第4話
この状況を絶望と言わず、何と表現すべきだろうか。
僕は剣を強く握りしめ、矛先を相手に向ける。
僕の目の前にはゴブリンが三体、僕のことを馬鹿にするかのように、口を大きく開け笑っている。
一対一であればゴブリン相手でも勝てる可能性はあるが、僕は魔物との戦闘に不慣れで、複数の敵を相手にするのは難しい。
逃げるしかない。そう思ったときにはもう遅く、ゴブリンたちは僕を囲むように行く手を挟んでいる。
戦う以外に、この状況を乗り越える手段はなかった。たとえ可能性が低くても。
僕は決心し、一体のゴブリンに向かって攻撃を仕掛ける。
ゴブリンの脳天目掛けて剣を降る。
しかし容易く攻撃を受けてくれるはずもなく、ゴブリンは武器で攻撃を防ぐ。
その衝撃で、剣に重い振動が伝わってくる。強く握ってなければ、柄を手から離してしまいそうだ。
この時にも、他のゴブリンは僕の方に向かってきている。早くこいつを倒さなければ、僕は背後から斬られ、殺されるだろう。
僕は焦り、死に物狂いで目の前のゴブリンの腹を素早く斬り裂く。ゴブリンはその攻撃を防ぐことなく、血飛沫を上げて倒れる。
安堵をつく余裕はない。僕はすぐさま後ろを振り向き、残り二体のゴブリンに立ち向かう。
すでに一体のゴブリンが僕のそばに来ており、剣を振り下ろそうとしていた。
僕は咄嗟に剣でその攻撃を防ぐ。
だが握りしめてた力が弱く、防いだ衝撃で剣が手から離れ、宙に舞う。
「しまった!」
僕は叫んだ。それに意味がなくとも、叫ばずにはいられなかった。
今の僕に、戦う手段も守る手段も残っていない。
本当に絶望的だ。
ゴブリンは無力となった僕を、裂けるくらい大きな口で笑い、飛びかかってくる。
剣を僕に向かって一直線に、突き立てられようとしていた。
終わりだ。こうなることなら、旅に出るなんて思わない方がよかった。
でも今さら後悔しても仕方ない。
旅に出ると決めたのは、僕自身なのだから。素直にこの状況を受け止めよう。
僕は死ぬ覚悟をした。
父さん、母さん……さようなら。
その瞬間、思いがけないことが起こる。
目の前にいたゴブリンは、なにかにぶつかったように、右へ思いっきり吹き飛ばされた。
「へ?」
状況が良く理解できない。
残った一体のゴブリンも、何が起こったのか理解してないようで戸惑っていた。
すると物陰からがさがさと、音が聞こえてくる。
物音のする方に顔を向けようとした時、ゴブリンの方から悲鳴が聞こえた。
見るとゴブリンは息絶え、腹を切り裂かれていた。そこに背を向けるように、長く赤い髪の人物がいる。
その人物はこちらへと振り向く。
僕と同じくらいか少し年上の女の子がだった。
彼女はとても凛々しく、でも可愛くて、綺麗だった。
◇◆◇◆◇
ようやく、主人公とヒロインが出会うところまで完成したが、ここにくるまでずいぶん時間が掛かった。
誰かと一緒に創作をするのははじめてだったけど、とても難しいと感じた。
僕は矛盾を見つけたら、納得いくまで設定を練りストーリー上に沿うように物語を作る。だけど彼女はキャラクターを細かく設定しており、主人公はこんな行動しないと物語の方向性が何度も変わりそうになった。
キャラクターを生き生きさせつつ、ちゃんと物語の主題に行かせるという、互いが納得する内容を作るのは大きな課題だった。
でも創作していて楽しいとも思う。姫乃の作るキャラの設定や心情など、とても素晴らしく、二人で良い物語にしようと考えてるときは楽しかった。
姫乃は絵も得意らしく、主人公やヒロインの立ち絵を描いてくれた。
お陰でキャラのイメージがしやすい。
主人公はちょっと弱気で、でも勇気があって、いざというときはやる男の子。
ヒロインは主人公より少し年上でクールだけど、困ってる人がいると放っておけない優しい女の子だ。
