『黒龍』と『白龍』3










******








 そこは龍にとって見覚えのない場所だった。今視界に映っているのは知らない天上なのだ。自分が眠っているのはそふかふかのベッド。そして、そのまま周りを見ると広い部屋。一目で、自分の部屋ではないことは分かる。それならばここは何処だろうと、俯せのまま部屋を見渡すが記憶にはない。

 家が燃えてしまい、どこかのホテルに泊まっているのかと考えるが、ホテルにしては部屋が豪華だ。怪我が手当てされているので病院かとも思ったが、どう考えても病院だとは思えなかった。あの日、眠っていた病院の内装とも異なるからだ。

 ここが何処なのか分からないながらも、龍は意識を失う前のことを思い出していた。部屋にあるテーブルには三本の刀が置かれていた。大太刀は悠鳥に預けていたが、太刀と小太刀はスカジの首へと突き刺したはずだった。

 自分を連れてきた誰かが、二本の刀も回収したのかもしれないと思いながらスカジがどうなったのかと考えた。『ドラゴン』の逆鱗は弱点なのだ。その理由は、逆鱗の下には心臓があるからだ。

 そこに刀を突き立てたのだ。炎が威力を弱めたことも考えると、スカジはもういないのかもしれない。だが、それを確認していない龍には分からない。もしかすると、生きているかもしれない。

 ベッドに両手をついて体を起こすと、特に痛みもなく床に足をつけることが出来た。しかし、そばに靴が見当たらなかった。起きたときに出歩けないように靴を持っていかれたのかもしれない。

 だが、白いタイルの床は汚れているようには見えない。靴がなくても問題ないだろうと立ち上がろうと足に力を入れたとき、扉が開かれた。

「あら、起きたのね」

「ん。おはよう」

「龍くん、おはよう! 久しぶり!」

「久しぶり?」

 部屋へ入ってきたのは、エリスと白美の2人だった。いつもの人型の白美は嬉しそうに龍へと駆け寄ってきた。その手には、龍の見慣れた靴がある。

 龍の足元に靴を置くと、白美は龍の右隣へと座った。エリスはイスに座り、2人へと向く。龍は足元に置かれた靴を履き、黙っているエリスへと視線を合わせる。

「調子はどう?」

「戦ったとは思えない程良いよ。俺はあのあと、どうしたんだ? ……スカジは、どうなった」

「龍くんはね、3日も眠ってたんだよ」

 3日と聞いて、声もなく驚いた。白美の言葉に無言のままエリスを見ていると、頷いて肯定する。そんなに寝ていたとは思えない程、体は軽い。まるで夜に寝て、普通に朝起きたのと同じ感覚だった。

 だから、3日も眠っていたとは信じられなかった。はじめてエリスに呼ばれてきたときは、5日も眠っていた。それから何日も眠っていたということはなかった。余程疲れていたのだろう。

「龍、貴方はウェイバーに病院まで運ばれたのよ」

「ウェイバー……」

 落下する龍を受け止めた誰かがいたことを、言われて思い出す。黒い頭だけが見えたが、顔を確認することは出来なかった。それが、ウェイバーだと知って、言葉がでず両手で顔を覆ってしまう。

 知ったばかりだとはいえ、ウェイバーは隣国クロイズ王国の国王なのだ。申し訳ない気持ちになる龍は、今すぐにでも礼を言いたい気持ちだったが、ウェイバーはもうヴェルリオ王国にはいないことは分かっていた。3日も自分の国を留守にはすることは出来ないだろう。

「ウェイバーが病院まで連れて行って、手当をした貴方をこの城へ連れてきたのは黒麒よ」

「ここって城なのか……」

 病院まで運んだと言っていたので、てっきり内装が豪華な病院だと思った龍は部屋を見渡した。どう見ても病院の病室には見えないが、ウェイバーが運んだと言われれば病院だと思う。

 それに、ここが城だとは思うはずがない。一度城内へ入ったことはあるが、個人の部屋には入っていないのだ。自分が城にいるとは思わないだろう。

 黒麒が病院から城へ運んだと言っていたので、ルイットへ避難した人たちも戻ってきたのだろう。病院はメモリアのところにしか医師が残っていなかったので、そこへ運ばれたのだろう。

 しかし、街の人たちが戻ってきたのならば病院へと戻ってくる人もいる。動けない人は、他の病院から転移装置によって運ばれてくる。

 魔物である龍が病院のベッドで寝ていたら、皆驚くだろう。だから、戻ってきた黒麒に運ばせたのだ。

「二本の刀は、悠鳥が城の屋上で見つけたわ。そこに、『白龍』の姿になったスカジもいたけれど悠鳥が見つけて暫くしてから死んでしまったそうよ。魔物の多くは死ぬと消える。スカジも同じく消えたの」

