第5話 これがきっと最後の夏。

神社に着くと、歩くのが困難なくらい人が跋扈していた。提灯がたくさん飾られ、屋台がたくさん連なり、太鼓や笛の音がずっと鳴り響いていて、懐かしい気持ちになった。


祭りに来るのは本当に久しぶりだった。


「人たくさん、眩しい……」

「あはは、琥珀には慣れない場所だもんね」

「優愛」

「ん? 」

「手、繋ご。はぐれたら大変」

「うん! 」


私と琥珀は手を繋いで歩く。


「屋台たくさんある」

「何から行く? 」

「たこ焼きと焼きそば食べたい」

「じゃあ、そこのお店に行こっか。空いてるし」

「うん」


久しぶりのお祭りだからはしゃいじゃうな。


「すみません、たこ焼きお一つください! 」

「はいよ! いやぁ、お姉さん綺麗だね! 美人さんだから100円安くしちゃうよ! 」

「そ、そんな事無いですよ! ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて400円」


おじさんに安くして貰ってしまった。褒められると照れ臭い。


「お、お兄ちゃん! 怖い顔しないでくれよ」

「琥珀、だめだよ! 」


琥珀はおじさんを睨んでいる。


「ほ、ほら! アツアツだよー? 大丈夫、おじさんはお姉さんを獲ったりしないから」

「どうも」


琥珀は不機嫌な顔でたこ焼きを受け取る。


「だめだよ、琥珀! 愛想良くしなきゃ」

「だって、あのおじさん優愛見てニヤニヤした」

「もう! ヤキモチやきだなぁ。ほら、焼きそばも買いに行こっか」

「うん」


ヤキモチ妬かれるとちょっと嬉しく感じるけれど。


たこ焼きと焼きそばを買うと、私達は屋台が無くなった通りで食事を摂る事に。


「本当に久しぶりだな、夏祭り。大学時代に行って以来だよ」

「優愛は大学時代、結構遊んでた? 」

「うん。サークルの仲間や学科の友達と夏休みは遊びまくり。花火大会も行ったし、海も行ったし、バーベキューもしたし、京都に旅行に行ったり? 」

「アクティブ優愛さん……」

「琥珀は? あの子達と遊んだりしないの? 」

「あまり。たまーに飲み会するくらい。俺は基本篭って絵描くか、一人で個展巡りするか、遠出してスケッチに行くって感じ。いつもの夏休みなら」

「琥珀らしいね。群れない感じが」

「でも、花火大会って悪く無いね。優愛と一緒なら楽しいみたい」

「あまり好きじゃなかったの? 」

「お父さんとお母さんと行ったのが最後だったから。行くのが怖かった。思い出しそうで」

「そっか……」

「でも、大丈夫。今は優愛が隣にいてくれるから」


私はこんな子をまた一人にしなければならない。


私の選択は正しいのだろうか? でも、琥珀の側に居続けたら琥珀は私の側を離れないだろう。絶対留学には行けなくなる。


「優愛、焼きそば美味しいよ? 」

「あ、食べなきゃね」


ねぇ、琥珀。もし、私が君の前からいなくなったら君は……。


「たこ焼き、焼きそばと来たら次は何? 」

「甘いの行く? りんご飴とチョコバナナ。私、大好きなの」

「食べたい」

「じゃあ、甘いの行こ」


やっぱり花火大会だからかカップルが多い。私と琥珀はどう見られてるんだろ?


