黒龍編 エピローグ

エピローグ~黒龍編~











 龍が目を覚ましてから、すでに1週間が経っていた。スカジと龍が戦ってから10日だ。多くの人たちが手伝いに来ているおかげで、焼けてしまった家や崩れてしまった家の場所に新しい家が数軒建っていた。その中に龍が木材を運んだ家もある。家を建てた中には獣人もいたので、早く建てれたのだろう。彼らは力が強い。

 今では彼らも、街の中を歩いていても嫌悪の眼差しを向けられることはなくなった。その代わり、声をかけられることが多くなった。

「思ったより早く家が建ってきてるわね」

「そうだな」

 隣を歩くエリスが家を見ながら言った。新築であるその家には、すでに人が住んでいる。元々そこに住んでいた住人だ。

 住人の要望により、多くの家は以前とあまり変えることなく建てられている。しかし中には、年をとったこともあり段差を少なめにしている家もある。

 炎は多くの家や人を燃やしたが、エリスたちの住む家のそばまでは来ることはなかった。それは、悠鳥が炎の進行を止めていたおかげでもある。そのため、龍は目を覚ました翌日には家へと戻っていた。そのときに白龍も一緒に家へとやってきたのだが、何故かリシャーナの隣の空き部屋へは入らなかった。

 真ん中が嫌なのかと思ったら、龍と一緒にいたいという理由から嫌がったようだった。仕方なく今は一緒の部屋で過ごしている。だが、性別が決まれば1人部屋になる。それに、まだ白龍は幼い。1人で眠るのが怖いと言ったとしても仕方がないだろう。幼い姿であっても、白龍は生れたばかりなのだから。

「それにしても、白龍は物覚えが良いわね」

 龍を見上げて言うエリスは微笑んでいた。白龍は日中は悠鳥に連れられて、城で勉強をしている。そのため、文字は龍より早く覚えてしまった。今では龍も問題なく文字を読むことも書くことも出来るのだが、ときどき間違えるのだ。夜にベッドで白龍に絵本を読み聞かせているときの読み間違いを指摘されたことは、きっと龍はずっと忘れないだろう。白龍は今では読み間違えることもないのだが、龍は未だに間違えるのだ。正直、龍は完璧に覚えてしまった白龍が羨ましかった。

 現在黒麒は力仕事が苦手のため、施設にいる子供たちに勉強を教えたり、一緒に遊んだりしている。6月に入り、数日が経てばクロイズ王国から施設に先生が来ることになっている。それまで黒麒は先生の代わりをするのだ。ユキも一緒について行っており、子供たちに癒しを与えている。中には両親を亡くしてしまった子供もいるためだ。全員が両親を亡くしたというわけではなく、仕事で家を離れる両親もいるのだ。そのため、施設に預けられている子供もいるのだ。だから、両親が帰ってきたら家へ帰って行く。

 白美は、最近よく自警団の訓練を見に行っている。獣型だったり、人型だったり姿は様々だ。何故見に行くのかは、誰もはっきり分からない。たとえ、白美に聞いても教えてはくれないのだ。

 しかし、新しく自警団に入った人物を見に行っているのだろうとエリスたちは思っていた。その人物は、白美と共に炎を消そうとしていた男性であり、白美にいじめっ子と呼ばれていた人物だ。龍が城へ行ったときに、アレースが自警団に新しく入った人物のことを教えてくれたのだ。その話しを聞いて龍は、白美と一緒に炎を消そうとしていた男性だと気がついたのだ。新しく自警団に入ったのはその男性1人だったようで、エリスも偶然街で見たときに気がついたようだ。

 何故か白美が気に入り、好意を寄せるようになった男性は、白美が見に来るとやる気が起きるのだ。その日は調子が良く、魔法を使わない剣の訓練でも成績が良くなるため、自警団側から来てほしいと言われているのだ。特に報酬が出るわけではないが、それでも白美は自警団本部へと足を運んでいた。

 男性はまだ正式な自警団ではないが、このままいけば間もなく正式に自警団に入ることが出来るだけの実力があるのだ。自警団で実力を示した者は、近衛兵になることも出来る。しかし、ならずに自警団のままでいる者が多い。それは、国王を守るのではなく国民を守りたいと思うからだ。自警団だから国王を守らないわけではない。近衛兵は国王を中心に守り、自警団は国民を中心に守るという違いなだけで、お互い全ての者を守ることに代わりはない。だが、近衛兵は常に城にいるため、街での事件に気がつかないことも多い。だからこそ、自警団に残り街で国民を守りたいと思うのかもしれない。

