第7話 

 最近僕は誰かを待ったり、待たせることが多くなっている。以前まで約束して誰かに会うのは、プライベートであればほとんど無いと言えたのに。

 しかもその相手は、すべて同一人物。一人しかいない。

 

 そうして僕はその人物と、今日も約束をした。どうやら約束の場所にはまだいないようで、今日は僕のが先のようだ。

 車のエンジンの掛かる音が聞こえ、また違う場所では逆にエンジンの音が鳴り止む。人が車から降り、またどこかでは車に乗る。視界一面に、アスファルトと駐車された車が映し出されている。

 

 僕の背後には大きなショッピングモールがそびえ立っている。待ち合わせのために、僕はショッピングモールの外にあるベンチに座っていた。

  

 今日は土曜日で休みだ。だからよりいっそう、車の数が多い。

 僕は右手にしてあった腕時計を見る。

 時計の針は午前九時三十分より少し前だった。

 約束の時間までもうすぐ。おそらくもうそろそろ来るであろう。

 

 そこから時間は掛からず、一分もしないうちに約束した人物、姫乃白雪が現れた。

   

 彼女ははじめ僕と顔が合ったとき、にこりとした表情で「おはよう」と言って来た。僕はそれに同じ言葉で返す。

 

 彼女の服装をじっくり見た。姫乃の私服は夏休み、図書館で一緒に小説を作っていたときにも見たが、その時とは印象が違った。

 

 彼女はTシャツの上に薄い茶色のジャケットを羽織り、クリーム色のフリルのミニスカートを履いている。

 図書館の時はスカートではなく短パンで、少し地味であった。だか今の姿は可愛らしく、どこか大人びていた。

 

 彼女の服装がいつもと違うのは、当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「今日はデートだし、いろいろ見て楽しもうね」

 

 そう、彼女の言った通り今日はデートをするつもりだ。僕たちは数日前に土曜日にデートをする約束をしていた。

 

 デート。それはすなわち男女が二人で遊ぶ、または恋人同士で遊ぶことを世間では言う。

 でも僕たちはその定義で言うのであれば、今回のデートを初デートと言うには怪しい部分がある。

 

 姫乃とは夏祭りの時に二人で遊んでいるため、はじめてとは言えない。かと言って恋人としてと言うならば、微妙なところだ。

 

 僕たちは恋人であり恋人ではない。偽りの関係だ。恋人を偽っている。

 こう言えば、まるで誰かに恋人だと思わせるためのようだが、そうではない。

 これはあくまで創作のため、恋愛描写を学ぶためのものだ。だから僕たちは恋人のように接している。

 

 そこで僕は考えるのをやめ、中へ入ろうかと彼女に勧める。彼女はうなずき僕たちはショッピングモールの中へと行く。

 

 ショッピングモールの中はまるで別世界だった。視界にはたくさんのお店が並んでいる。

 レストランなどの飲食店、雑貨やアクセサリー、洋服を売るお店、さらには娯楽施設まである。ここに一日いても飽きないくらい、施設が充実していた。

 僕たちの住んでるところはどちらかと言えば田舎で、いろいろな物が揃っているのはここしかない。だから僕にはショッピングモールはまるで、都会のように感じる。

 

 一方姫乃はというと、特に変わった様子はない。姫乃はここへ引っ越して来るまで、都会の方にいたと前に聞いていた。

 だからおそらくそこまで新鮮でもないのだろう。

 

「どこへ行く? ここには何でもあるけど」

 

 僕は彼女に尋ねる。

 

「今はただ見て回りたい。それで気に入った所があったら入ってみようよ」

「まぁ、それも悪くはないね」

 

 何か買うべき物があって買い物に来ているなら、計画性のない行動は好きでない。けれど今日は二人で遊ぶことが目的だ。

 彼女の言う通り、楽しむことを優先するなら、なにも考えずただぶらつくのもいいかもしれない。

 

 それから僕たちは隣り合わせに、ショッピングモール内を歩く。

 気に入るお店を探しながら、僕たちは会話をする。

 