「あの人、かっこいいね」

「めっちゃタイプ! 」


琥珀がりんご飴を買っていると、近くを通りがかった女子高生二人組が琥珀を見て言う。


やっぱり琥珀ってモテるのね。


「優愛、お待たせ」

「ありがとう、買ってくれて」

「りんご飴、美しいフォルム。後で描かなきゃ」

「ね、琥珀。さっき女子高生二人組が琥珀見てかっこいいって言ってたよ。やっぱり琥珀は美少年だね」

「別に興味無い」

「えー? 嬉しく無いの? 」

「俺、優愛にしか興味無いし」

「えっ……」

「ちょ、チョコバナナも買って来る……」

「あ、琥珀! 待って」


そんな事言うなんてずるいよ、琥珀。余計に離れがたくなるじゃない。


りんご飴とチョコバナナを食べると、今度は焼きとうもろこしと唐揚げを二人で食べてしまった。


「絶対に太ったな、私」

「優愛は太っても可愛いから大丈夫」

「やだよ! 太るのは。琥珀は本当細いから羨ましい」

「細いとひ弱に見えるから太りたい。筋肉欲しい」

「ムキムキな琥珀ってイメージ違うな」

「実は筋肉がすごい美大生になる」

「個性強いキャラね」

「次はゲームしよ? 優愛」

「うん! 射的やろっか」


時間が経つのがあっという間に感じてしまう。本当はすごくすごく寂しい。


「お兄さん、すごいね。全部当てるとは」

「琥珀やるじゃん。スナイパー琥珀」

「優愛に全部やる。お菓子とうさぎのマスコット」

「良いの!? ありがと、琥珀」

「次は型抜きやる! 優愛」

「お、乗り気だね。琥珀」


いつもより琥珀ははしゃいでいる。やっぱりこういう部分は若々しい。


「船難しい! あーん、失敗した」

「優愛、ぶきっちょさん」

「O型だからね、私。琥珀は綺麗にくり抜くね。さすが美大生」

「彫刻とか材木削るの好きだったから」

「美術も技術も5なんだろうな、琥珀は。私はずっと2だった」

「船全部くり抜いた! 」

「すごいね、お兄ちゃん。これ、難易度高いんだよ? 」


やっぱり琥珀はすごい奴だ。特別何かが優れているわけでもない私とは別世界の人間だ。


「ヨーヨー、琥珀は何色釣る? 」


型抜きを終えた私達はヨーヨー釣りへ。


「俺は青」

「あ、なんか琥珀って感じだよね。私は何色にしよう? 」

「優愛は黄色」

「どうして? 」

「黄色ってピンクとかと一緒に使うと地味だけど、黒の中に入れるとすごく映えて綺麗に感じるから」

「観点が芸術家だね」

「優愛はそういう存在。暗闇にいた俺を照らすから」

「も、もう!恥ずかしい事言わないの」

「本当だよ」


ごめんね、私はもう琥珀の側にいられない。琥珀を照らす存在で居続ける事は出来ない。


「じゃあ、私は黄色にしよう」


側にいたいけど、出来ない。


「あっちにお面がたくさんある」

「琥珀、ひょっとこのお面があるよ」

「やだ。芸術的じゃない! 」

「えー? 面白いのに」

「優愛が被れば? 似合いそう」

「ちょっと! 失礼だから! 」


自分で離れるって決めたのに、どうして? 時間が止まれば良いのに、なんて。


「花火もうすぐだね」

「俺、穴場知ってる。行こ」

「えっ? 河原、あっちだよ? 」

「河原は人がたくさんいるから。優愛、こっち」


私は琥珀に手を引かれ、神社から移動する。


「ビル? 」

「1階は俺がバイトしているお絵描き教室。今日は特別に屋上の鍵を借りたんだ。行こ」

「う、うん」


確かに1階はお絵描き教室なようで、幼稚園みたく窓にはたくさん動物の形に切られた紙がたくさん貼られ、生徒募集と大きく書かれていた。


「真っ暗だね」


エレベーターホールに行くと、真っ暗だった。


「今、この時間は誰もいないから。俺と優愛だけ」

「貸し切りって事か」

「うん。その方が落ち着くし」


花火が終わったら、私達のデートも終わり。最初で最後なんだ。


「わっ。確かにここならよく見えそう」

「優愛、始まる」

「うん」


屋上に着くとすぐに花火が打ち上がった。


「綺麗! 緑色の花火だ! 琥珀色はあるかな」

「それは科学的に難しい気がする」

「えー? そうかなぁ」


花火、久しぶりに見たな。こんなに綺麗だったんだな、花火って。


「あ、惑星型発見! ちっちゃくて可愛い」

「本当に綺麗だ。花火ちゃんと見たの久しぶりだから」

「河原よりずっといいね。すごく良い感じに見えるもん」

「ゆ、優愛」

「ん? 」

「ありがとう。一緒に行ってくれて」

「琥珀……」

「俺は優愛に会わなければずっと一人だった。花火がこんなに綺麗だった事も誰かの為に料理を頑張るのが楽しい事も、誰かと一緒に暮らす楽しさも知らないままだった。だから、ありがとう」

「私も琥珀にはいつも助けられている。本当に毎日楽しいよ。だから、こちらこそありが……」


気付いたら私は琥珀に唇を奪われていた。花火の音を聞きながらキスをした。


「唇はアウトなんだよ? 」

「知ってる。だから、した。優愛、俺は……優愛が好きだ。ずっと側にいて欲しい! 恋人として」


本当は嬉しくて仕方がない。だけど、だめだよ。だめなんだよ、琥珀。


「ごめんなさい。私は琥珀をそういう風に見られない……琥珀は弟みたいにしか見えないの。ごめん」

「優愛……」


ごめんなさい、琥珀。私は本当は琥珀が大好き。だけど、大好きで大事だから選べない。


私が側にいる限り、琥珀は留学しないって言い張るに違いない。琥珀は私に依存的な部分があるから。


私は琥珀の未来をめちゃくちゃにしたくない。彼には可能性があるんだから。


私達はそれ以上話さず、ぼーっと花火を見ていた。


「おやすみ、琥珀」

「うん、おやすみ」


その日の夜は私達は手を繋がず、背中を向けあいながら眠った。


翌朝、琥珀はいつもより早く家を出た。


「よし」


引っ越しの為に有給をとった私は朝食を食べてからすぐに荷物をまとめ始める。


「これでよし。あまり物は無いからね」


すぐに荷物の整理が終わると、鞄から便箋を出して琥珀への手紙を書き始める。


『琥珀へ。突然出て行ってごめんなさい。今迄ありがとう。琥珀のおかげで私は毎日本当に楽しくて幸せでした。昨日、琥珀に告白されて嬉しかった。だけど、ごめんね。気持ちに応えられなかった。私ね、琥珀の描く絵が大好き。絵を描いてる琥珀を見ているのが大好きだった。だから、琥珀。琥珀は自分の夢を追いかけて。もう会えないけど、私は琥珀の事を応援しているから。私がいなくてもちゃんとご飯食べてね。優愛より』


手紙を置いて、私は家を出た。


「バイバイ、琥珀」


涙を流しながら、私は琥珀の家を後にする。


もう二度と会えない。私、気付いたらこんなにも好きになっていたんだ、琥珀の事を。


ごめん、ごめんなさい。琥珀、どうか元気でね……。


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