白雪姫は眠りにつく
@raito_sgr
第1話
姫乃白雪(ひめのみゆき)と言う少女がいる。
彼女は僕と一緒の高校で、同じクラスの一年五組。
長い黒髪に雪のように白い肌、血のように紅い頬と、ふっくらとした唇。その容姿は名前のように、白雪姫を連想させる美しさだ。
彼女はクラスではおとなしく、口数も少ない。他人にあまり関心を示さないようで、休み時間はいつも、読書をしている事が多い。
人付き合いが好きでない僕と、どこか似ているところがあった。
でも彼女は別に、人と関わるのが嫌いなのではないと思う。唯一彼女と、よく話す同じクラスの女子がいた。
その子と話しているときの彼女は普通に笑い、普通に会話をしている、普通の女の子と変わらない。
たぶん彼女は、他人に興味がないのではなく、本当に興味がある人物にしか興味がないのだろう。
僕が知っている彼女はこれくらいだ。僕は他人を観察するのが、人より長けているだけで、別に彼女と深い関わりはない。話したことはおそらく一度もないし、もしかしたらこのままずっと、話さない可能性だってある。
今日まではそう思っていた。
しかしそれは、今日までだったようだ。
「清瀬君の書いた小説、面白いね」
彼女は突然、僕の前に現れてこう言った。その時僕には、二つの疑問が浮かび上がった。
一つはこの場所に彼女がいること。
今は学校が終わり放課後で、僕は市立の図書館にいた。僕は本を読むのが昔から好きだったし、よく図書館に行く。図書館なら好きなだけ本が読めたし、静かで心地良い。
たぶんここに彼女がいるのは、僕と同じで本が好きだからだろう。なら偶然居合わせたわけで、そこまで不思議な事ではない。
問題はもう一つの疑問の方だった。
「なんで君は、僕が小説を書いてるのを知っている?」
彼女が発した言葉こそ、僕にとっての最大の疑問だ。
僕は本を読むのが好きだったし、最近になって自分でも小説を書きはじめた。
簡単な物語の構想をノートに書き留めてはパソコンで執筆し、小説をサイトに投稿してる。
でもこれは、誰かに言ったことは無いし言うつもりはなかった。
なのに彼女はその事を知っている。
一度も話したこともないはずの彼女が、知っている。
それに答えるように言う。
「偶然あなたが、ここで席を離れた時、置かれてたノートを見たの。そのノートに小説のタイトルらしき名前があったから、ネットで調べたら偶然見つけてね。読んじゃった、ごめんね」
最後に彼女は、微笑むように笑顔を見せた。
僕は今、図書館にある小さなテーブルにノートを置き、座っていた。
この置いてあるノートこそ、僕が小説の構成を書き留めていたノートだ。
つまり彼女は僕の小説を、ネットで検索して読んだと言うことだろう。
それにたいして僕は、怒るつもりも恥ずかしがるつもりもない。
誰に見られてもいいと思って、小説を投稿しているし、恥ずかしいと思われるような小説を書いてるつもりもない。
けれどもやはり、彼女の行動が気になる。
「どうして君はそんなことをしたの?」
「わたしも小説を書くのが趣味だからかな」
「そうなんだ」
意外と言うほどでは無かった。本が読むのが好きなら小説を書くことは不自然ではない。
僕たちの間にはしばらく、沈黙が続いたが先に彼女が口を開いた。
「わたしはずっと……あなたのことが気になってたの」
彼女は立ったまま、本棚に右手を添えて、微笑んだ表情を変えずに言った。
「それって告白のつもり?」
「たぶん違うかな。わたしは清瀬君に興味がある、それだけだよ。それに清瀬君は、男の子の方が好きなんじゃないの?」
「どうしてそうなるんだ?」
「中学の頃清瀬君に告白した子が言ってたよ。清瀬君は女の子に興味がないって」
突然彼女は、予想外の事を言ってきたがそれには心当たりがあった。
中学の頃、僕は何度か女の子に告白された事があるけど、いずれも断っていた。
中高生の恋なんて、漫画やドラマに憧れた真似事のようなもので、すぐに別れると思ってたし、実際まわりがそうであった。僕はそうなるのが嫌だったからずっと断ってきた。
僕は別に、女の子に興味がないわけじゃない。可愛い女の子をみれば可愛いと思うし、そんな子を彼女に出来たらいいなと思ったりもする。でもやっぱり、将来の事を考えると、それだけで恋人を作るべきじゃないと僕は思ってる。
だから僕は彼女の言葉を否定する。
「それは誤解だ。僕は同性愛者じゃない」
「うん知ってるよ」
「ならなんで?」
「ちょっとからかってみたかっただけ」
「悪趣味だね。それよりも君は僕と同じ中学校だったっけ?」
彼女が僕の中学時代を知っていることに、少し疑問を抱いていた。
それにたいして彼女は頷く。
「うん、三年生の頃ここに引っ越してきたから。でも清瀬君とは、別のクラスだったから、覚えてないのも仕方ないね」
「そうなのか。なら仕方ない」
ただ他愛のない話を、僕たちは続ける。彼女は話す前の印象と違って、ただ口数の少ない女の子とは思えず、普通の女の子だ。
すると突然、彼女はなにかを思い出したかのように笑いだした。
「ふふっ……ほんとはこんな事、話すつもりじゃなかったのに、つい無駄話しちゃった」
「そうだね。小説だったらこんな会話、無意味だ」
「そうかな、わたしはそういうの好きだよ」
「どうして? 本題と関係ない会話を続けても、飽きるだけだと思う」
「意味のない会話を含めて会話だと、わたしは思うよ。小説の人物だって生きているんだから」
「僕はそんな事考えたことないな」
「うん、そうだなってあなたの小説見てると思うよ」
彼女は僕の考えていることが、分かるかのように言った。
