情報屋と情報8





 現在、時刻は2時。2人は少々遅い昼食をとっていた。アレースおすすめのこの店は混雑していたが、すぐに座ることができた。料理の全てはアレースが頼んだものだったが、どれも美味しく、美味しそうに食べる龍を見ていたアレースは微笑んだ。正直、食べている様子を見られているため龍は食べづらいと思っているようだ。

 ――それにしても、俺が黒いからなのか、結構な人が見てくるよな。

 龍が気づかれないように周りを見ると、必ず誰かが龍達を見ていた。目が合うと視線を逸らすが、見ていない時は視線が痛いようだ。その視線にアレースは気づいていないのか、龍に料理のことを聞いてきた。

「美味いだろ?」

「ええ。アレースさんは、ここによく来るんですか?」

「呼び捨てでいいし、敬語じゃなくてもいい。まあ、来たいけどあまり来れないから、たまにな」

 ケーキを食べながら言うアレースに、龍は最後の一口を食べ終えて箸を置いた。甘いものが好きなのか、アレースはここへ来てから甘いものしか食べていない。

 周りの席を見れば、座っているのはカップルばかりだ。龍が食べたのはランチメニューだったが、座っている人の多くは甘いものを食べている。カップルだけではなく、親子で来てる人はいたが男性同士で来ている人はいない。1人で来ている人がいても女性だけだった。

 ――ここって、デートで来る場所なんじゃないのか!?

 目の前でケーキを美味しそうに食べているアレースには言えないのだろう。アレースは見られていることに気づいていないようで、この店は男性同士や男性だけで来る場所ではないとは言えなかったのだ。

 それにアレースは時々であろうとここへ来るのだ。言ってしまえば、ここへは訪れなくなってしまうかもしれない。おすすめというのだから、この店を気に入っているのだろう。そんな店に来れなくなるのは可哀想である。

「ここへは1人で来るのか?」

「1人だな。前に友人を誘ったが、何故だか嫌がられてな」

「それって、男の友人?」

「ああ」

 当たり前だろうと言いたげな顔をして、アレースは最後の一口を食べた。フォークを置いて、テーブルの上に伏せて置いてあった会計伝票を手に取る。

 そこで気づく。龍はお金を持っていない。それだけではない。この世界でのお金の価値感すらわからないのだ。何故、家を出る前に気がつかなかったのだろうか。

 どうするかを考えている龍を気にすることもなく、アレースは会計へと向かった。龍は急いであとを追いかけたが、すでにアレースは会計をすませていた。

 財布を仕舞うアレースに、龍は何かを言おうとしたが、レジの前で立ち止まったままなのは迷惑だからと、アレースに腕を掴まれ店の外へと出て行く。

「お金は気にするな。持ってないだろうと思っていたしな」

「いや、だけど……」

「そんなに気になるなら……あ、そうだ。今度仕事をやる。それでいいだろ?」

 仕事をやると言われても、アレースにそんなことができるのか龍は疑問に思ったようだが頷いた。たとえ今、請求されても払うことはできないのだ。

 仕事をあげるから、自分で稼いでお金を返しに来いという意味だと思ったようだ。帰ってからエリスにお金をもらい、アレースに渡すことは簡単だ。しかし、今回エリスは一緒に行動していない。返すのなら自分で稼いでだろう。

 魔物が働ける場所があるのか疑問だが、アレースの言葉を信じるしかない。アレースは嘘をつかないと龍は思ったのだ。

「さて、話を聞いて回ったが、スカジは本当に戻ってきていたみたいだな」

 それはアレースのおすすめである店に向かいながら、歩いている人に聞いてわかったことだった。知らない人もいたが、数人はスカジが戻って来ていたことを知っていた。

「国王達が出発して間もなく戻ってきたって言ってたな。でも、それって本当なのか? あそこに行くまでに時間がかかるんだ。戻るのも同じだろ?」

 ヴェルオウルの中心から歩きでは2時間はかかる。馬であれば30分もあればつくことができる。

 しかし、スカジの移動手段がわからないのだ。歩きでないことはたしかなのだが、どこかで馬を借りたのか。借りたとすればどこで。国境付近には乗ってきたであろう馬はいなかった。