「そうか……」

 自分が殺したのだ。炎を消すために、異世界を守るために。しかし、空を見上げたのはスカジの意思だったように龍には思えた。力が暴走してしまい、自分でも制御することが出来なくなってしまったスカジだったが、最後に協力してくれたのだと龍は考えた。

 制御出来なくなっては、国の乗っ取りどころではなかったのだろう。もしかすると、自分を呼んだビトレイを殺してしまわないようにしただけかもしれない。

「ビトレイは?」

「ウェイバーが連れて行ったわ。本来なら、こちらで裁くのが良いのだけれど、多くの家が燃えてしまったから復興に力を入れるために引き受けてくれたのよ」

 多くの家が燃え、人々も亡くなった。城は屋上や屋根が燃えただけで、城内は無事だった。家を失った人は親戚や知人の家に身を寄せているが、全員ではない。親戚の家が別の国にある人は、今城内の部屋に家族で身を寄せたりしている。

「もし、怪我が大丈夫なら来てほしい場所があるのだけれど」

「良いけど、何処に?」

「アレースのところよ」

 アレース。龍の記憶では、アレースは病院で眠っていた。病院から追い出されるわけはないだろうから、きっと目を覚ましたのだろう。怪我は大丈夫なのかと思っていると、目を覚ましたのは龍が病院に運ばれてすぐだったようで、少しでも動けるようにと悠鳥に傷口をしっかりと塞いでもらったことをエリスがイスから立ち上がり言った。

「あまり動けないけど、今はお部屋にいるんだよ」

 そう言うと白美は龍と同時に立ち上がった。先に扉の前へと行く白美を見ながらテーブルに置かれていた刀を手に取る。刀ベルトもないので、右手に大太刀を持ち左手には二本の刀を持って歩き出した。

 置いては行きたくなかったので、扉へと向かうと白美が開けてくれた。刀を手にする龍に何も言わないエリスは、龍に続いて部屋を出ると、アレースの部屋へと案内するために歩き出した。

 廊下は広いが、誰とも会わない。窓から外を見ると、城から近い建物は黒く焦げたものや、崩れてしまっているものが多かった。それでも、すでに新しく家を建て始めていた。

 家を建てている者の中には、黒い髪をした者もいる。クロイズ王国から手伝いに来ているのだろう。喧嘩をしている様子もなく、仲良く笑いあっている人たちもいた。

「最初はみんな嫌がってた。でもね、1日一緒にいて考えが変わったみたいで仲良くなったんだ。良かったよね。ウェイバーがね、いっぱい大工さん連れて来て、家を建てる協力をするって言ったんだよ」

 嬉しそうに言う白美に、ウェイバーの行動力の凄さを知る。仲が良くない国へ、自分の国の大工を連れて来たのだ。もしかするとアレースと仲が良かったため、思っているより国同士は仲が良かったのかもしれない。1日2日などの短時間で建てることの出来ない家の建設協力。大工たちも納得して協力しているのだろう。そうでなければ、笑いあってはいないだろう。

 連れて来た大工をどのように説得したのか気にはなったが、聞くにも本人はいない。

「アレース、入るわよ」

 ある部屋の前に辿りつくと、ノックもなしに扉を開けるエリス。龍は外を見ながら歩いていたため、危うくエリスにぶつかってしまいそうになる。部屋を覗くと、机へ向かうアレースとソファに座り本を読む黒麒がいた。足元には寝ているユキの姿がある。

 動かしていた手を止めると、龍に気がついてアレースは驚いたようだった。黒麒は気配で気づいていたのか、驚いてはいなかったが心配そうに龍を見ていた。

 部屋に入ってきた龍が、ソファに座る黒麒の隣に座るよう促されてゆっくりとそこへと座るとソファに刀を立てかけた。エリスと白美は2人の向かいにあるソファに座った。

「龍、体は大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。俺なんかより、アレース……国王の方こそ大丈夫、なんですか?」

 一瞬躊躇ったが、実はアレースはこの国、ヴェルリオ王国の現国王だと思い出して言葉遣いを改めた。何故顔を隠し、一言も話さずにいたのかは分からないが、相手は国王なのだ。

 知らなかったとはいえ、今までの言葉遣いでは失礼だと思い意識して言ったのだが、アレースは少し悲しそうな顔をした。

「出来れば、今まで通りで接してほしい」

 龍に国王だと話していなかったのは、自然と距離を置かれることが嫌だったからかもしれない。出会ったばかりの頃は、魔物だからと嫌っていたが、他の人と同じように関わることによって国王だということを話せなくなったのかもしれない。

 何度か話そうとしたのかもしれない。しかし、どこか距離を置いているような黒麒のようになったらと考えたのかもしれない。アレースは黒麒を、どこか崇拝しているように感じられる。だが、アレースが国王だと知っていた黒麒は距離を置いている。

 ――数少ない親しい者に距離を置かれたくなかったのか?

