紛れる者。

坂戸樹水

紛れる者。


 私は優子。社会人になって1年目になります。

会社は慣れない事も多いし、気を遣いながら仕事を覚えるのは一苦労で、私は大分疲れていて、

そんな時、高校時代からの友人が『皆でキャンプに行こう』と誘ってくれました。

勿論、断る理由なんてありませんよ。ストレス発散が出来る。コレ、絶対!

そんなノリで参加しました。


 場所は都心からもソレ程 遠くない、ソレでいて緑が沢山のキャンプ地。

バーベキューして川原で遊んで、宿泊はエアコン完備の山小屋ロッジ。

メンバーには前から気になっていた男の子もいるし、夜中までカードゲームをして遊んで、仕事の愚痴なんかも聞いて貰って、もぉ最高!

こうして夜も更けて、好い加減 寝ようって男女に分れて部屋に入った所で、ベッドの下に鈍い光を見つけたんです。


「?」


 髪飾り。すごく質素な。金具も錆びてダサイ感じの。

何と無しに手に取って眺めていると、中では1番に大人しい弥子ヤコが随分と訝しんで言いました。


「優子チャン、どうしたの?」

「ヘアピン落ちてたけど、弥子の?」

「ううん。」

「コレ誰の~?」


 頭上に掲げて見せても、皆『知らない』って言うんです。


「前の利用者が落としていった物じゃない?」

「そっか。ソレにしても古クサイもん使ってるよね。コレはナイわぁ」

「……優子チャン、ソレ、元あった場所に戻しておいで」

「ココに落ちてたんだけど?」

「……そう。それなら、落ちていた場所に戻したら良いよ」


 弥子は時々変な事を言う。

悪い子じゃないんだけど、高校の時からちょっと苦手でした。


(ってか、落ちてた場所って床だけど? ココに放置? 流石にソレは無いでしょぉ)


 床に捨てるようなマネはしたくなかったので、私はベッド脇のボードの上に髪飾りを置きました。

その晩は自棄に寝苦しくて……エアコンは利いてる筈なのに暑くて暑くて……


「キャァ!!」

「!?」


 誰かの悲鳴で起こされ、私は慌てて部屋の電気を点けて室内を見回しました。


「何!?」

「だ、誰かいた…」

「電気消した真っ暗な中で何がいたってのよ?」

「だって、いたモン!! そこ!アタシ達の荷物んトコ! モゾモゾって、誰かが何か…」

「ヤダ、やめてよぉ…」


 私は怖い話と言うのが苦手だったので、何とかしてこの空気を払拭しなくては、と言う気持ちになりました。


「ぁ、、あぁ! もしかして男子が夜這いに来たとか!?」

「はぁ!? 優子、なに言ってんのぉ!?」

「アハハハ! でもソレあるかも~~♪」

「だったら宮野クンだよね~、弥子の事スキだからぁ~」


 男女で部屋は別々だから、私の冗談に乗っかって女の子達は揃って笑った。

弥子はぁ…チャカされてるのに いつも通りの愛想笑い。つまんない子。

こうゆう時は本気になって笑ってくれなきゃ困るのに。


 電気を消して2度寝。

でも、皆が寝静まっても私は眠れなかったんです。



 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ、



(足音? 男共、性懲りもなく女子部屋を窺ってんのかぁ?

 入って来るなら男らしく入って来いってのぉ)


 足音が気になって、寝ては起きてを繰り返して朝。


「あ~~ガッツリ寝たれわ~布団入って即寝だったな、俺ら」

「またまたぁ。白々しい言い訳をぉ」

「そぉだよぉ、夜中、ウチらの部屋に入って来たの誰ですかぁ?」

「ンなコトするかよ、俺らじゃねぇっつの」

「ネズミでもいたんじゃねぇ?齧られなくて良かったなぁ!」

「うわぁ、ソレ怖ぁ!」


 私一人が寝不足な中、皆は元気に朝ゴハンを食べて、帰り支度を整える。


(ネズミ、だったのかな…でも、あの足音は人っぽかったけど……)


 男子が嘘をついているに決まってますが、指摘するのも面倒でした。

チェックアウトまでにゴミを纏めて、忘れ物が無いか部屋をチェックして、


(アレ? 髪飾り、無くなってる)


 昨夜、ボードの上に置いた筈ですが……誰かが捨てたのかも知れません。

汚かったし、ゴミ扱いされてもしょうがない物だったから余り気になりませんでした。

そうしてロッジを出ようと言う時、弥子が振り返りざまに言いました。


「忘れ物は無さそうだけど、ココの物を勝手に持ち帰ったりしちゃ駄目ですよ?