どちらも魅力的なのだが、それもまた姫乃が細かく設定を作ってくれたからだろう。キャラを作ることにおいては、彼女に全く敵わなかった。
そんなこんなで僕たちは夏休みに入ってからも、時々会って創作を続けていた。けど今はお盆を過ぎ、夏休みも終わりを迎えていた。
夏休みの宿題は小中学生の頃に比べると少なくて、もう終わらせていたため自由の身だった。姫乃はお盆だったり出掛けることが多いらしく、ここ最近は電話もしていない。
そんなある日、姫乃から電話が掛かってきた。
「一緒にお祭り行かない?」
突然のことであった。そういえば今日は、花火大会があたっな。
小学生の頃はよく行ってたけど、中学生になってからは行ってなかった。人混みは好きじゃないけど、お祭りなどの行事は嫌いじゃない。
特に断る理由もないので、僕は姫乃の誘いを受ける。
僕たちは祭りの近くの公園で、十八時に待ち合わせる約束をした。
約束の三十分前には僕は待ち合わせの公園に着いていた。さすがに早すぎたなとは思うが、待つのはそこまで苦じゃない。
まわりを観察しながら、ふと思ったことを物語や詩として頭のなかで作っていれば、時間はあっという間に過ぎていく。
ちょうど僕のそばに、一匹の野良猫が通りかかった。ちょっと太り気味で、鋭い目付きをした三毛猫だ。
例としてこの猫を主人公にし、物語を作ってみるか。
そこで姫乃の言ってたことを思い出す。
どんな人物にも過去があり今に至るまでのきっかけがある。この猫だって例外ではないだろう。それをふまえて物語を考えてみる。
この猫は昔人間に飼われていて、とても愛されていた。
だけど突然捨てられて、人間を酷く憎んでる。
やがて猫はここら辺を縄張りとする、ボス猫へと成り上がった。
敵対するものには容赦しない、けれど仲間には優しく慕われている。
そんないつも通りの日常を送ってたある日、猫を捨てた飼い主に再会し、捨てられた本当の理由を知る。という物語。
即座に考えたものだから、指摘するべき点はあるだろう。そもそも僕はこの猫の事をなにも知らないわけで、飼われていたとかボス猫だったとかは作り話だ。
でもこの猫だって物語の主人公にすることはできる。主人公というのはどこにでもいるものだと、僕は思う。
こんな感じで物語を考え、時間を潰していた僕だが突然声をかけられる。
「おまたせ、清瀬君」
姫乃の声だ。時間としてはちょうど十八時頃だろう。僕は姫乃の方へ顔を向ける。
「やあ、姫……乃」
僕は一瞬言葉が詰まり、目を大きく見開く。
そこにいるのは姫乃だけど、僕の知ってる姫乃とは大分違っていた。
今の姫乃は全体が白く、花びらが描かれている浴衣を着ている。それだけでなく動きやすくするためか、長い髪を後ろで纏め結んでいた。
正直言って美しくて綺麗だった。彼女の白い肌が浴衣の色にマッチしている。髪型も、いつもとは違う雰囲気を醸し出していてまたそれが似合っていた。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
不思議そうに顔を傾げる彼女に対し、僕は目をそらす。
彼女は別にそれを気にしてないようで笑うように言った。
「二人っきりでお祭りって、まるでデートみたいだよね」
「……お決まりの言葉だな。でも僕は男女が一緒にどこかへ行くだけで、デートと決めつけたくはないな」
一瞬戸惑ったけれど、僕はいつもの調子で言った。
まあ、まわりから見たらデートに見えるのかもしれない。だがやはり、デートというのは恋人同士がどこかへ行くことだと僕は思う。
僕たちは恋人でなく、あくまでクラスメイトであり、共に創作をする仲間だ。それ以上の関係ではない。
「わたしとしては、どっちでもいいと思うな。それより、今日はお祭りを楽しもうよ」
「そうだね、まだ時間はあるし屋台でもまわろうか」
