第3話
期末テストが終わってからも僕たちは、しばらく電話とLINEで連絡を取り合っていた。
でも小説の事を話すわけではなく、好きな本とか趣味の話など何気ない会話ばかりだ。
普段の僕ならこのような会話、そっけなく答えるけど、姫乃にたいしては自然と真剣に受け答えをしていた。
話してみると彼女は現実的に考える僕よりは遥かに、理想的な考えを抱いている。
非現実的な理想ばかりを述べる人間を僕は好きでないのだけど、姫乃の場合なぜかそのように思うことはなかった。
それはおそらく、彼女が理想と現実をきちんと理解しているからだろう。
彼女は漫画やアニメなど、フィクションに対しては大きな理想を抱いている。だから彼女は物語が大好きで、こんな物語があったらと思い小説を書いている。
でも自分の将来の事はしっかり考えていて、いい大学に、いい会社に入ろうと勉強をしているらしい。実際彼女は僕よりも成績優秀で、期末テストでは学年で一桁の順位だったとか。
理想を抱くものには大きな理想を抱き、でも現実的に物事を考えてもいる。
僕はそんな彼女が嫌いじゃなかったし、もっと話してみたいとも思えた。
夏休みが一週間後に控えているとき僕たちはまた、あの場所に来ていた。
今日はどんな小説を書くかを考えるつもりだ。
図書館に行くと今日は僕の方が早かったみたく、その後すぐに彼女がやって来た。
「待ったかな?」
「いいや、さっき来たところだよ」
微笑んで言った姫乃にたいして、僕は受け答えをする。
彼女は僕の隣に座ると、髪をかきあげてノートとペンを取り出す。
その後彼女は僕の方を向き言った。
「まず、どんなジャンルの小説を書こうか決めようよ。清瀬くんはどんなジャンルの小説が書きたい?」
「基本はミステリーとか書いてるけど、どうせなら他のジャンルに挑戦してみたい。姫乃は?」
「わたしはファンタジーかな」
「君はほんとにファンタジーが好きなようだね」
「うん、ファンタジーは理想がいっぱい詰まってる。あんな世界があったらいいのに……って思うからね」
そうだね、と僕は頷く。
ファンタジーのような世界はありえないと思うけど、誰だって行ってみたいと思ったことはあるはずだ。
彼女はそれから言葉を続けた。
「そういえば、ネットでは異世界転生ってジャンルのファンタジーが流行ってるよね。それなんてどう?」
「いやそれは……」
僕が複雑な表情をすると、彼女は不思議そうな顔をしていた。
「僕はあのジャンルの小説が好きじゃないんだ。現実世界でなにもできない人間が、異世界に転生して、都合よく力を手に入れて都合よくモテるなんて非現実的過ぎるだろう」
「ああ、確かに清瀬くんはそういうの好きじゃなさそうだね」
くすくすと、姫乃は笑う。
姫乃のように、僕も物語には理想があってもいいと思うが都合が良すぎる物語は好きじゃない。
非現実的だけど、その中でちゃんと理屈が通っている作品が僕は好きだ。
「でもわたしは、異世界転生には夢があると思うな」
「夢?」
「うん、清瀬くんは死後の世界ってどうなってると思う?」
「そんなの無い。死んだらそこにあるのは無だよ。死んだら天国や地獄があるとか言われてるけど、僕にとってそれは逃げだと思う。神や死後の世界なんて、無から逃げたいがために人間が作り出した妄想だ」
「あはは、実にあなたらしいね」
彼女はただ、笑って僕の話を聞く。
僕は神を信じていない。幽霊だってただの幻覚のようなもので、存在すると思っていない。
全ては偽りで、一部の人間によって広められた幻想だ。
「でもわたしはそうは思わないな」
突然彼女は言った。
「どうして?」
「だって死んだ後の事なんて誰も証明してないんだよ? 天国だって地獄だって……もしかしたら異世界だってあるかもしれない」
言ってることは理想的で非現実的だけど、彼女が真剣に話していると表情で分かる。
「誰にも分からないからこそ、夢があ る。剣と魔法のファンタジーが存在しないなんて、完全には否定できないよ」
「そんな考え方もあるんだね」
さすがにこれは僕には理解できない事だ。でも彼女の考えを否定するつもりもない。
彼女は表情を緩め、また微笑むように言った。
「でも理屈を考えると異世界転生は難しいよきっと。わたしはファンタジーならなんでもいいよ」