 考えても分かるはずがない。それならば、アレースが言うように今まで通りで良いだろう。ときと場合によっては、改まらなくてはいけないのだろうが今は良いだろう。ここにいるのは、エリスたちだけなのだから。

「そうだな。俺も今まで通りが良い」

「そうか」

 どこか嬉しそうに言うアレースに思わず顔をそらす。何故か気恥ずかしくなったのだ。だが、先程の言葉の返答を聞いていなかったので、視線を合わせるともう一度同じことを尋ねた。

「それで、アレースの怪我は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。あまり動くなと言われているから、机仕事ばかりをしているけどな」

 両手を持ち上げてうんざりとでも言いたげに、山のように積み上げられた紙を見た。机の左右には紙の山が4つあった。右のアレースに近い紙の山は少ないが、それでも200枚はあるのではないだろうか。

 国王がこなす仕事のため、何が書かれているのかは知りたくても見ることはしない。それに、まだ全ての文字が読めるわけではないのだ。だが、気になっているということがアレースには分かっていたようだ。

「この紙の山の多くが、今回スカジが起こした火災に関係するものだ。建設許可や、人材確保が多い」

 火災により多くの家が燃えた。そのため、すぐにでも新しく家を建設することが出来るようにとアレースが許可を出しているのだろう。鳥が描かれた国璽こくじを押しながらアレースは、他の5枚にも国璽こくじを押してから手を止めた。

「そういえば、以前に仕事を龍にやるって話しをしたのを覚えているか?」

「ああ、覚えてる」

 言われたときは、アレースにそんなことが出来るのかと思った。だが、今ではアレースから仕事を絶対にもらえると言える。しかも、国王自身が紹介する仕事は信頼出来るだろう。

「申し訳ないんだが、木材を運んでほしいんだ。今はまだ休んでいてもらいたいから、2日後からこの街の様々な建設現場に。良いかな?」

「重いものでも1人で持ってたりするから、そんなのでよければ引き受ける。でも、街の人たちは嫌がらないか?」

「それなら大丈夫だよ!」

 嬉しそうに言う白美に、どうしてか問おうと思って出来なかった。何故白美は普通にこの部屋にいるのか。今までであれば、アレースがいる場所ではいつもの笑顔を浮かべてはいなかったはずだ。

 だが白美は笑顔を浮かべている。もしかすると、大丈夫と言うことに関係しているのかもしれない。

「この国を救った貴方を、皆さん認めて下さったんです。貴方だけではなく、白美さんのことも。それは、アレースさんも同じです」

「仲良くなってくれて嬉しいわ」

 そう言ったエリスに、アレースは何も言わなかった。その代わりに机の引き出しから何かを取り出した。それは、どこかで見たことのある物だった。

 どこで見たのかと、記憶を探ると、それはアルトが持っていた身分証明書と同じだった。

「俺からのプレゼントだ。龍、黒麒、白美、悠鳥、そしてユキの分だ。これがあれば、お前たちはこの国の住人として認められたも同然だ」

 一番近くにいたエリスが受け取るとそれぞれに渡す。ここにいない悠鳥や、眠っているユキの分はテーブルに置く。

 渡されたそれを開くと、いつの間に撮っていたのか顔写真が貼られていた。いつ身分証明書を作っていたのかは分からないが、全員分あることには驚いた。

 ただし、人と魔物や動物では身分証明書の色が違う。エリスが持っている自分の身分証明書を取り出すと、それの色は赤。アルトの持っていた身分証明書も赤色をしていた。しかし、龍たちの身分証明書は青。

