『黒龍』と『白龍』2







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 震える自らの手を見つめる龍だったが、『白龍』が大声を上げたために顔を空へと向けた。それは『白龍』の悲鳴だった。悲痛な叫びに、龍は目を細めた。嫌がる『白龍』に、龍はどうすることも出来なかった。助けたくてもスカジを止めることも、殺すことも出来なかったのだ。震える手は、スカジを殺すことを拒んでいた。

「残念でしたね。今ので私を殺せていれば、『白龍』を助けられたのに」

 そう言って笑うスカジを包む黒い光りは、さらに輝きをました。姿が見えていた上空の『白龍』とスカジは光りに包まれて見えなくなってしまう。そして、二つの光りは光りの柱となり、合わさり一つになってしまう。上空からスカジへ向かって伸びる一本の白い光りと、城の屋上から『白龍』へ向かって伸びる一本の黒い光り。白く光っていた『白龍』だったが、白い光りの柱はまるで黒い光りの柱を吸収しているようだった。黒い光りは屋上を離れて、白い光りへと向かって行く。徐々に白い光りは黒く染まり、一際黒く光るスカジと合わさったことにより完全に黒に染まってしまった。

 徐々に黒い光りが消えていくと、姿を現したのは体の所々から黒い瘴気を放つ『白龍』だった。だが、その姿は先程の弱々しい姿ではなかった。見た目も、先程より若くなっており、色も真っ白ではなくなっていた。

 その体は真っ白ではなく、僅かに灰色となっていたのだ。そして、開いた目の色も変わっていた。龍と同じ赤い色をしていたのだが、今は茶色になっている。それは、スカジと同じ色の目だった。

 ――『白龍』は、もう……いない。

 白い光りが消える前に龍は分かっていた。聞こえていた、苦しむ声が聞こえなくなったのだ。それによって、『白龍』の意識はスカジによって奥へと押し込まれてしまったか、消滅してしまったのだろうと理解した。

 ゆっくりと翼を羽ばたかせて、『白龍』――スカジは屋上へと降りた。重さにより、崩れるのではないかと思った龍だったが、崩れることはなかった。どうやら、罅も入ることはなかったようだ。

「これが『白龍』の力。凄いですね。魔力がとても漲る。これなら、これだけではなく、世界を手に入れることも可能だ!」

 翼を広げて、スカジは叫ぶ。生き生きとして言うスカジの言葉に答えるかのように、街を燃やしている炎の勢いが増した。これでは、悠鳥の力により押えている炎が広がる可能性がある。術者の能力が強まれば、押さえるにも力を強めなくてはいけない。しかし、悠鳥はずっと力を使っていた。そのため、すでに疲れているのだ。このままでは、悠鳥の体力がなくなり押さえていた炎がなくなってしまうだろう。

 そうなってしまったら、もっと多くの人が住む場所を失ってしまう。龍は太刀と小太刀を握る手に力を入れて、スカジへと向けた。先程彼に負わせた傷は意味がなかったのだろうか。そんなことを思いながら、震える手に力を入れて叫ぶ。

「今ここで、この炎を消せと言っても消さないんだろう?」

「当たり前ですよ! この力があれば国の乗っ取りだけではなく、世界をも手に入れることが出来るのですから!! もちろん、あの世界も!」

 先程と同じことを言うスカジは、余程『白龍』の体と力を手に入れたことが嬉しいのか笑っている。笑いが止まらないようで、声の大きさに思わず耳を塞ぎたくなる程だ。あの世界もと言うスカジに龍は頭を横に振った。そんなことは絶対にさせない。スカジを止めるというのは、この世界だけではなくあちらの世界を守ることでもあるのだ。たとえ龍が負けても、誰かがスカジを倒してくれるかもしれない。しかし、それはいつになるのか分からない。だから、ここで龍が止めなくてはいけないのだ。今、スカジを止められるのは龍しかいないのだ。