「そうか。僕もファンタジーは書いてみたかったから構わない」
「じゃどんな物語にするか考えてみよう」
僕は少し考えてみる。もともとファンタジーの小説を考えてみたいとは思っていた。
その中で少し考えていた物語について話してみる。
「勇者に憧れた少年が、旅をする話なんてどうかな? でも彼は勇者じゃないからボロボロになって苦戦する。でも諦めずに戦い続ける話」
「悪くないと思うよ。結末はどうなるの?」
「どうしよう。どこかで一人の女性と出会い結婚するか、結局野垂れ死ぬとかかな。結局彼には、世界を救うような力はないからね」
「現実的だね。主人公ならやっぱり世界を救う方が理想的でわたしは好きだよ」
「むしろ僕は、特別な力を持ってる主人公をつくるのが得意じゃない。それに誰だって主人公になれるとも思う」
「意外、清瀬くんなら主人公なんて存在しないとか言いそうなのに」
「僕をどう思ってるんだ」
僕たちは冗談混じりに言う。
確かに誰でも主人公なんて馬鹿げてるとは思う。けれど。
「主人公にもいろいろいるじゃないか、世界を救う主人公。誰かと恋をする主人公。ただいつもの日常を送る主人公。ノンフィクションだって主人公がいる。それらは規模が違うだけで、主人公に変わりはないだろ?」
「確かにそうだね」
姫乃は頷き話を聞き続ける。
「僕もこう考えるようになったのは小説を書きはじめてからだけど、何気ない話だって物語として書けば主人公がいるんだ。だからファンタジーな世界でも、一般人の視点で書いて面白くできると思う」
「なるほど……じゃ清瀬くんも主人公かもしれないんだね?」
「まあ、否定はしないよ。姫乃だって主人公になれるかもね。仮に主人公だとしても僕は、特別な力は持ってない小さな主人公だろうけど」
この世界に大きな主人公がいるならばそれは、歴史に名を残した偉人たちだろう。
織田信長やナポレオン、ジャンヌダルクとか。
僕はおそらく、ただ普通の人生を歩むだけだ。そして僕にとってのヒロインとなる伴侶ができて、結婚するのかもしれない。
それを日記にしたり、物語にすれば僕もまた、主人公になれるのかもしれない。
「現実的なのはつまらないよ。だからせめてヒロインをちゃんと作ろう」
ずっと僕の話を聞いていた姫乃は、意見を言いはじめた。
「たとえば主人公が魔物相手に苦戦しているときヒロインに助けられるの。それから二人は共に旅をするようになり、やがて恋に落ちる。そして二人は結婚して村で幸せに暮らすの。どうかな?」
「それはとてもロマンチックだね。でも悪くないな」
男女二人が共に背中を合わせ戦う関係。ロマンチックだけどいい話になりそうだ。
僕もそれに意見を出す。
「旅の道中で出会った人たちに、影響を受けたり与えたりするのもいいね。それで二人とも成長するんだ。いろんなところを旅して、最後に主人公は故郷に帰ろうとするけど、ヒロインに告白して一緒についてきてくれないかと言う。そして結婚する。物語としてはこんな感じでどうだろう」
「いいと思うな。地味だけどそんな物語ならわたしも書いてみたい」
姫乃はにっこり笑った。
彼女の笑顔は最近よく見るけどやはり可愛らしい。ちょっぴりどきっとする。
その後も僕たちは話を続ける。
ふと彼女がもし、僕のヒロインだったらどうなんだろうと思った。
きっと素敵だろうなと思う。僕は彼女に少し好意を抱いてるかもしれない。
気が合う女の子と二人っきりで話合えば、恋に落ちてもおかしくない。
作ろうとしてる物語の、主人公とヒロインがそうであるならきっと。
でも将来の事を考えれば、高校での恋愛は儚いものだ。
小中学生の頃に比べたら真剣に考えるようになるけれど、大学に言ったり就職したりして遠距離になる。そして連絡が途絶えいつの間にか、関係が消えることもあるだろう。
それじゃ結局、将来結婚するための練習として恋人になるだけじゃないか。
そもそも僕たちは、互いに好意を持ってると言うより、興味を持っている。
これがいつか好意に変わるかもしれない。その時にちゃんと向き合って考えればいい。
だから今は二人で、物語を作っていこう。僕はそう思った。
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