 一度白美は、自警団本部で男性の両親に会ったことがある。本当に男性が自警団でやっていけるのか心配だったようで、両親は見に来たのだ。

 男性から白美の話しを聞いていたのか、真面目に訓練をしているところを見て白美に礼を言ったのだ。今までは喧嘩ばかりだった男性が、白美のおかげで変わったことが嬉しかったのだ。今まで人に迷惑をかけていた男性が、これからは国民を助ける側になったのだ。両親も喜ばないはずがなかった。そのきっかけを与えたのが、人間ではない白美だとしてもだ。

 スカジとビトレイが起こした事件により、悲しむ人もいれば人生が変わるきっかけとなりやる気を出し、それを喜ぶ人もいる。逆に家族や身内が亡くなり悲しむ人も未だにいるのだ。

 スカジに操られていた近衛兵や執事、メイドたちは軽傷を負った程度で、今ではそれぞれの仕事へと戻っている。中には骨が折れてしまっている者もいたが、その者たちは怪我に響かない程度の仕事をこなしている。全員が操られる直前と操られていたときの記憶がない。記憶がなかったときの話しを聞いて悲しむ者もいたが、多くは起こってしまった過去の出来事に今更どうすることも出来ないと言った。国王であるアレースも、操られていたのだから仕方がないと思っているのだ。

 ただ、近衛兵たちは以前より訓練に集中するようになったようだった。簡単には操られないようにという、意思からだろう。それにより操られなくなるのかは分からないが、訓練に集中するのは良いことだろアレースは何も言わなかった。

 街を歩いていると、今日何度目かの小さな鐘のが聞こえる。

「今日も、誰かが墓で眠るのか」

「ええ。暫くは毎日聞くでしょうね」

 城の右横にある大きな敷地は墓になっている。毎日聞こえる鐘のは、その墓に死者を入れ眠れるようにと鳴らしている。多くの国では火葬してから骨を穴へと埋めるのだ。この国でもそれは同じ。

 暫くは聞こえてくる鐘の。多くの人は助かったが、亡くなった人もいるのだ。その音を聞くと、街からは騒がしい音が消える。全員が手を止め黙祷をするからだ。1分程すると、元の騒がしい街へと戻る。

「それにしても、ウェイバーが国王だってのは驚いたけど、アレースも国王だとは驚いたな」

 街の人たちにすら顔を隠し、話しもしていなかったアレース。その理由は若くして国王となったため、国民に見くびられるかもしれないというだけで隠していたのだ。だが、街の人たちの多くがアレースが国王だと知っていた。そんなことを知らないアレースはずっと隠していたのだ。知っていて当たり前だろう。国王の子供なのだから。

「2人とも昔から仲が良くて、同じときに国王になったからね」

 アレースが国王なら、エリスも王族なのだが、本人は一般人のつもりらしい。

 昔から2人は連絡を取り合っていたようで、今回何かが起これば駆けつけてもらえるようにしていたようだ。ウェイバーと会ったときに、魔法玉をアレースは渡していたようで、アレースが連絡出来ないような状況になれば、光るというものだ。魔法玉を渡す光景を龍は見ていないので、魔力を見てもらうために離れたときに渡していたのだろう。魔法玉が光ったのを見たウェイバーは馬に乗りすぐに駆けつけたのだ。そのため、連絡がなくとも駆けつることが出来たのだ。

 それは、アレースが自警団に新人が入ったことを話した日に言っていたのだ。龍はアレースから聞いたことを思い出し、鐘のにより自然と止まった足を動かす。今日は特に目的はない。今日はエリスと同じで龍も仕事が休みのため、街の様子を2人で見ているのだ。城の近くは変わってしまったが、城から離れた場所はあまり変わってはいない。

 瓦礫も落ちていないため、遊んでいる子供もいるくらいだ。

「あ、これ」

 また足を止めたエリスの視線は斜め右下を見ていた。龍もそこへ視線をやると、そこには花が咲いていた。白い花がいくつも咲いており、数個がまだ蕾だった。

 しかし、その蕾には見覚えがあった。以前、龍が馬車の中から見た蕾だった。どうやらエリスはそのことを覚えていたようだ。

 だが、記憶が戻った龍には、その花が何という名前なのかも花言葉も知っていた。この世界での花の名前や花言葉が一緒なのか、花言葉があるのかは分からない。

「その花が、人の花じゃなければ、エリスに渡したんだけどな」

「え? それって……って、ちょっと待ってよ!」

 歩き出した龍にエリスは慌ててついて行く。他人の家の花壇に咲く白い花。少し離れた場所に、他にも同じ種類の黄色い花も咲いていた。以前見た場所とは違うため、並べ方が違う。

 その花の名前はジャスミン。2人のあとを追うようにジャスミンの香りが纏わりつく。エリスは花言葉を知っているのかは龍には分からない。聞くつもりもないのだ。

 花言葉は、私はあなたについて行く。

 それは、龍がエリスへ伝えたい言葉でもあった。しかし、口にすることはない言葉でもある。聞かれても口にすることはないだろう。エリスに召喚された者として、使い魔としてエリスを守りたいのだ。今回のように離れなくてはいけないこともあるだろうが、遠くへ行く場合はエリスについて行く。そう決めているのだ。