「さあ、龍さん! この国を救いたければ、炎を消したければ、私を倒してみなさい! 出来ればですけどね! ふははははは!!」

 そう言ったスカジは右手を振り上げた。刀で受け止めようと考えた龍だったが、瞬時に受け止めることは不可能だと気づいた。もし受け止めたら、刀は簡単に折れてしまうだろう。

 振り下ろされた右手を避けると、腹の傷が痛んだ気がしたが、気にしている暇はなかった。スカジは龍を潰すつもりだったようで、振り下ろされた衝撃により城の屋上に罅が入る。

 しかし、まだ『白龍』の体に慣れていないのか、スカジは次の攻撃を仕掛けてはこない。すぐに次の行動を起こすことが出来ないようだ。もしかすると、『白龍』の体が拒否反応を起こしているのかもしれない。それに、体が思い通りに動かないのは龍にも覚えがあった。召喚されたばかりの頃は、思ったように動かず人型を保つことも出来なかったのだ。行動を起こすことが出来ないスカジのその隙を龍は見逃さない。体勢を立て直すと、スカジへと向かって走り出した。狙うのは、振り下ろされた右手だ。地面を蹴ると、右手へと二本の刀を突き刺した。

 重力と龍の体重により深く刺さった刀をそのまま手前へ向かって動かすと、スカジの右手の上に立っていた龍は後ろへと向かって飛ぶ。その反動も利用して、スカジの右手の甲を斬りつけた。右手だけでも使えなくしてしまえば、警戒する攻撃が減ると考えたのだ。

 叫び声をあげてもう一度攻撃をしようと右手を振り上げたときには、龍はスカジから距離をとっていた。右手を使えなくすることは出来なかったが、怪我を負わせたことには少し満足することが出来た。刀についた血を振り払い、口元に笑みを浮かべた。

「体が動かないんだろ? すぐに慣れるようなもんじゃないんだ。時間をかけて、少しずつ慣れていくもんなんだよ」

 今の龍には分かっていた。『黒龍』になったばかりの頃は、動かずにいても疲れてしまっていた。体を動かせるようになっても、人型を保つことが出来るようになっても、今より疲労感は強かったのだ。

 『黒龍』の体に慣れるまでは、寝ても疲れがあまり取れず、動いていてもすぐに疲れてしまう。今のスカジも同じなのだろう。攻撃は右手を振り下ろしただけにも関わらず、僅かに息を切らしている。

「使える体だけあって、負担は大きいということですか……」

 血が滴る右手を見ながら言うスカジ。しかし、疲れるならすぐに決着をつけてしまえば良いと考えたのだろう。息を切らしながら、スカジは口から炎を吐き出した。まるで火炎放射器のように吐き出される炎に、龍は右側へと避ける。

 ――これが、ブレスか!!

 しかし、避けた龍に気がつくとスカジはすぐにブレスを止めて、狙いを定めてまた吐き出す。それを数度繰り返したとき、龍は地面を蹴ると翼を羽ばたかせてスカジの頭上へと飛んだ。

 狙ったのは目だ。片目だけでも潰せば、見える範囲が狭くなると考えたのだ。だが、いくら息を切らしているからといっても、上手くはいかなかった。スカジは龍が思っていた以上に、能力を使いこなすことが出来ていた。それに加え、動きが素早いのだ。それは、スカジのときの動きを受け継いでいるのだろう。重い体を思い通りに動かせなくても、首だけが動けばブレスは使えるのだ。

 刀を振り上げて、目へ突き刺す体勢をとったとき、顔を上げたスカジは口を大きく開いた。そして、龍へ向けて炎を吐き出したのだ。

「!!」

 顔の前で、刀を持つ両手をクロスさせる。それで、体を炎から守ることが出来るわけではない。しかし、龍には考えがあったのだ。このままでは、炎が直撃して体が焦げてしまう。そうなれば、命はないだろう。人型の姿でも丈夫ではあると言っても、『ドラゴン』の方が丈夫であり、攻撃力が高い。このままブレスを受けてしまえば、形も残らないだろう。そんなことは、龍も分かっていたのだ。