 ゴミはココの焼却所で全て燃やして行きましょう」

「飲み残しの お茶はイイんじゃない?」

「駄目。全部 流して捨てる」

「潔癖だね、弥子はぁ」


 何を心配してんだか、弥子は時々神経質になるので面倒臭い子でもあります。


 帰りはアッチコッチに寄り道をしながらアパートに帰宅。

翌日は仕事だから早くに就寝。したのですが…



 ヒタ、ヒタ、ヒタ…



 多分、ロッジで聞いたのと同じ足音だと思います。

電気を点けて部屋の中を見ましたが誰もいません。


(気味が悪い…)


 こうなったら次の睡魔が来るまで待つしかありません。

キャンプの荷物も放ったままにしていましたし、片付けでもしよう…鞄を開けると、



「!」



 あの、古びたダサイ髪飾りが紛れ込んでいました。

どうして私の鞄に入っているのか全く解かりません。

けれど、『やっぱり…』と、何故だかそう思ったのです。

その晩から熱っぽくて、ダルくて、頭が痛くて、寝ても寝た気がしなくて…



(毎晩、あの足音が聞こえる…煩くて眠れない…)



 数日後、キャンプで撮った写真が用意できたと言うから、皆で会いました。


「こんだけしか撮らなかったの?」

「結構 撮ったと思ったんだけど、良く見たらピンボケが多くてさぁ」

「何の為のデジタル一眼だっつのぉ」

「キレイに撮れてた筈なんだって!」

「撮れてないじゃんか」

「まぁ、結果的にぃ…でも、弥子チャン、ロッジで見て褒めてくれたよね?

 キレイに撮れてるって!」

「…うん」

「お世辞を真に受けるなよ」

「ソレより優子、お前、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

「…何か、キャンプ行って以来、疲れがとれなくて」

「そっか。寝つき悪いみたいだしなぁ、お前」

「そんな事ないんだけど……」

「そんな事あるだろぉ。

 ロッジに泊まりに行った時だって、何度も部屋から出て来てウロウロ歩いてたじゃんか」


 男の子の言葉に、私は首を傾げた。


「え? なに言ってんの?」

「だから、夜だよ。リビングに出てグルグル歩いてたろ?」

「そうそう。足音すっから様子見に部屋出たら、優子がいっからビビったわ」

「何かブツブツ言ってたけど、ああゆうのやめろよなぁ、マジで怖ぇっての」


 話を聞くと、私は夜中、度々 女子の部屋を出て、ロッジのリビングの四隅をグルグルと歩き回っていたそうです。

そして、床に寝転がってみたり、何かを探すような仕草をしてみたり、落ち着きがなかったと…

勿論、私は何も覚えていません。

けれど、その話が本当なら…



(私、だったの……?)



 キャンプでもアパートに帰ってからも、聞こえていたあの足音の持ち主は私と言う事になる。


「弥子…」

「なぁに?」

「…実は……鞄に、、」

「元に戻した方が良いわ。」

「…元に?」

「元あった場所に。」


 どうして弥子に言おうと思ったのか自分でも良く解かりませんが、こうゆう事は弥子が良いんだと無意識に判断していました。

その期待通り、私が髪飾りの説明するでも無く、弥子は解かってくれました。


 その後、私はキャンプ地を再び訪れ、管理人サンに事情を話して髪飾りを引き取って貰ったのですが、

管理人サンが余りにもアッサリと話を聞き入れてくれたので、ちょっと奇妙に感じながらアパートに戻りました。


 アレから奇妙な足音は……



 時々、……いいえ、気の所為です。







 2014.08.03 / Writing by Kimi Sakato

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