 追いついたエリスと並んで歩く龍の横をアルトが通りすぎて行く。事件が起こる前日にアレースから頼まれ、クロイズ王国へと行っていたアルト。今では事件が起こる前と変わらず仕事をしていた。ただ、最近はクロイズ王国へ行くことが多い。

 今ではヴェルリオ王国にもクロイズ王国から手伝いに来ている者が多いため、家族に手紙を送る人も多い。そのため2日に一度はクロイズ王国へ行っている。今も忙しそうで、話している暇もなさそうだ。

 リシャーナも事件前日にクロイズ王国に戻っていた。本当は、その日に戻ってくるはずだった。しかし、家族3人で夕食をとり遅くなってしまったために帰らなかったのだ。そして、事件が起こってしまったため、暫く帰れずにいた。

 アルトより1日遅れて帰ってきたリシャーナだったが、いつも通り帰ってきてすぐに情報屋として仕事をしていた。リシャーナがクロイズ王国で得た情報を欲しがる人が多かったのだ。

 しかし、その情報を提供することはなかった。一般人に提供して良いものではなかったからだ。だが、エリスたちには教えてくれた。

 炎が強まったことで油断したビトレイは、隙をつかれてウェイバーに捕らえられた。そして、ビトレイはそのままウェイバーの部下に引き渡され、クロイズ王国に連れて行かれたと。状況からして、ヴェルリオ王国で捕らえておくことが不可能だと思ったからだ。引き渡して暫くしてから、炎が弱まったため城へと様子を見にに来たウェイバーは少しでも屋上が見えないかと思い近くに残っていた家の屋根に上りながら城へと近づいた。

 すると、偶然上空から龍が落下してくるのが見えた。ウェイバーは急いで屋根の上を移動して、空中で龍を受け止めたのだ。そのまま地面へ着地したときには龍の意識はほとんどなく、怪我を見て病院へ連れて行ったのだ。

 ウェイバーの部下よりクロイズ王国へ連れて行かれたビトレイは、現在牢屋の中で過ごしている。ルイットから馬車で戻ってきたアレースたちを見て、ルーズの死体を見られたことを知り、夜中に事件を起こそうと言ったのはビトレイだったのだ。

 まだ捕らえてから日も浅く、ビトレイも多くを話さないため、刑罰がどのようになるのかは分からない。アレースとウェイバーが連絡を取り合っているようだが、まだまだ時間がかかりそうだとのことだった。

 たとえ、ビトレイが捕まり、スカジが死んでしまっても起こったことは変わらないし、どこかで事件が起こったり、何も変わらない日常を送る人たちもいる。

 龍は思う。暫くは静かで、何も事件が起こらない日々をすごしたいと。

 ビトレイに受けた傷は一度開いてしまったが、酷くなかったので跡が残ることもなく塞がった。背中の傷も、龍は確認することが出来ないが残ってはいないとのことだった。

 いつの間にか開いてしまっていた左手の傷は消えることはないが、出来れば街が元に戻るまでは何も起こらないでほしいと思うのだった。まだ人々の傷は癒えきってはいない。せめて、癒えてから。若しくは、国民には関わりのないところで何かが起こるのなら起こってほしいと思った。

 スカジは国の乗っ取りをたくらんでいた。しかし、それと同時にあの世界――龍とスカジが暮らしていた世界を支配することもたくらんでいた。それは、時空の狭間で暮らしている『ドラゴン』の姿でならばあちらの世界に行けると考えてなのだろう。実際、『黒龍』の老人はそうしてあちらの世界に行ったのだから、もしも龍が負けていたらスカジはあちらに行っていたのかもしれない。協力していたとしても同じだろう。

 そうすれば、あちらの世界にいたときの親友や施設の女性に何かがあるかもしれない。龍が死んでしまって悲しんだだろう2人がいる世界に、もしも行ってしまっていたら。スカジとビトレイを止めるために、自分が生きていれば行けるのかも分からないが、時空の狭間に何とかして行っていただろう。

 そして、そこからあちらの世界に行っていただろう。もしも行けなかったらなんて考えはない。実際、行かなかったのだからそれで良いのだ。今後も行く機会がなければ良い。そう思って龍は空を見上げた。この世界と、あちらは交わってはいけないのだ。魔法というものはあちらにはないのだから。

 小さくゆっくりと息を吐く。龍はこの先、何が待ち受けていようとも、暫くは平穏な生活をみんなが送れるようにと願わずにはいられなかった。

 街を龍とエリスが並んで歩く。鐘のを聞きながら、街の様子を見ながら。

 この日は龍がこの世界に来て、3週間近くが経った、5月38日。5月最後の日だった。









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