 それならば、思いついたことをするまでだ。上手くいくとは限らなかったが、やらないわけにはいかなかった。やらないで死ぬより、成功するかもしれないことをやった方が良い。

 炎が直撃して、攻撃をすることが出来なくなった龍にスカジは笑みを浮かべた。1分程して、炎を止めると、地面へと倒れる龍が姿を現した。しかし、スカジは目を見開いた。そこにいた龍は、何処も焦げていなかったのだ。

 しかし、その体には炎を纏っている。スカジが吐き出した赤い炎ではなく、黒い炎。それは、龍の能力だ。龍の魔力は黒い。僅かに白いのは体のすぐ近くの炎だけで、他は黒かった。

 自分の体に炎を纏わせることによって、ダメージを軽減出来ないかと考えたのだ。先程は無意識だったが、今度は意識して出現させたのだ。瞬時に、イメージすることが出来たが成功する可能性は低かった。スカジ自身の魔力の高さに、『白龍』の力が合わさったことにより、龍より力があると考えたからだ。

 しかし、まだ力を上手く使うことが出来ていないおかげなのか、龍はブレスによる怪我を一つもしていなかった。ゆっくりと起き上がると、挑発するように笑みを浮かべた。

「こいつ……!」

 スカジらしからぬ言葉に、怒りが頂点に達したのだと分かる。先程もスカジらしからぬ言葉を使ってはいたが、龍は気にすることはなかった。龍はスカジから目を離さぬまま、刀を鞘に収めた。これ以上、刀で戦うことは無理だと判断したのだ。刀で戦っていれば、いずれ折られてしまう。この刀はおりたくはなかった。初代である『黒龍』が残した刀なのだから。次の『黒龍』へも受け継ぎたいのだ。そう考え、別の方法で戦うことにしただ。

 その姿で、魔力を使うことが出来るのかも、戦うことがしっかりと出来るのかも分からない。しかし、スカジを止めるにはそれしかないのだ。そう思い、スカジを強く睨みつけると、龍は獣型へと姿を変えた。そう、『黒龍』に。

「『ドラゴン』同士で戦うんですね。良いでしょう。私の方が、貴方より強いと証明してさしあげましょう!」

 僅かに口から漏れている赤い炎。勝てると自信があるのか、笑みすら浮かべているが、目は笑っていない。どうやら、先程の怒りは収まっていないようだ。

 炎を吐き出すスカジに、龍も負けじと炎を吐き出す。赤い炎と、黒い炎がぶつかり合う。両者とも負けじと互角ではあったが、僅かに龍がスカジを押す。

 押されていることに気がついたスカジだったが、止めることはなかった。たとえ押されていても、龍には負けるはずがないと自信があったのだ。

 龍よりも魔力が高く、力も体力もあると思っていたのだ。たとえ、今の自分がすでに息を切らしているとしても。どちらかが負けるのは時間の問題だった。

 息を切らしているスカジだったが、それに対して龍は、魔法をまともに使ったことがない。炎は今日はじめて使ったのだ。いつ、突然炎が出なくなるのかも分からない。もし自分の意思で炎を止めてしまったら、スカジの攻撃が当たってしまう。それだけは、嫌だった。

 ただでさえ、龍は怪我をしているのだ。傷口が開くことによって、動くにも痛みだしてスカジと戦うとしても、大きく動くことが出来なくなってしまうだろう。それだけは避けなくてはいけない。しかし、今の姿でも僅かな痛みはあるのに、スカジは先程受けた傷の痛みは無いのだろうか。『白龍』の体からは血が滴ってもいない。

 龍は口から吐き出す炎の威力を、更に強くする。頭の中でイメージをしながら、スカジから目を離すことはない。スカジは辛そうに顔を歪める。すると、スカジが吐き出していた炎が突然消えてしまう。まさか炎を止めるとは龍は思っていなかった。

 そのため龍は驚いたが、スカジ本人も驚いていた。どうやら自分の意思で止めたわけではないようだ。避けることも出来ずに、龍の黒い炎がスカジへと向かってくる。顔を横へと向けるが、それで攻撃を回避出来るわけではない。本当は体ごと避けたかったのだろうが、『黒龍』の体と同じで『白龍』の体は重い。思ったように動けなくて当たり前なのだ。ただでさえ、しっかりと体が慣れていないのだから思ったように動けはしないのだ。