「清瀬君の小説は面白いよ。場面の描写とか分かりやすくて、頭に入りやすい。起承転結もしっかりしていて、良くできてると思う」
「それは嬉しいな」
僕の書いてる小説はネットで人気のジャンルじゃなくて、文芸だったり推理ものだ。あまり誰かに見られたりしないし、感想をもらったこともない。
だからこうやって小説の感想をもらうのは、はじめてだし嬉しい。
けれど彼女の感想は、それだけではなかった。
「でも、登場人物に関しては微妙かな。キャラが生き生きしてない。個性がないよ」
「それは盲点だな。他の作品を真似て書いたつもりなんだけど」
「その事自体は悪くないと思うよ。でもわたしには、あなたの作るキャラの心情が分からない。その役割を全うするだけに、作られたようなキャラばかりな気がするな」
「物語の登場人物ってそういうものじゃないのかな? 他にどうすればいいって言うんだい?」
僕は首を傾げる。確かに彼女の言ってる通り、僕は書きたい物語を中心に考えてて、登場人物の設定をおろそかにしていたかもしれない。
でも最低限の性格とかは考えているつもりだ。似たようなキャラにならないよう考えている。
すると黒いつぶらな瞳が、僕を見つめるように彼女は言った。
「たとえば清瀬君は、そのキャラの過去とか考えてる?」
「それはもちろん。過去が関わってくる物語には過去は大事だ」
「ううん、そうじゃないよ。別に物語に関わらない、小さい頃の生い立ちとかだよ」
「いや考えてないよ。物語に関わらないならそんなの必要ないと思うけど」
なぜ、彼女がそのような事を聞くのか僕には分からない。彼女はやっぱり、と呟いては言葉を続ける。
「これは、必ずしもってわけじゃないけどね。わたしは物語に書かなくても、そのキャラの生い立ちや一日の過ごし方、好きな本や言葉、仕草や尊敬する人、いろいろ考えて作ってるよ」
「いやいや、さすがにそこまでする必要無いんじゃないかな?」
僕は呆気に取られた。本当にそれは必要な事なのだろうか。意味もなく細かい設定を作るのは時間の無駄だと僕は思う。
「うん、だから全てのキャラじゃないけどね。重要なキャラクターには、これくらい考えて作ってるよ」
「どうしてそこまでするの?」
「聞いたことないかな。キャラが勝手に動いてくれるからだよ」
「一応聞いたことはあるな。でも僕には理解ができない事だ」
物語を作っていると、キャラが作者の考えとは裏腹に、勝手な行動をする事があると耳にする。
しかし僕は小説を書いていて、一度もそのような現象は起きたことはない。そのキャラになりきって会話を作るだけだ。
「だからね、わたしはキャラの設定を隅々まで作るの。そのキャラの過去はこうだったから今こんな性格で、憧れの人のようになりたいから真似した服装や髪型をしていたりってね」
考えたこともないことだ。でも納得は出来る。
僕たちは他人の過去や好きなものなんて、ほとんど知らない。けれどその人物の今には、過去の生い立ちや好きなことが関係している。
生きてる人間は皆そうだ。
彼女の言う通り、物語のキャラクターが生きてると言うなら、それは大事な事なのだろう。
僕はただ、それっぽい性格のキャラを作ってただけだ。過去や好きなものなんて物語に必要なら作るだけで、普通は考えない。
だからキャラをイメージするとどこかで見たような、アニメや漫画のキャラを連想してしまう。それっぽいキャラになる。
僕は彼女の考えに感心してから言葉を放つ。
「君の……姫乃の考えはいいと思う。僕には無かった考えだけど、とても参考になった」
僕は、はじめて姫乃の名前を言った。
それにたいして姫乃は微笑む。
「僕も姫乃のことが少し、気になってきたかもしれない」
「それって?」
「もちろん好意じゃない。興味本意だよ。そもそも僕と姫乃は今日、はじめて会話をしたんだ。お互いの事をよく知らないで好きになるなんて、僕は好きじゃない」
「うん。わたしもそれは同意だね」
姫乃は頷く。
姫乃の物の捉え方や価値観は、興味深くて面白い。
彼女は僕と似ていると思ったけど、案外そうではないのかもしれない。似てるようで、どこかが違う。でも悪くはない。
彼女の言葉はどこか納得できる、共感できる感じがした。
僕は思わず彼女に一つお願いをしてみる。
「もしよかったら、姫乃の小説を見せてくれないか? 君の書く小説がどんなのか見てみたい」
「うん、いいよ。というよりそれが本来の目的だったから」
姫乃は快く、僕の願いを受け入れてくれるようだ。
「清瀬君が使ってる小説サイトで白雪姫乃(しらゆきひめの)って検索してみて。漢字はわたしの本名と同じ。それがわたしの作者名」
「その名前危なくないか? ほとんど本名じゃないか」
「そう? でもわたしの名前って珍しいから本名だと思われないよ」
たしかに、と僕は頷く。
彼女の本名自体、名字と名前が入れ替わっても違和感がない。仮に彼女を知っている人がこの名前を見ても、単純に白雪姫から取った名前だと思い、すぐに気づく者はいないだろう。
それに僕だって名字は使ってないが、下の名前を文字って奏多(かなた)にしている。人のことは言えない。
「また明日の放課後、ここで会いましょう。その時に、あなたの感想が聞きたいな」
「うん、明日また会おう」
僕たちは約束をし図書館を出る。
僕は早く帰って、彼女の小説を読んでみようと思っていた。
でも僕はまだ知らない。
僕たちが出会ったのは、決められた運命だったということを。
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