「姫乃はショッピングモールにはよく来るの?」

「あんまり来ないかな。嫌いじゃないけど、頻繁に来てたらお金使いすぎちゃいそうで怖いから」

「確かに、僕もあまり来ることはないけど分かる気がするよ」

 

 僕は微笑む。

 計画性のない買い物はしない主義だが、気持ちは分からなくもない。

 しばらくして、彼女は足を止めた。

 

「ねえ、あのお店に入ってみようよ」

 

 姫乃の目線には、一つのアクセサリー店があった。

 アクセサリー店なんて僕は入ったことがないため、よく分からない。けれど彼女が気になると言うなら、行ってみようと僕は思った。

 

 やはりアクセサリー店には男性はほとんどいない。いるのは僕たちと同じくらいか二十代の女性が多かった。

 そこに男である僕がいるのはいささか抵抗のあることだが、別に恥じることでもない。

 僕は姫乃の近くにいる。端から見ればカップルだと思われているはずだ。

 

 姫乃はじっくりとアクセサリーを見つめていた。その姿は実に女の子らしいと再確認する。

 

「なにかいいのはあった?」

「うん……でもやっぱり高いね」


 彼女はちょっと残念そうな顔をしている。

 値段を見ると数千円から一万以上するものが多い。アルバイトもしていない高校生の僕たちでは大金で、とてもじゃないが買えない。

 

 僕は少し姫乃から離れ、違うところを見てみる。

 アクセサリーの良さとか値段は僕にはよく分からなくて、どれも同じもののように見えた。

 

 ふと、僕は目があった一つのアクセサリーを手に取る。ブレスレットだ。シンプルだけど好みのデザインだった。

 値段を見る。それは姫乃が見ていたものと違い値段は三桁、五百円であった。これなら僕でも買える。それから僕はそのブレスレットを持って、レジに向かう。

 

「彼方君、なにか買ったの?」

 

 ちょうどレジで支払いを終えたとき、姫乃が声を掛けてきた。

 

「ああ、ちょっと気に入った物があったからね」

 

 僕は頷き、購入したブレスレットを見せる。それは二つ、白のブレスレットと黒のブレスレットだ。

 僕は白い方のブレスレットを姫乃に渡す。突然渡された姫乃は首を傾げた。

 

「これは?」

「ついでに買ったんだ。姫乃にあげるよ」

 

 ブレスレットを手に取ったときから、姫乃になにかプレゼントしようかと思っていた。高いものは買えないし、押し付けるような感じになってしまうのもあれなので、ついでに買ったということにして。

 安物だから、気に入らなければそれはそれで仕方ないと思っていたが、彼女は口元を緩め優しい声で言った。

 

「ありがと……つけてもいい?」

 

 僕はうなずき、彼女はブレスレットを右手首につける。彼女の白い肌には白いブレスレットが似合っていた。

 彼女は嬉しそうに言う。

 

「お揃いだね……」

「お揃い?」

「彼方君も同じ種類のブレスレットを買ったんでしょ? だからペアルックみたいでわたし、嬉しい」

 

 ほんのり姫乃の頬が紅く染まっているように見えた。

 何はともあれ、姫乃によろこんでもらえたならそれでいい。

 

 僕たちはその後も、洋服や雑貨屋を歩き回った。

 回り終えると、ちょうどお昼頃になり、ショッピングモール内にあるファミレスで食事を済ます。僕はハンバーグを彼女はパスタを注文した。

 

 食事を終えてからは二階へと上がり、書店に入る。入るとすぐに、新刊や人気の書籍が並べてあった。

 そういえば最近、書店で本を購入することが少なかった。だからあまり最近の本はよく分からない。

 そこで僕は姫乃になにかおすすめの本はないか聞いてみる。

 

「これなんかどうかな」

 

 姫乃は一つの本を手に取り僕に渡した。僕は渡された本のあらすじと最初の数ページを読んでみる。

 内容は高校生たちが日常に潜む謎を解決する、ミステリー小説らしい。

 

「彼方君ミステリー小説好きでしょ。だからこう言う、青春ミステリとか日常ミステリーものも読んでみたらどうかな」

「確かに、このジャンルは読んだことないな。面白いの?」

 