 黒い炎がスカジの体を包み込んだ。暫く耐えていたスカジだったが、翼を大きく広げると羽ばたいた。羽ばたきにより巻き起こる風。舞い上がる石や砂により、龍は口を閉じて目を細めた。その羽ばたきにより、炎から逃れたスカジは上空で未だに体に纏わりついた炎を振るい落とした。

「調子に乗るなよ」

「誰が、調子に乗るか」

 自分に炎が当たったことにより、調子に乗るとでも思ったのだろう。龍は、それどころではない。次にスカジがどのような攻撃をしてくるか分からないのだ。調子に乗るどころか、警戒しかしていない。

 黙って相手の出方を伺う龍だが、スカジは何もしない。何もしないのではなく、もしかしたら出来ないのかもしれない。

 それならばと、龍は自分から攻撃をすることにした。街を焼いている炎を止めるには、自分でどうにかしなくてはいけないのだ。

 翼を広げると、力強く羽ばたいた。四本の足で地面を蹴り、上空へと飛ぶ。息を切らすスカジと、同じ目線の高さまで飛ぶと睨みつけた。

 スカジは黙ったまま、苦しそうに顔を歪めている。しかし、スカジも負けじと龍を睨みつけているだけで、何もしてはこない。やはり、腹に先程受けた傷が痛むのだろう。それだけではなく、右手からは血が滴っている。それも痛んでいるのだろう。

 お互いが睨みつけているだけでは、何も変わらない。スカジが先に動く前に、龍は攻撃をした。

 先程と同じ炎ではなく、雷の攻撃。距離があるので、頭の中に離れていても攻撃出来るものを想像する。上空の黒雲が雨雲だとは思えなかったが、魔法には関係ないだろ。龍が想像したのは落雷だ。

 上空に浮かぶ、黒雲からスカジへ向かって雷が落ちる。それは、僅かに黒い。突然のことに避けることが出来ないスカジへと落ちた雷は、音をたてながら消えた。

 たとえ息を切らしていなくても避けることは出来ないだろう。落雷より早く避けるのは、ほぼ不可能だ。

 声もなく落雷により口を開けて痺れるスカジ。龍はその隙を見逃さなかった。痺れと痛みにより、首を伸ばして上空を見上げるその首へ向かって近づくと、牙を突き立てた。

 そこが弱点だと龍は分かっていたのだ。首には一つだけ、逆鱗があるのだ。人型のときには見ることが出来ない逆鱗。逆鱗は龍の首にも存在している。そのため上空を見上げたときに、スカジの首に見えたそれへと噛みついたのだ。

 噛みつく前に、牙に雷を纏わせることを忘れなかった。痺れているといっても、いつ動くか分からないのだ。牙に雷を纏わせて噛みつくことによって、体内に雷が伝わるかもしれないと考えたのだ。

「な、にを……する!」

 そう叫んで、長い尾で龍を叩きつける。龍よりも大きい体のスカジが振った尾が当たり、痛みにより首から口を離してしまった龍へ左手の鋭い爪が振り下ろされた。

 翼を羽ばたかせて避けるが、爪が僅かに当たってしまう。だが龍はそれに気づかなかった。『マンティコア』から受けた左手の傷とビトレイから受けた腹の傷がすでに開いていたため、少しの痛みには気がつけなかったのだ。それよりも、開いた痛みの方が強かったのだ。

 ゆっくりと息を吐き、態勢を立て直すとスカジを睨みつけた。首から血を滴らせているスカジは、息も絶え絶えだった。その目は龍を見ているようで見ていない。もしかすると、龍の姿が見えていないのかもしれない。それ程弱っているのかもしれないのだ。

 しかし、スカジも黙ってやられているだけではなかった。人間であったときから使っている、街を燃やしている炎の威力を叫び声をあげて強めた。

 元々スカジの魔力は、エリスよりもある。しかし、それをずっと使っていて疲れないはずがないのだ。魔力はあっても、体力がないスカジは、もう関係なく燃やし尽くそうとしている。仲間であるはずのビトレイもこのままでは炎によって燃えてしまうだろう。

 それでも構わないのか、それとも、もう考えることが出来ないのか。

 ――これは……スカジなのか?