「本当はもう少し前に渡すつもりだったんだけどな」

 アレースの言葉にもしかすると、スカジが行動を起こした日に渡すつもりだったのかもしれないと龍は思った。身分証明書を閉じると、アレースに礼を言った。

 すると、その言葉に照れたのかアレースは小さく返事をすると仕事に戻ってしまった。

「そういえば、悠鳥は何処に?」

 姿が見えない悠鳥。病院で見たのが最後の龍にとっては心配でもあった。炎を止めていた彼女が見えないので、同じように眠っているのかもしれないと思ったのだ。

 だが、その考えは違った。扉を3回ノックして、入ってきた人物を見たからだ。返事を待つことなく入ってきたのは悠鳥だ。代わりなく元気そうな悠鳥に安心して一息ついた。

 しかし、悠鳥の後ろについてきていた1人の幼い子供を目にして驚いた。それは龍だけではなかったようだ。アレースは手に持っていた国璽こくじを落としてしまっている。紙はイスの横に置いてあった移動式机に置かれていたので汚れることもなく、左右に置かれた紙も汚れることはなかった。ただ、何故か誰よりも驚いている。

「その子供って悠姉ゆうねえの子供?」

「こどっ!!」

 白美の言葉にアレースが反応する。目を覚ましたユキとエリスが一度アレースへ顔を向けたが、すぐに悠鳥へと疑問の眼差しを向けた。

 戦争孤児かとも思ったが、違うだろう。親を亡くしてしまった子供たちは、街にある施設へ連れて行かれる。国が管理しているので、今はまだ街には瓦礫があるため危険ということもあり、施設内で過ごしているのだ。

 子供の髪は白で、肩までの長さ。悠鳥の胸くらいの身長で白い着物を着ており、青い鳥が描かれている。見た目は8歳くらいで、女の子なのか男の子なのかは見ただけでは分からない。

 悠鳥の後ろにいた子供と龍の目が合う。その目の色は、龍と同じ赤だ。

「……『白龍』」

「え!?」

 驚く白美とは違い、龍には分かっていた。見ただけで、自分の――『黒龍』の対となる存在であると。『黒龍』の老人に任されたのは、今目が合っている『白龍』だと。

「良く分かったの。そうじゃ、この子が其方の対じゃ。2日かけて見つけたのじゃ」

 スカジと融合した『白龍』が消えたのを、刀を見つけた悠鳥が見届けた。それにより、『白龍』は新しく転生をした。『黒龍』や『白龍』たちは早くて半日、遅くても1日で新しく生まれ変わる。

 見つけたとき、森の中で今の格好をして立っていたという。悠鳥は何度も生まれ変わった『黒龍』や『白龍』を見てきていたので、その子供が『白龍』だとすぐに分かったのだ。

 大人しい『白龍』を連れ、真っ直ぐ城のこの部屋へと来たのだ。扉を悠鳥が閉めると、『白龍』は悠鳥から離れて龍へと近づいた。ソファに座る龍の両膝に両手を置いた。

「『黒龍』?」

「ああ、そうだよ。俺は龍。君の名前は?」

「名前、白龍!」

 白龍も龍が『黒龍』だと分かったようだ。名前を聞かれて、嬉しそうに笑う白龍に一つだけ疑問に思うことがあった。それは性別だ。白龍はどちらと聞かれても悩む見た目をしていた。

 人間の子供にも女の子のように見える男の子や、その逆もいるのだ。だが、白龍は中性的な顔をしていた。本人に聞くのは躊躇われたので、悠鳥に尋ねた。すると、龍にとっては驚く言葉が返ってきた。

「性別はない。人間でいう16歳になるまで、性別はないのじゃ。元々人間と同じ世界では暮らさぬ生き物じゃから、性別はなくとも困らないのじゃ。だが、16歳になると性別は決まる。人間たちと関わることによって自分自身で性別を決めるじゃろう」

 人間とは違い、『黒龍』や『白龍』は時空の狭間に住んでおり人間とは直接関わることは少ない。そのため、性別は気にすることがない。

 しかし、まだ幼い『白龍』は地上に生まれた。時空の狭間に生まれなかったのは、『黒龍』である龍と共にいたいと思ったからかもしれない。龍と共にいるということは人間と関わるということだ。そのため白龍は自分で考え、性別を決めるかもしれないと悠鳥は言った。

「だが、人間とは年のとり方が違う。明日には16歳になっているということもあるんじゃ」

「そうか」

 いつの間にか龍の膝に座っていた白龍は、足をぶらぶらさせて部屋を見渡していた。生まれたばかりの白龍にとって見るもの全てがはじめてなのだ。1人楽しそうな白龍の頭を撫でると、白龍は甘えるように龍に擦り寄った。

 一番驚いていたアレースはいつの間にか仕事に戻っていた。ただ、先程より早く手を動かしているため、紙の山は見ても分かる程減っていた。

 龍は今の白龍が、スカジと融合したあの『白龍』だったという確信があった。だが、あのときの記憶が今の白龍にはあるのかは分からなかった。今はあのときの記憶が無くても、いつか思い出すのかもしれない。そうならば、思い出さないままでいてほしいと思った。









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