 戻る途中で借りたのだろうか。そうだとしたら、どこへ返したというのだろうか。それに、近くに馬を借りることのできる場所はあったのか。

 魔物を召喚して街までつれてきてもらったとしても、誰もその姿を見ていない。だから、その可能性は低いと言える。決してないとは言えないが。

「……まあ、馬を貸してくれる場所は数ヶ所ある。あとで聞いてみるさ」

 アレースの様子から、場所はここから遠いようだ。近くであれば、今行こうと言うだろう。言わないのであれば、一番近くてもすぐに行けるような場所にはないということだろう。

 何かを考えていたアレースは、少し個人的な買い物を手伝ってほしいと龍へ言った。情報収集はもうすんだのだろうか。それとも、本当は買い物に行きたかったのかもしれない。このあと龍に予定などはない。それに、手伝わずにここから帰るとしても龍は道に迷うだろう。だから、龍は一度頷いた。

 空を飛べるようになったので、飛んで帰るとしても帰るべき家がわからないので迷う。それなら買い物を手伝うのがいい。迷わずに帰れる自信が龍には無いため、買い物を手伝い送り届けてもらうしかないのだ。

 この街にはどんな人がいるのか。それに、様々な建物や店を見ることができる。それは、『黒龍』の姿のままではできなかったことだ。人型になっても角や翼があるので見られたり、陰口をたたかれることには変わりないが。

 歩き出したアレースの横に並んで龍は周りを見渡す。刀や翼が人にぶつからないように気をつけるが、近くを歩く物好きはいないため、ぶつける心配はない。

 通りすぎる店の紹介をアレースがしてくれ、気になるお店には一緒に入る。アレースは気にしていないが、店員は龍を見て嫌な顔をするのですぐに出てしまう。

 何度かそれを繰り返す。中には気にしないお店もあったが、客が気にするのでゆっくり見ることもせずに出てくるのだ。龍はあまりお店の人にも客にも、そしてアレースにも迷惑をかけたくはなかったのだ。龍は横にいるアレースに気づかれないように溜息を吐いた。

 すると、横を歩いていたアレースが立ち止まった。溜息を吐いたことに気がついたのかと思ったが、そうではなかったようだ。黙って前を見ているので、龍も前を見た。

 そこには刀を持った3人の男性がいた。目が据わっている男性達は、口元に笑みを浮かべている。周りを歩いていた人達が、男性達に気がついて悲鳴を上げて逃げていく。

 遠くから様子を見ている者はいるが、男性達の近くには龍とアレースだけが残った。逃げようと思えばいつでも逃げられたが、アレースが動かなかったので龍も動かずに様子を見ていた。

 何が目的かはわからないが、男性達は言葉にならない叫びを上げて2人へ向かっていく。どうやらアレースは男性達と戦おうとしたようだったが、エリスの言葉を思い出した龍はアレースよりも先に行動した。

「これ持ってろ」

「え? うわあ!!」

 右手に持っていた大太刀をアレースへと投げ渡した。右側にいたので、投げすぎないように軽く投げたのだが、アレースの悲鳴が聞こえた。

 しかし、龍に気にしている暇はない。正面には向かってくる男性達がいるのだ。左腰に差している二本の刀の柄に手をかけた。アレースの前に出て、刀を振り下ろす男性達を龍は見た。右の男性の刀を太刀で受け止め、左の男性の刀を小太刀で受け止める。さらに、正面から向かってくる男性の刀は頭を下げて角で受け止める。

 離れて見ている人達から感嘆の声が聞こえてくるが、龍の耳には入っていないようだ。周りよりも、男性達に集中しているからだ。男性達は両手で刀を握っているが、龍は片手。力の入り方が違う。

 だが、龍は人間ではなく『黒龍』なのだ。雄叫びをあげて刀を握る両手に力を入れると、左右にいた男性の刀を弾き飛ばした。反撃の隙を与えずに、刀の峰で相手の腹部へと攻撃をする。怪我をしないようにと手加減をしたようだが、男性達は痛みに蹲ってしまった。

 残った男性は一瞬で起こった出来事に驚いていた。男性が動く前に刀を角で受け止めたまま、右足で男性の腹部へと蹴りを入れる。するとその場で蹲り、小さくうめき声を漏らす。男性が刀から手を離したため、蹲る男性の前の地面に刀が刺さる。男性に刀が刺さらなかったことに、龍は安堵の息を吐いたようだった。

 手加減をしたが、痛みで動くことができない様子の男性達を見て、龍は一度落ち着くために息をゆっくりと吐いてアレースを振り返った。だがアレースは、龍が予想していなかった状態になっていたようだ。

「……大丈夫か?」

「た……たぶんな」

 彼は龍の大太刀を抱えて、地面に仰向けになり倒れていた。男性達は逃げないだろうと思い、龍は太刀と小太刀を鞘へ収めると、右手で大太刀を手に取り、左手でアレースを助け起こした。

 ――こんなにも軽い大太刀に、どうしてアレースは倒れたんだ?

