第3話


「分かった。次は一緒に入ろうね。しっかり温まって出て来ようね」

「うん、」

「次はぁ、ココから1時間くらいかな。そこもさ、有名な秘湯らしいよ?

 そこ行って、ゆっくりしたらゴハン食べに行こうね!」

「うん、そうだね」


 美里は努めて明るく振る舞ってくれました。


 1時間後、次の温泉旅館に到着しました。

曇り空は相変わらずな中、美里は一旦 車を停め、出入り口前を掃除する1人の仲居サンへ駆け寄りました。


「すいません、日帰り入浴に来たんですけど、今から入れますか?」

「はい。どうぞ。」

「車は何処に停めたらイイですか?」

「そこいら辺で構いませんよ。今日はご予約のお客様も少ないので」

「じゃぁ、あのまま停めといてもイイですかね?」

「ええ、」


 愛想の良い仲居サンでしたが、美里が指さす先にある車を見るなり、顔色を変えました。

やはり車を停めた場所が悪かったのか、私は助手席の窓から顔を出し、仲居サンに一礼して様子を窺いました。


 仲居サンは車と私をジッと見つめながら美里に問いました。


「お客サン、どちらから?」

「関東から来ました。アタシ達 温泉好きで、さっきも一軒 入って来たんですよ」

「どちらの?」

「えっとぉ、ココから1時間くらい行った先の。滝が見えるトコです。

 この辺じゃ有名なんですよね?」

「そぉ。……今日は…何名様でご利用で?」

「2人です。」

「そぉ…」


 車には私しか乗っていないのだから、美里と2人なのは見れば分かるだろうに、仲居サンの表情は徐々に強張っていきました。

そして、遂にはこんな事を言い出したのです。


「申し訳ありません、本日は…お湯がまだ張り終えませんので、」

「どれくらいで入れそうですか?」

「いえ…掃除が、まだ…」

「そうですかぁ。でも、折角なので待ちます。どれくらいで終わりそうですか?」

「…予約のお客様でいっぱいでして、本日は申し訳ございません」

「えぇ!? 入れないって事ですかぁ!? だってさっき、」

「申し訳ございません」


 深々と頭を下げられ、門前払い。

美里はスッカリ不貞腐れて車に戻って来ました。


「なに、あの仲居、超ムカつくんですけど?

 お風呂入れる流れだったのに、いきなし断ってさ、なにアレっ?」

「仲居サン、ちょっと変だったけど…この辺の人って ああゆう感じなのかな…」

「だったら最悪!」


 車をバックさせながら、美里は『もう二度と来るもんか!』と憤慨しながら再び山道を走行。

一頻り文句を言うと、今度は私に申し訳無さそうに謝りました。


「ごめんね、和歌子…」

「美里が悪い事なんて無いよ」

「だって、すごく顔色悪い…鳥肌たってるけど、そんなに寒い?」

「髪、乾かさないまま出来ちゃったから、ソレだけ」

「ねぇ、もしかして…あの、やっぱり、、何かあった?」

「ぇ?」


 美里の言う『やっぱり』と言う言葉に引っかかりました。

すると、美里は路肩に車を停め、改まって言いました。


「あのね、さっきの…和歌子が1人で入った温泉旅館の事だけど…」

「その話なら、」

「ねぇ、聞いてよ、、あのさ、アタシ…着いて直ぐ怖くなっちゃったんだ…」

「怖い…?」

「自分でも良く分からないけど…

 古い旅館だったし、そうゆうのが怖いと思ったのかも知れない…

 秘湯なんて もう何軒も回ってるし、見た目がボロイのは分かってたんだけど…

 何か無性にね、怖いって…でも、温泉 楽しみにしてる和歌子を引き留める何て…

 せめて、和歌子だけでも ゆっくりして貰えればって、、」

「美里…」


 美里もあの不可解な感覚に気づいていたようです。

けれど、お互い気を使いすぎて何も言えずにいたのだと知り、私は嬉しいようで情けないような気持になりました。


「私の方こそ、ごめんね、ありがとう、美里。あのね、私も…すごく怖かったの…」


 あの場での出来事を、私は美里に全て話しました。

そして、帰り際に撮った浴室の写真を見せました。


「念の為、女湯の写真を撮って来たの」

「和歌子、勇敢だね…」

「でもね、大丈夫、何もいなかった。怖い事なんて無かったのよ。

 変な現象が起こる時って、カメラが壊れるとか、シャッターが切れなくなるとか、

 光の玉が写ったりするんでしょ? なのに、ホラ 見て。何も写ってない!

 だからきっと、怖いのは私達の勘違いだったの。

 あの旅館、だいぶ古かったから、お化け屋敷に見えちゃっただけなのよね。

 受付の人だって随分 年を取っていたし、目が悪くてお掃除が行き届いて無かったのよ。

 美里は入らなくて正解だったって事!」

「あぁ、そっかぁ、そうだったんだぁ…

 天気も悪かったし、アタシらが変な妄想しちゃっただけかぁ、ハハハ、バカみたぁい!

 でもさぁ、和歌子ぉ、人がお風呂入ってる時に写真撮っちゃうのはマズイよぉ、

 盗撮!って訴えられるよ、コレぇ。アハハハ!」

「えぇ?誰も入ってないわよ。私、そんな不躾じゃありませんから!」

「なに言ってんのぉ?

 ココ見てごらんよぉ、ステンドガラスの先、お風呂浸かってる人いるじゃーん」

「…ぇ?」


 ステンドガラスは、内風呂と半露天風呂の仕切り。

私は指先で画像をズームさせて、目を見開きました。



「ぃ、た…」


「ホラねぇ?

 ガラスでボヤけてるからイイけど、アタシだったらトッ捕まえてスマホ没収してる所だって」



 良く見れば、ステンドガラスに ぼんやりと写る横顔。



「違う…」

「違わなーい」

「いる筈、無い…」

「…和歌子?」

「本当よ、美里…私以外、いなかった…

 言ったでしょ? 女の人は一人 入ってたけど、先に出て行ったって…」

「ぅ、うん…

 女の人、1人で出て来て隣の車 運転して帰ってったの、私、駐車場で見送ったけど…」

「他にはいなかった…」

「じゃぁ、この人は…?」

「写る筈、無い…」



 美里は慌ててアクセルを踏みました。

早くこの山を下りなければならないと思ったのでしょう、

けれど私は、ソレは無駄な事だと思い至っていました。


(あぁ、そうゆう事か…あの仲居サンには見えていたんだ…)




『…何名様でご利用で?』




(私達以外に車に乗っている人の姿を…)


 何人 乗っているように見えたんでしょうか?







2017/08/08 Writing by Kimi Sakato

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