 『白龍』ではないことは、たしかだ。しかし、今のスカジは、本当にスカジなのかと龍は疑問に思ったのだ。たとえスカジであっても、炎の威力を強めたのは、スカジの意思とは思えなかったのだ。魔力の使い方からも、自分の意思ではないだろう。何故なら、このまま魔力を使い続けていれば――。

「スカジ! もう炎を止めろ! このままじゃ、お前は死んでしまうぞ!!」

 聞いているとは思えなかったが、龍は叫ばずにはいられなかった。病院を出る前に悠鳥に言われた言葉を思い出したのだ。ずっと魔力を使っているスカジ。たとえ魔力が高いといっても、限界が近いはずなのだ。

 もし、限界がきてしまったら、魔力がなくなってしまう。そうなれば、スカジは死んでしまう。龍はそれだけは嫌だった。どうにかして、スカジを止めたかったのだ。たとえ、炎を止めるために自分がスカジを殺してしまうことになろうとも、まだスカジを殺さずに止める方法が残っているのだ。だから、スカジが死んでしまうのは嫌だと思ったのだ。

「聞こえないのか! スカジ!!」

 もう一度声をかけると、スカジはゆっくりと龍を見た。その目は茶色ではなく赤く光っていた。先程の狂気に満ちたスカジの目とは違う恐怖を龍は感じた。

 しかし、龍に攻撃をしてくる様子はない。炎の勢いも衰える様子がない。龍へ向かって叫ぶスカジだが、その口が人の言葉を発することはなかった。きっと、力が暴走しているのだ。慣れていない体で、無理に力を使い続けたことにより完全に制御が出来なくなってしまったのだろう。

 ――もう、止める方法は……一つしかない。

 それは確信だった。今のスカジには何を言っても意味がないだろう。現に、言葉が返ってこないのだから。本当に覚悟を決めるしかないのだ。震えそうになる体を押え、真っ直ぐスカジを見る。

 『黒龍』の力を利用して、国の乗っ取りを考えていたスカジ。しかし、龍という存在によって『黒龍』になることは出来なかった。それでも強力な力を持つ『ドラゴン』の力は必要だったのだ。

 残されたのは『黒龍』の対である弱った『白龍』。だが『白龍』は、『黒龍』よりも邪な心を持つものに弱いのだ。邪な心を持つ者と長くいることによって、『白龍』は力を制御出来ずに暴走させてしまうのだ。

 龍はそのことを知らない。だが、邪な心を持つ者に弱いことには気がついていた。今の状況も、それが関係していることは分かっていた。

 ときどき動きを止めるのは、限界だったからなのか。それとも、内側から『白龍』が止めようとしていたからなのか。

 スカジは龍を見ることもなく叫び声をあげると、真下にある屋上が炎に包まれた。それだけではない。悠鳥によって、食い止められていた炎もいつの間にか広がっていたのだ。

 悠鳥にも限界が来たのだろう。自分で食い止めていた炎を消したのか、それとも強められた炎によって消されてしまったのかは分からない。

「止める方法は……ただ一つだ!!」

 これ以上は炎を広げてはいけない。空へ向けて叫び続けるスカジへ向かっていく龍の狙いはただ一つ。逆鱗だ。先程噛みついたことにより、それは出血もしており脆くなっているのだ。

 もう一度同じ場所に牙を突き立てれば、それが取れる可能性が高い。取れてしまえば、その下には最大の弱点がある。

 先程と同じように牙に雷を纏わせると、口から火炎弾を飛ばしてくるスカジの攻撃を避けて力強く牙を突き立てた。

 痛みにより悲鳴をあげ、翼を羽ばたかせてさらに飛び上がる。龍を離そうと暴れるが、振り落とされないように前足でスカジに掴まる。爪を立てて掴まる龍を振り落とそうと、スカジは城の上を何度も旋回する。

