第2話

 昨日僕は、はじめて姫乃と話したけれど、学校でなにか変化した事があるかと言えばなにもない。

 とりわけ避けているわけではないが、これと言ってなにか話すこともなかった。

 彼女も僕も、互いに互いの友人と話すだけで変わりのない、いつも通りの日常だ。

 

 でも、放課後になれば違う。

 僕たちは昨日、一つの約束をした。

 僕はその約束を果たすべく、一度家に帰ってから図書館へと向かう。

 

 図書館までは自転車で、だいたい十分程度の距離。夕方になろうとしてるのにまだ日差しは強く、昼間と変わらない。自転車に乗っているだけで汗をかく。

 

 六月も終わりの時期だ。あと一ヶ月後には、高校生になってはじめての、夏休みが待っている。

 休みが多いのは嬉しいけれど、夏休みの宿題や勉強やらで、図書館が騒がしくなるのは好きじゃない。

 

 そんな事を考えながら、図書館に到着する。自転車を止めて鍵を取り、盗まれないように安全を確認をしてから、僕は図書館の入り口へ向かう。

 

 図書館に入ると、今まで暑かったのを癒してくれるように、冷房がきいていて僕を包み込んでくれる。

 僕は昨日いた場所へと行く。特に場所は指定してなかったから、とりあえずそこに行けばいいと思った。

 

 すると昨日僕が座っていた場所には、すでに先客がいた。こちらからだと背中しか見えず、黒くて長い髪だけが見える。

 でも僕には、その人物が誰かすぐに分かった。僕はその人物に対して明るい声で話しかける。

 

「やあ、姫乃」

 

 僕がそれだけ言うと彼女は立ち上がっては振り向く。

 こちらに向いたことで、雪のように白くて柔らかそうな肌が露になる。

 やはり彼女は姫乃白雪(ひめのみゆき)だった。

 彼女は僕と顔を合わせると微笑んで言った。

 

「来てくれたんだね、清瀬君」

「約束は守るよ。でも図書館である必要はあったかな?」

「静かな方がいいでしょう。その方が話しやすい」

「たしかにね」


 僕は頷き少し間を挟んでから、話を続ける。

 

「姫乃の小説読んだよ」

「そう、じゃ感想もらえる?」

「ああ、いいとも」

 

 僕は昨日、家に帰ってから、自室のパソコンで小説サイトを開いた。

 小説を書こうというサイトで白雪姫乃と検索すると彼女の言ってた通り、一人だけその名前のユーザーがいて小説を書いていた。

 書いてるジャンルはファンタジーで、勇者が魔王を倒す王道ものだった。

 

「読んで見たけど話がめちゃくちゃだね。プロットをちゃんと作っているのか疑いたくなる」

 

 姫乃の小説は途中からほとんど本題は進んでなくて、恋愛要素や日常要素ばかりになっていた。それに動作や状況の描写もほとんど書かれてなくて、戦闘だとなにをやっているのかよく分からない。

 

「そっか……書いてる分には楽しいけど、他の人から見たらつまらないよね」

「いや、そういうわけじゃないよ」

 

 姫乃は少し落ち込んだ表情を見せたが、僕はすぐさまそれを否定する。

 

「でもキャラが個性で面白いと思う。よくある口調でもキャラが立っていて魅力的だったよ。君の言ってた通りキャラが生きてるようだった。僕じゃこんな小説書けない」

「そう、なんだ……」

 

 姫乃の表情は元に戻っていた。

 それどころかお話を聞く子供のように目を光らせて、続きを聞きたそうに顔を向けている。僕はこれに答えるべく話を続ける。

 

「それに細かい動作が分からないからイメージしずらいけど、戦闘の掛け声や心情描写が魅力的だった。たぶん君の頭の中では、素晴らしい物語が作られてるんだなと思う」

「やっぱり……誰かに感想をもらえるのはいいね」

「そうだね。君の小説は、話はいいけど纏まりがない。そこをしっかりすれば、多くの人が面白いと思うはずだよ」

「ふふ、なんかわたしたち正反対だね」

 

 彼女はくすっと笑う。僕は首を傾げる。

  

「小説の良さと欠点。互いに魅力的な部分と欠点が正反対じゃない」

「ああ」

 

 確かにと僕は続ける。

 僕は話が纏まっていて、しっかりしているけどキャラに魅力がない。

 逆に彼女は話がめちゃくちゃだがキャラが魅力的ですらすら読めてしまう。

 僕たちはお互いに、互いにない魅力を持っているのかもしれない。

 

「そういえば姫乃はなんで小説を書くんだい? 将来は小説家になるつもり?」

 

 僕の質問に対して姫乃はただ、首を降る。

 

「そんなのじゃないよ。ただの趣味だよ」

「なら僕と一緒か」

 

