。不思議な感じがした。

 そして彼女は僕の方へと顔を近づけ、囁くように言った。

 

「彼方君……キス、しようか」

 

 はじめ僕は、なにを言っているのか理解できなかった。聞き間違えなのではないかと思いたいほどに。

 だけどはっきりと、それは僕の耳に聞こえた。

 

「キスって……」

 

 言葉が詰まる。言いたいことがありすぎて、思うように言葉にできなかった。

 僕は一度、息を整え彼女に向かって言った。

 

「さっき言ってたことと、矛盾してないか。キスは愛情表現の一部なんだろう?」

「そうだよ。でもわたしはしたことないから、どんな感じなのか分からない。最終話を丁寧に書くには、キスは必要なの」

 

 姫乃がそう言うことは、考えてみれば分かることだった。いつも彼女は恋愛描写のためにと言い、僕に抱き着いてきたり一緒にいた。

 彼女には、これもそのために必要な事であるのだろう。僕も抵抗はありつつも彼女の要求に答えてきた。

 

 だけど今回は……僕は首を振った。

 

「それはできない。いくら創作のためだとしても」

「……どうして?」

「僕たちは偽りの恋人なんだ。本当の恋人じゃない。キスをしたら、きっと僕たちのこの関係は変わってしまう」

「でも……恋人とか大切な人じゃなくても、キスする人はいるよ」

「確かに。ドラマなら本当の恋人じゃない、俳優と女優がキスすることはあるけどあれは仕事だ。僕たちのやっていることは所詮趣味なわけで、そこまでする必要はないよ。もし指摘されたとしても、それは仕方ないことだ」

 

 こうは言ったものの、それだけではない。

 単純に、僕はファーストキスがまだな事もある。だからこんな関係で、ファーストキスを済ませたくなかった。

 

 すると彼女は、握っていた力を緩めていき僕の手を離す。顔も僕から遠ざけ、距離を置いた。

 

「分かってたよ……」

 

 彼女はぽつりと呟きはじめる。

 

「さすがに図々しかったよね。ごめん……彼方君の気持ち、考えてなくて。今のは忘れて」

 

 その声は弱々しく、表情もどこか暗かった。

 しばらく僕たちは黙り込んでしまう。

 

 気まずい。

 

 姫乃と話していて、こんな状況になった事は今までない。彼女はいつも微笑みを見せ明るかった。

 僕が自分のプライドのために、ついつい言いすぎたせいかもしれない。

 でもきっと、それだけでないのは薄々気付いていた。

 

 しばらくして、彼女はしゃべりはじめた。

 

「さっきの事はおいといて、まず主人公がどうやって、ヒロインに告白するか決めようよ」

 

 彼女は表情はまだ、いつも通りではない。けれど落ち着きを取り戻しているように思う。

 

 とりあえず僕は、主人公とヒロインの今までの関係を思い出す。

 振り返ればやはり、それは僕と姫乃に近い。互いの好意に気付きながらも関係を壊したくないが故に、二人は今まで告白出来なかった。

 ここから主人公が、どうやって告白に辿り着けるのだろう。

 

 ふと考える。

 関係が崩れる。その可能性があると分かっていて、主人公はヒロインに告白しなければいけない。主人公にはヒロインの本心がわからない。

 

 だからきっと、それは勇気のいることだ。

 大きな変化は、悪い方向に行けば不幸でしかない。

 

 それでも、しなくてはいけない。

 

 何故か?

 

 僕は考え込んだ。姫乃もそれについて悩んでいるらしく、ノートに目を向けているだけだった。

 

 しばらくして、僕はついに答えをみつける。

 

「姫乃」

 

 僕は彼女の名前を呼ぶ。彼女はそれに反応し、こちらを向いた。


「主人公がどうして、ヒロインに告白しようと決意したのか分かったよ」

 

 ほんと? と彼女は言った。その後僕は言葉を続ける。

 

「主人公とヒロインは、もう二度と会えないかもしれない。もともと二人の出会いは偶然なわけだから、仕方ないことだ。だからきっと、主人公は後悔したくなかったんだよ。関係を崩さずに離ればなれになるよりも、一歩踏み出して一緒にいられる可能性を選ぶんだ」

「なるほど、それなら納得いく気がするよ」

 

 彼女は何度か頷いた。

 きっとこれは単純なことで、普通ならばすぐに思い付く事かもしれない。

 後悔したくない。もう会えないと言うならば、他者からみれば告白すべきと言われるだろう。

 

 でもこの物語は、どこか僕と姫乃に似ている。同じ立場であれば簡単にそんな事は言えない、思い付かなくなるのだ。

 だが答えを見つけた。これが僕の出した答えだ。

 

 ならば、やる事は一つしかなかった。

 その前に僕は一度深呼吸をする。心臓の鼓動がはやくなっているのを感じた。

 緊張しているのだ。

 それはおそらく、僕たちが作った物語の主人公と同じように。

 

 そして僕は、大きな一歩を踏み出した。

 

「姫乃……僕は君のことが好きだ」

「え……?」

 

 突然こんな事を言ったのだ。

 雰囲気もムードもない。

 彼女は言ってる意味が分かっていないようだった。

 

 でも仕方ない。これを逃せば、次にいつ勇気を振り絞るか分からなかったから。

 雰囲気だとかムードだとかを気にして言えないよりはよっぽどましだ。

 

「どういうこと? その好きって……」

 

 姫乃は、前に僕が彼女に抱いた疑問と同じことを口にする。

 彼女はその疑問に答えなかった。

 それ以前に、僕がその疑問を言わなかった。

 

 だけど、今は違う。

 