 龍は首を傾げる。服の汚れを払い落とすアレースに、怪我はないか確認をする。見た目からは怪我をしているようには見えない。だが、見えない場所に怪我をしている可能性もある。

 蹲る男性達へ近づいていく様子からしても、怪我をしているようには見えない。龍は安堵の息をアレースに気づかれないように吐いた。アレースに怪我をさせないようにと守ったのに、自分が怪我をさせていたらどうしようと思ったのだろう。男性達を見下ろして何かを考えるアレースに、龍は話しかけずに黙って見ていた。

 あまり近づきすぎると、男性達が抵抗してくる可能性もある。それ以上近づくのであればアレースを止めなければいけない。すぐに動けるようにと龍はアレースのそばを離れはしなかった。

 暫くすると、前方から多くの足音が近づいてきた。その正体は自警団だった。誰かが先ほどの騒ぎを聞きつけて、呼びに行ったのだろう。周りが巻き込まれる可能性もあり、男性達は武器を使って向かってきたのだ。自警団を呼びに行くのは当たり前だろう。たとえ、呼びに行って騒ぎに間に合わなくとも。

 白美の話を聞いていた龍だったが、自警団とは今はじめて会ったのだ。使い魔となっていても、主であるエリスがいない。それに騒ぎを起こしたのだ。龍からではないが、騒ぎには関わっている。

 自警団から見れば2人が騒ぎを起こし、蹲っている男性達が被害者のように見えているかもしれない。正直、これはまずい状況である。

 だが、自警団は2人を見ると目を見開いた。龍を見て驚いたのか、アレースを見ての反応だったのかはわからない。だが、一度軽く頭を下げたように見えた。どちらに頭を下げたのかはわからないが、龍には下げていないだろう。

 もしアレースに頭を下げたのだとしたら、その理由は何なのだろうか。今の龍にはそれがわかるはずもなかった。

「騒いでいたのはこちらの3人ですね」

「ああ、そうだ」

「お怪我はないですか?」

 3人の男性が他の自警団員に腕を後ろで縛られ、連行されていく様子を見てアレースに尋ねる。この男性は自警団のリーダーなのだろう。

 龍には見向きもせず、アレースを心配している。丁寧な言葉遣いなのは普段からなのか。それとも、別の理由があるのか。

「怪我はない。龍が守ってくれたからな」

 そう言って龍を見たアレース。男性も一度じっくりと龍の頭のてっぺんから足の先までを見る。一目見て、二本の角と翼があるとわかる。人間ではなく、魔物だと誰が見てもわかるだろう。じっくり見る必要はあるのだろうか。

「それと、調べてもらいたいことと、質問があるんだけどいいか?」

 男性が何かを言う前にアレースが尋ねる。すると、口を開こうとしていた男性がアレースへと向き直った。男性は龍に何を言おうとしたのだろうか。

 調べてもらいたいことは何か、質問とは何かを聞くために真っ直ぐアレースを見つめる。

「あの男達の様子がおかしかった。操られている可能性がある。気つけ薬を嗅がせてみてくれ」

「わかりました」

 連行される男性達は大人しい。刀を持って向かってきたとは思えないほどに。余程龍の攻撃が痛かったのかもしれない。

 龍が弾き飛ばした二本の刀は、離れて様子を伺っていた人達の近くの地面に刺さっていた。その刀の回収も忘れない。目の前に刺さったままの刀を、1人の自警団員が回収する。

 その人物が先に男性達をつれて戻ることを告げると頭を下げ、他のメンバーと共に来た道を戻って行く。

「それで、質問とは?」

 咳払いをして、男性はアレースに向き直り尋ねた。調べてほしいことは3人の男性達が操られていないか。もし、操られていなければ、何故攻撃してきたのかを聞き出すこと。

 操られていたのなら、いつどこで誰に操られたのかを聞き出せればいい。だが、それは不可能だろうと何も言わずに3人は思っていたのだ。そして、質問は。

「2日前、国王達が国境へ向かって間もなくスカジが戻ってきたらしい。残っていた自警団の誰か、姿を見た人はいないか?」

「いいえ、聞いていません。他の者からも聞いておりませんが……戻ったら聞いてみますが、いい返答は返ってこないでしょう」

 他に質問がないことを確かめ、ないとわかると男性は頭を下げて立ち去って行った。一度龍を見たが、睨みつけることもせず見ただけだった。やはり、何かを言おうとしたが何も言うことはなかった。