 僕も小説を書くのは好きだけど、現実的に考えれば、小説家になるなんて簡単なことではない。もしなれても売れなければ、それだけで食っていくことはできないだろう。

 

 ただこれは僕ならの考えで、彼女が小説家を目指したとしても別に否定はしない。むしろ応援すると思う。

 

「ねえ、清瀬君」

「なんだい」

 

 姫乃は僕の事を真っ直ぐ見て、少し照れたように手で髪を弄りながら話す。

 

「わたしと一緒に…………小説を作らない?」

「一緒に?」

「うん、あなたとわたしの作風は正反対。お互いの良いところと悪いところが言い合える。だから互いに意見を言い合って作れば、きっといい作品が作れるってわたしは思うな」

「なるほど、確かにそれはいいアイデアだとは思う。でも難しくないかな?」

 

 一緒に作るとなると、意見の食い違いなどでうまくいかない可能性がある。お互いのやりたいことを理解したりしなければいけない。

 だが彼女は笑顔で言った。

 

「確かに難しいだろうね。それでも……一人で作るより、きっと楽しいよ」

「……」

  

 僕はすぐには答えられなかった。

 彼女がどうしてそこまで、僕の事を気に入っているのかは分からない。

 もともと僕は、誰かとなにかするより一人で黙々とやる性格だ。

 

 でも悪い気はしなかった。

 答えを決める。

 

「……分かった、一緒にやってもいいよ。二人で面白い小説を作ってみよう」

「良かった。きっとあなたならそう言ってくれると思った」

「ずいぶん僕を信用してるみたいだね」

「だって、わたしと清瀬君ってどこか似てると思わない?」

「僕も前まではそう思ってたよ。でも君と話すようになってから、僕と君では考えてる事が大きく違うって思うようになった」

「それはそうだよ。まったく同じなんてありえないもの。それじゃ同一人物みたいで怖いじゃない」

「そうだね」

 

 僕は自然と笑い、それに釣られたように彼女も頬を緩めていた。

 

「わたしが言いたいのはね、わたしたちは周りに流されないで、自分の考えを強く持っているところだよ。それがわたしたちは似ている」

「僕はそう見えるのかい?」

「清瀬君は一見、社交的だよね。わたしとは大違い」

「君は、興味を示さないと他人と関わらないように見えるね」

「うん正解。わたしは興味のない人と話すのはつまらなくて、苦手だからね」


 つまり彼女は、僕に興味を持っていて自ら話しかけてきた。それはやはり嬉しい気持ちもする。

 

「清瀬君も本当は、そうなんじゃないかな。人付き合いは最低限、相手の意見に理解は示すけどいつでも自分の意見を持っている。常に現実的に、物事を考えてるように思う」

「よく分かったね。姫乃はエスパーなの?」

「まさか、あなたとあなたの小説を見れば分かるよ」

「小説で僕の性格が分かるものなのか」

「清瀬君の小説は基本現実的だから。仮に非現実的な要素があっても、矛盾がないように細かく設定しそうだよね」

「言われてみればそうだな。小さい頃は特撮のヒーローは実在すると思ってて憧れたりしたけど、いないと知ってから、現実は思ったより夢がないと思うようになったし」

「あはは、分かるよ。わたしも小学生の頃、サンタさんは本当にいると思ってたからショックだったもの。だからこそ物語は非現実的で、理想が詰まってて好きなの。わたしたちの世界では非現実的でも、その世界ではそれが現実だから」

 

 僕はそれに大きく頷く。

 自分で非現実的な物語を書くのは苦手だが、アニメや漫画のような非現実的な物語が嫌いなわけではない。

 あまりにご都合主義なのは受け付けないけど、基本的には好きだ。


「姫乃の言う通りかもしれないね。僕たちはやっぱり似ているんだろう。その中で違うところがあるからこそ、お互いに興味を持っている」

「わたしもそう思う。だからきっと二人で作れば、いい物語ができるよ」

 

 それから姫乃は鞄からなにかを取り出した。

 それは手のひらサイズの長細い形をしている。スマートフォンだった。


「連絡先交換しようよ。もうすぐ期末テストだから当分ここにはこれないし」

「それもそうだね」


 僕もスマートフォンを取り出して連絡先を登録する。

 女の子とこうやって連絡先を交換したのは、はじめてだった。

 僕は特定の仲のいい友人はいないから登録しても、ほとんど使わない状態だ。

 でもおそらく彼女とはしばし交流をすることになるかもしれない。

 僕は彼女にたいして言う。

 

「今度はいつ、ここに来る?」 

「それは連絡してあとで決めよう。それまでじっくり、お互いの事を知って、どんな物語を書くか考えたいな」

「悪くはないね」


 普段の僕ならおそらく、ここまで人に関わろうとはしないだろう。

 でも彼女は他の人とはちょっと違う。

 だから僕は、彼女の話に乗ろうと思った。

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