 叫び声をあげながら振り落とそうとするスカジは、どうにかして龍に攻撃を当てようとする。そうすれば、龍を自分から離すことが出来ると考えたのだろう。炎を体に纏わせて飛ぶが、それでも龍は首から口を離すことはしなかった。だがスカジは炎だけではなく雷も纏うと、噛みついていた龍の口の中へとそれが流れ出す。

 噛みついていた龍は、今は雷を纏ってはいない。振り落とされないようにすることに必死だったのだ。魔法を使っている暇はなかったのだ。

 口の中へ流れてきた雷によって、龍は痛みから口を離してしまった。しかし、それだけではなかった。離したことにより、スカジの数個の鱗と共に逆鱗が剥がれ落ちたのだ。

 そのことに龍は気がついた。離れたことにより炎が当たるようになった龍へと炎を吐き出すスカジ。そのの攻撃を、空中で人型になることにより龍は避けた。体格差により頭上を通り過ぎる炎に見向きもせずに、龍は太刀と小太刀を抜いて羽ばたいた。

 狙うのは同じく首。しかし、今はそこに逆鱗がない。刀を突き立てることが簡単に出来る。だが、避けられたことに気がついたスカジはすぐに龍へと顔を向けた。その口からは炎が溢れ出ている。

 ――このままじゃ!

 もし、スカジが口を開いて炎を吐き出してしまったら直撃してしまう。避けるか避けないかを考えた龍だったが、せっかくのチャンスを逃したくないと、翼を羽ばたかせて加速した。

 そしてスカジは、何故か突然空を見上げた。炎を吐き出さなかったことに驚いた龍だったが、晒された逆鱗がない首へと二本の刀を突き刺した。

 深々と刺さる刀に悲鳴を上げ、落下するスカジ。龍は周りを見回し、炎が威力を弱めたと分かると体から力を抜いた。

 限界だったのだ。ビトレイから受けた傷からも血が流れ出しており、これ以上は体力の限界だった。城の屋上へ落ちるスカジを視界の端にとらえながら、龍は地面へと落下していく。屋上へと落ちたスカジが、口に笑みを浮かべていたように見えた。僅かに開かれた目の色は赤ではなく、茶色に戻っていた。

 攻撃をしなかったのはスカジの意思だったのか、それとも『白龍』の意思だったのかと思いながら、龍は地面へ落下していく。スカジが落ちた屋上の罅は広がってはいたが、そのまま崩れて落下することはなかった。

「お前のいた会社……あれから1か月もしないでなくなったんだ……」

 スカジに聞こえているかも分からなかったが、龍は今出来るだけの力を振り絞って伝えようと思っていたことを呟いた。地面へと落下していく体を止めることも出来ない。それだけの体力も残っていなかったのだ。しかし、地面へ落下する前に龍は空中で誰かに受け止められた。

 顔を見て誰なのかを確認しようとするが、閉じかけた瞼を持ち上げることは出来ない。黒い頭が見えた気がして、龍を受け止めた人物が地面へと下りたことが感じられた。

「お疲れさん」

 その声に返事をすることは出来ずに、龍はそのまま深い眠りへと落ちていった。

 その日、龍は夢を見ることはなかった。しかし、暗い空間の中で『黒龍』の老人の声が聞こえた。姿は見えず声だけだった。

「対となる、『白龍』のことは任せたぞ」

 聞こえたのはその言葉だけだった。今まで『黒龍』の老人は、転生をすることもなく龍の中で様子を伺っていたのだ。しかしその言葉を最後に、もう二度と姿を現すことも、声を聞くこともなくなったのだった。

 ヴェルオウルにぽつりと雨が降りはじめる。雨粒はゆっくりと数を増やしていき、まるで滝のような雨となった。その雨は3時間降り続けて、燻っていた火を完全に消してしまった。










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