 立ち去る自警団を黙って見ていた2人だったが、アレースが龍へと向き直り口を開いた。

「助かったよ。お前は、剣術を習っていたのか?」

 先ほど男性3人から守ってくれたことに礼を言い、剣術を習っていたのかと聞かれたが龍は黙るしかなかった。

 覚えてはいないが、習ったことはないと思ったのだ。刀を持った時に懐かしいとも感じなかった。記憶がなくとも、武術や剣術は体が覚えているものだ。

 そこで龍は刀を使うことができた理由に思い至った。龍の体は元々『黒龍』の体なのだ。本当の体はエリスに呼ばれる前に死んでしまったのだ。

 魂となった龍に『黒龍』の老人は、自分の体を与えたのだ。歴代の『黒龍』が使っていたという刀と、『黒龍』の体。魂は変わってしまったが、体は覚えているのだ。

「俺は習っていない。だけど、この体は元々悠鳥が会いに行った『黒龍』の体だからな。人型の時に刀を使っていたようなことを言っていたから、体が覚えていたんだろう」

「そういえば、お前はエリスが異世界から召喚したとか言ってたな」

 ――言っていただろうか?

 アレースがいた時に、龍はそのことを話した覚えはなかった。しかし、眠っていた間に話したのかもしれないと思い、気にすることはなかった。

 体が覚えてるのであれば、戦うことができる。ただ体は覚えてるといっても、ついていけるのか。

 ――体力は大丈夫なのか?

 龍は気になることが増えてしまったようだ。そして、龍は先ほどのアレースを思い出していた。それは、大太刀を抱えて倒れていた姿。何故倒れていたのかは、今聞かないと教えてくれないと思ったのだろう。歩き出した龍はアレースの背中へと問いかけた。

「なんでさっき倒れていたんだ?」

「ん? ああ。だって、その刀重いだろ」

「重い?」

 刀を持っているが、龍には重く感じないようだ。だが、着替えて刀を差す時に手伝ってくれた黒麒も言っていたのだ。大太刀は持たなかったが、太刀と小太刀を持って「見た目以上に重いですね」と。それだけだはなく、持つことが大変そうだったのだ。

 アレースには持ち上げることすらできないほど重く感じたのかもしれない。それなら悠鳥はどうだっただろうか。少し重そうにはしていたが、黒麒ほどではなかったような気がする。それは、一度貰ったものだからなのだろうか。

 ただ、歴代の『黒龍』が使っていたこの三本の刀。龍にとって重くないのは、そこが関係しているのだろう。

 ――そのうち悠鳥に聞いてみるか。

 そう思いながら龍は、アレースの左へと並び歩く。

「俺は重く感じないが、何故かはわからないから、悠鳥に今度聞いてみる」

「それがいいな。また投げ渡されても困る。今度は受け取らずに避ける自信があるぞ」

 笑いながら言うアレースに、機嫌は悪くなさそうで龍は安心したようだった。刀を渡され、受け取ったのに潰されたのだから文句の一つでもありそうなものだ。今までのアレースであったならば、激怒していたかもしれない。

 エリスを助けただけで、これほどまでに変わってしまったアレースに、龍は裏があるのではと思ったようだ。それと同時に、これが本当のアレースなのだろうとも。誰にでも優しい存在。魔物が嫌いということを抜きにしてしまえば、どんな者にも優しくなれる。それが、アレースなのだろう。