 基本僕が読む小説はミステリー小説なら、探偵や刑事が殺人などのトリックを暴くものばかりだ。人が死なないミステリー小説はあまり読んだことはない。

 

「彼方君なら好きだと思うよ。殺人現場なんてわたしたちは居合わせる事、人生であるかないかだけど、このジャンルのトリックは実際にわたしたちでもやろうと思えば出来るからね」

「まさかやったのか?」

「さすがにしてないよ。でも法に触れない範囲なら一度やってみてもいいかな」

 

 彼女は悪戯っぽく笑う。姫乃ならほんとにやりかねない気がするように思える。

 でも姫乃の言う通り、僕たちの視点で考えるならば日常の謎をとくミステリー小説のが親近感があるのかもしれない。

 

 殺人現場に刑事や探偵は行くわけだから、殺人現場を目撃し謎を解くのは不思議じゃない。けれど僕たち学生が殺人現場に居合わせることなんておそらくないだろう。いや、ない方がいい。

 でも例えば、学校の七不思議を解決したり、ちょっとしたいたずらならば現実でも可能と言えば可能だ。犯罪に触れることばかりじゃないから謎の範囲も幅広い。

 

 興味が出てきた僕は、その本を購入することに決める。シリーズものみたいだが面白いとは限らないし、一巻だけでいいだろう。

 

 僕たちはその後も書店の中を巡る。読んだことのある本であればこれは面白かったとか、描写が足りないとか話したりする事が出来た。

 やはり本を読むのが好きな僕たちは、書店にいるときが一番会話が進むような気がした。

 

 

 いつの間にか日が暮れていた。

 腕時計を見たら午後四時を過ぎている。そろそろ帰る時間だ。

 僕と姫乃はショッピングモールの外に出ることにした。

 

「楽しかったね」

 

 僕の隣を歩く姫乃が言う。

 そうだねと僕は言い続ける。

 

「でも今日は、あくまで恋愛描写のためにデートと言う名のネタ探しに来たはずなんだよね。ほとんどただ遊んでたような気がするよ」

「デートなんだからそれでいいと思うな。無理に意識してもそれじゃ作った感じが出て面白くないよ」

「そういうものなのか」

「うん、少なくともわたしは、そんなことしなくても……」

 

 姫乃の声が小さくなり、何を言っているのか分からなかった。なにを言おうとしていたのかもう一度聞こうとしたそのとき。

 突然、姫乃が僕の右腕に抱きついてきた。

 

「姫乃!?」

 

 いったいどうしたのか、僕には分からなかった。

 柔らかい感触が僕の右腕に伝わる。彼女の手と僕の手の指が絡み合うように握られる。

 この状況を理解していくと心臓の鼓動が徐々にはやくなってきた。

 

「こうすれば意識するでしょ……」


 姫乃は上目遣いで、そして分かりやすいくらい頬を紅く染めていた。

 目を合わせていると胸が苦しくなりそうだ。僕は目を反らしてから言った。

 

「こういうのはよせ。人目もあるし姫乃も恥ずかしいんじゃないか」

「だめ、別れるまではこうしてる。彼方君が全然意識してくれないのが悪いよ……」

 

 彼女はふてくされた感じに言う。

 意識してないといえば嘘にはなるが、顔に出さないようにしているのは確かだ。

 下手に意識すれば本当に恋に落ちてしまいそうだから、なるべく冷静に対処している。逆に姫乃の表情を見る限り、彼女は僕を意識しているのだろうか。

 

 彼女が前に言ってた、僕が好きと言うのは本当に……。

 

 そう考えていると、右腕がいきなり軽くなる感じがした。

 見ると姫乃は、僕から離れ前を歩いていた。

 

「……なんてね、冗談だよ。でも少しは意識したでしょ」

「あ、ああ……」

 

 彼女は顔を見せず、ただ僕の前を小走りに歩く。それから僕たちの間には沈黙が生まれる。

 

 彼女が僕をどう思っているのか真意は分からない。けれど、僕は気付いてしまう。

 

 きっと僕は、このまま彼女と一緒にいれば本当に恋してしまうだろうと。

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