花火は十九時からで、まだ余裕があった。屋台も結構出ていたのでいろいろまわることにする。
僕はふと気になったことを言ってみることにした。
「そう言えばなんで僕を誘ったの? てっきり天原(あまはら)と行くものだと思ってたけど」
「初音(ういね)も誘ったよ。でも用事があって来れないみたい」
そっか、と僕はそれだけ言った。
天原初音(あまはらういね)とは僕たちのクラスメイトで、姫乃の親友だ。
初音という名前から有名なキャラクターをイメージしはつねと呼びそうになるが、初音と書いてういねだ。
基本学校で姫乃は、天原と話している事が多い。
それから僕たちは、他愛もない話をしながら屋台をまわった。
僕の隣を姫乃が歩いている。姫乃の浴衣姿は美しく、Tシャツにジーンズというシンプルな服装をしている僕が、一緒にいていいのかと若干戸惑いもあった。
屋台ではたこ焼きや焼きそば、リンゴ飴などを買い、座れる場所を探し食べることにした。
だいたい食べ終わった頃には、十九時近くになっており、僕たちは花火のよく見える場所を探すことにする。
だが花火の時間帯になると、やはり人がたくさん集まっている。
僕は人混みが好きじゃないから、出来ればあまり人がいないところがいい。そういうと彼女は穴場を知っているらしく、そこへ案内してくれるという。
しばらく僕たちは歩き、目的地に到着する。そこは橋の下であったけど、人はほとんどいなくて見晴らしも良かった。
スマートフォンで時間を見ると、あと数分で花火が始まろうとしていた。
「そろそろだね」
「ああ、久しぶりの花火。楽しみだな」
僕は姫乃に相槌を入れるように言う。
そのあとすぐ、一発目の花火が打ち上がる音がした。爆発するように空に花火が描き出される。
それはシンプルで、よく見かける普通の花火だ。その花火をきっかけに次々と打ち上げられていった。
「綺麗ね」
「うん」
僕は彼女の方を見る。
彼女は僕に気づかず、真剣にただ花火を見つめていた。僕もそれを見て花火にへと目を向ける。
久しぶりに見た花火は、とても綺麗だった。写真で見ればいい、長時間居座って見るほどでもないと思ってもいたが、実際に見ると飽きることはなかった。
色とりどりの光を描き、その大きさも小さいのや大きいのなど様々だった。
中にはハートの形やキャラクターの形をした花火もある。
それを見ているときの彼女は、よりいっそう目を輝かせていた。
そして彼女はぽつりと呟く。
「素敵だよね、花火って。いろんな色で、いろんな形をしている。使ってるのはどれも丸い玉なのに、そこから色々な事ができる。まるで夢がつまってるみたい」
僕はただ頷いた。実際にはちゃんとした仕組みがあるはずだが、僕もそこまでは分からない。
それに彼女の顔を見ていると、なんだか夢を壊してしまいそうで言う気にもなれなかった。
彼女はときどき理想的で、詩的な事を言う。でも彼女のその考えは素敵な考えだと、僕は思った。
現実をよく見ていながらも、その中で彼女は夢を描いていた。そんな彼女に僕は憧れすら抱いてたかもしれない。
突然、僕の右手が彼女の左手に触れる。僕は思わず手を引っ込めようとする。しかしそれは出来なかった。
「姫乃?」
姫乃は僕の右手をぎゅっと、握りしめていた。その手は冷たくて柔らかく、そして僕の手より断然小さかった。
はじめてであった。女の子と手を握るのも、姫乃にこうやって触るのも。
「少しだけこうさせて……」
姫乃は切なそうな顔で、僕を見つめた。
僕は戸惑ったけれど、それを断る事が出来なかった。彼女の辛そうな顔を、見たくなかったからかもしれない。
それから僕たちは、打ち上げられる花火をただじっと見つめていた。
姫乃が僕の手を離したのは、花火が終わってからであった。
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