「ここに来たかったんだ」

 突然立ち止まったアレースに、龍は数歩進んだところで立ち止まった。男性3人が現れたことにより、個人的な買い物を手伝ってくれと言われていたことを忘れていたのだ。

 お店を見るとそこは本屋だった。文字を見ずとも、店内を見ればわかる。ずらりと並んだ本棚には多くの本が入っている。

 店内へと入っていくアレースに続いた龍だったが、入ってから先ほどの店のように嫌がられるのではと思ったのか立ち止まる。

 出入り口の会計には1人の男性が椅子に座り本を読んでいた。50代であろう男性は、強面の顔をしていた。何かを言われるのでは、と龍の顔は強張る。

「どうも、こんにちは」

 しかし、アレースは気にすることなく男性へ声をかけた。本から顔を上げると、2人を見て目を見開く。2人というより龍を見てだろう。

 椅子から立ち上がり、龍の前へ歩いてくると両手で龍の二本の角を掴んだ。一瞬、龍は角が折られるのではないかと思ったようだ。

「本物か? 本物なのか? すごいな……」

 目を輝かせる男性は顔に似合わず、まるで子供のようだった。突然のことにどうしたらいいのかわからず、龍はアレースへと助けを求めたが、彼はそこにはいなかった。どうやら目的の本を探しに行ったようだ。

 男性に角を触られているため動くこともできずに、龍はされるがままになるしかなかった。折りたたまれた翼にも触れ、広げる。場所が狭いので全ては広げることができない。しかし、男性はそれでも満足したようだ。

 翼に触られてくすぐったかったが我慢する。何かを小さく呟いて、龍の周りを何度か歩くと前で立ち止まった。そして、両肩を強めに叩いた。

 ――痛い。この人力強いな。

 そう思っても龍は口に出さなかった。目を輝かせて子供のような顔をしていても、顔が怖いのだ。もし言ったら、突然怒り出して殴ってくるかもしれない。

 男性のことを知らないので、そう思っても仕方ない。助けを求めたくても、そんな人は誰もいない。いたとしても、龍を見たら逃げて行くだろう。もう一度強めに龍の両肩が叩かれる。

「お前、本物の魔物か」

「え、ええ。そうですけど……」

 あれほど触って、もしも魔物ではなかったらどうするのだろうか。やはり怒るのか。

「ビブリオさん。それ以上、彼を困らせないでいただけますか?」

「おう。そうだな」

 数冊の本を持って戻ってきたアレースに言われて、ビブリオと呼ばれた男性は漸く龍から離れた。本の会計をするために、元の場所に戻って行く。

 ビブリオは置かれた本の値段を見て計算していく。その間に龍はそばに見える本へと視線をずらした。文字は少し読めるようになったが、全ては読めない。

 だが、一冊気になる本を見つけた龍はそれを手に取った。それは魔法について書かれている本だった。今は魔法が使えない龍にとって、魔法は魅力的だった。

「それ、気になるのか?」

「え? まあな」

 いつの間にか横へ来ていたアレースが本を見て問いかけた。気になるというよりは、この本を読めば魔法が使えるのだろうかと思ったのだろう。

 黙って本を見ている龍の手からアレースは本を取り、カウンターへと置いてしまう。そして、それも計算し会計へと進んでいく。

 龍が慌てて止めようとするが、すでに遅く会計は終わってしまっていた。一冊だけ別の袋に入れ、ビブリオは龍へと渡す。それを受け取り、龍はアレースへと礼を言う。

 昼食だけではなく、本代まで払ってもらったのだ。よくしてくれるアレースの気持ちは嬉しいが、お金を出してもらってばかりで申し訳ないのだろう。

 それでも、本を受け取った龍は嬉しそうだった。嬉しそうにしている龍を見ながら、アレースは紙を取り出しビブリオに3人について尋ねた。

 この本屋は古い本が多く、スカジならよく来るのではないかと思ったのだろう。情報収集が目的でもあったので、本を買ったついでに尋ねる。しかし、ここへスカジが来たことは一度もないそうだ。他の2人のこともわからず、2日前も店にいたためビブリオはスカジを見ていなかった。

 情報は入手できなかったが、欲しい本を見つけたアレースは紙を持って礼を言うと出入口の扉を開けた。アレースの後ろに続く龍に、ビブリオが声をかける。

「兄ちゃん、また来いよ。俺はこれでも魔物好きでね。魔物と話したのはあんたがはじめてだよ。50数年生きてるけど、こんなに嬉しいことはないね。俺はビブリオっていうんだ」

「俺は龍。また、立ち寄らせていただきます」

 龍はビブリオに頭を下げて店から出る。店の前では先に出ていたアレースが待っていた。扉を閉めて2人が歩こうとした時、走ってきた人とアレースがぶつかり、アレースは持っていた紙を落としてしまう。