「異性として、姫乃のことが好きなんだ。偽りなんかじゃなく、本当の恋人になりたい」

 

 もう見栄ははらない。自分の気持ちに素直になると決意した。

 

 後悔したくない。もし、この小説を書き終えたら、僕たちの関係が続くとは限らないのだから。

 たとえ今の関係が壊れたとしても。

 

 

 いや……それじゃ駄目なんだ。

 

 

 僕は彼女を信じなければいけない。

 彼女の好意を、僕は信じなければいけない。

 それが僕の勘違いだとは、思ってはいけない。

 

 姫乃は偽りの恋人になる前に言った。

 

「わたしは清瀬君の事好きだから」

 

 この意味をあの時の僕は気付かなかったか、目を背けてただけかもしれない。

 でも今までの彼女の行動を見れば、その意味が分かった。

 

 花火の時、突然手を握ってきた。

 デートの時、突然抱きついてきた。

 そして今日、突然キスをしようとした。

 

 つまり、彼女もずっと前から、今の僕と同じ想いだったのかもしれない。

 偽りの恋人になって創作のためにとしてきたことは、ほんとは創作のためじゃない。

 

 今の関係を崩さずに、断られても冗談で済ませられるように。

 その上で彼女は、本当の恋人になろうとせず、偽りの恋人になることを選んだんだ。

 

 だから僕は彼女の踏み出せなかった一歩を、代わりに踏み出した。

 

「彼方……君」

 

 僕の告白に対し、彼女はただそれだけ言って、黙り込んでしまった。

 顔も下を向き、表情が見れない。

 

 僕はそれを、ただ見守る事しかできない。でも、それでいいんだと思う。

 

 急がしてはいけない。彼女の答えを待つことが、僕がすべき事だ。

 

 そして、姫乃はついに言葉を発した。

 

「馬鹿……」

 

 ぼそりと姫乃は言う。

 言葉だけならば罵倒されてると思うだろう。

 だけど彼女は、自然と僕の方に体を寄せ抱きついてきた。

 そのまま僕の胸に顔を埋める。

 

「なんで今なのかな……もっとはやく言ってよ。ムードも何もないじゃない」

 

 ぽこぽこと姫乃は両手で、僕の肩を優しく叩く。声は震えていて、泣いているような感じがした。いや、泣いているからこそ顔を埋めているのかもしれない。

 

 僕はそんな彼女が愛しくなり、思わず抱きしめる。

 はじめて、僕の方から彼女に触れた。

 彼女の体は華奢で、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。だから僕は優しく彼女を守るように包み込む。

 すると彼女はそれに答えるように、僕の首に手を回す。

 

 告白の答えなんて、言わなくていい。

 そんなことしなくても、こうやっていることで彼女の気持ちは伝わっている。

 

 しばらく、僕たちはこのままでいた。お互いの温もりを感じあってたのだ。それは温かく、胸が締め付けられるくらいに苦しい。

 でも、とても幸せな気持ちでいっぱいになる。

 

 そのあと姫乃は、埋めていた顔を上げた。目元は赤くなっていて、明らかに泣いたであろう跡がある。

 彼女は僕の方を見つめ微笑んだ。

 

「ねえ……これからわたしのことは下の名前で呼んで。わたしもこれからは、彼方って呼ぶから……」

 

 優しそうな声で彼女は言った。

 

「うん、これからはそうするよ……白雪(しらゆき)」

 

 僕は自然とそう言ったあと、大きな間違いに気が付いた。

 気が付いた時にはもう、彼女がクスクスと笑っていた。

 

「ひどいよ彼方、わたしの名前みゆきなのに。恋人の名前間違えるなんてちょっとがっかりだな」

「ごめんっ。今までずっと下の名前で呼んだことないから、漢字からそう読んでしまったんだ」

 

 僕は苦しい言い訳をする。

 せっかく彼女が"恋人"と言ってくれたのに、失望させてしまったかもしれない。

 僕はそれを訂正しようとした。

 だがそれよりも先に、彼女が話し出した。

 

「いいよ白雪(しらゆき)で。他の人なら許さないけど彼方なら許してあげる」

「いいの……?」

「うん、彼方は特別だから。これからもわたしのことは、白雪(しらゆき)って呼んでほしいな」


 彼女の口元は緩んでいた。いつも通りの微笑みを僕に見せてくれる。

 僕は息を呑む。それから彼女の肩をがっしりと掴み言う。

 

「白雪(しらゆき)……」

「はい……」

 

 白雪(しらゆき)はこの後の事を理解しているようで、顔を紅く染めた。

 

「キスしよう」

「うん……」

 

 僕たちはお互いに顔を近づけた。近付いて来るにつれ、呼吸が乱れる。

 白雪は目を瞑り、ただ僕からすることを受け入れようとしているようだった。

 

 そして唇の、柔らかい感触が伝わる。

 はじめてのキスは暖かくて、ずっとしていたいと思えるほど気持ちよかった。

 

 唇が触れていた時間は、長いようで短かった。

 

「キス、しちゃったね……」  

 

 白雪は顔を少し下に向け、目をそらしていた。よほど恥ずかしかったのだろう。

 

「ああ、これでキスシーンの描写もちゃんと書けるよ」

 

 僕は冗談混じりに言った。

 でもそれを聞くと彼女は目線を合わせ、むっとした表情をしていた。

 

「一回じゃ足りないよ。もっとしなきゃきちんとした描写は書けない。だからもう一回、しよう」

 

 白雪はそう言い、今度は彼女から唇を重ねてきた。

 それから僕たちが小説を書きはじめたのはだいぶ後だった。

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白雪姫は眠りにつく @raito_sgr

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