「ごめんなさい!」

 ぶつかってしまい、すぐに謝る男性はアレースが落とした紙を拾った。落とした時に開いた紙を見て目を見開いたように龍には見えたが、男性は先ほどと変わらず申し訳なさそうに謝りながら紙を渡した。

「急いでいたんだろう。こちらも邪魔をして悪かった。気をつけろよ」

「本当にごめんなさい」

 深くお辞儀をすると、男性はまた走り出した。余程急いでいるのだろう。今度は人にぶつからないよう気をつけながら姿を消した。

 龍の横で紙を仕舞い、一応財布の中身があることを確認したアレースは歩き出した。もしかするとスリかもしれないと考えたのだろう。

「そろそろ戻るか。これ以上は情報も集まらないし、人も多くなってきた」

 アレースの言う通り、人が多い。これから夕食の買い物なのか主婦が多い。本を持っての移動だと、人が多いと他の人にも迷惑がかかる。そう考えて、2人は帰路へとつくことにした。

 本を持つかと問う龍にアレースは首を横に振り断る。龍は右手に大太刀。左手には本が入った袋を持っているのだ。二冊入った袋を持ち帰ることにアレースは慣れていた。

 今度はどこの店に行ってみたい。また2人であの本屋へ行こう。などと話していると、気がつけば家を出て間もなく見えた景色が見えてきた。もう少しで家につけると安心した時だった。龍は刺すような視線を感じて、時計回りに体半分で後ろを振り返った。

 全身で後ろを見ると、左に差している刀や翼が歩いていたアレースにあったってしまうために、体半分だけで止まったのだ。

 今は感じないが、先ほど感じた刺す様な視線は以前にも感じたものだ。国王が誰かに龍を調べてもらっていたとしても、刺すような視線は感じないだろう。そのことを今の龍はわかっていた。

 警戒している龍にアレースも振り返る。すると、アレースの目に1人の男が入ってきた。他にも多くの人がいるのに目立つ男性。その人物はアレースに気がつくと近づいてきた。

「これはこれは、こんにちは。久しぶりですね、龍さん」

 ――え……。

 アレースに挨拶をする男性は、スカジ・オスクリタだ。黒いローブを着ているため、人が多くても目立つ。どうやらスカジとアレースは知り合いのようで、これから出かけると言うスカジと短い会話をしている。

「それでは、失礼します」

 そう言って立ち去るスカジ。彼はこれから、昔から仲のいい友人と会うのだそうだ。その友人がどんな人なのか気にならないでもない龍だったが、聞くことはしなかった。

 スカジの後ろ姿を何も言わず見つめる龍に、アレースはどうかしたのかと声をかけた。まるで睨みつけるようにスカジを見ている龍は、彼から視線を逸らすことなく答えた。

「俺はあいつに、この姿を見られたことがない。それなのに、一目で俺とわかった。……どうしてだ?」

「……見られたことないのか?」

「ああ。この姿を保てなかったからな。人型で街の近くへは行ったが、スカジには見られていないはずだ」

 あの場所にスカジはいなかったはずだ。それなのに彼は、龍だと一目でわかった。それは、何故か。

 龍は疑問に思い、考えているとアレースはスカジが立ち去った方向を見て口を開いた。

「もう、1人で帰れるな」

「ああ。すぐそこだからな」

「そうか。それならよかった。……急用ができたから俺は行くな」

 1人で大丈夫かと尋ねようとした龍だったが、尋ねる前にアレースは走り去ってしまった。

 向かったのはスカジが去って行った方向。残された龍は立ち去ったアレースを見ていたが、1人になった途端に陰口を叩く人が増えたように聞こえたため周りを見た。

 目が合った人達は早足で立ち去って行く。このまま立ち止まっていると他の人に迷惑がかかるだろうと判断した龍は、家へと向かって歩き出した。

 たとえ1人で出かけることになっても、無事に家へと帰れるようにならなければいけない。そのためには、あと数度誰かと出かけて道を覚えなくてはいけないだろう。

 スカジを追うように走り去ったアレースが心配になった龍は、たどり着いた家の前で立ち止まった。しかし、今追いかけても追いつくことはできない。それだけではなく、きっと帰ることもできないだろう。

 扉に手をかけると鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。どうやらエリス達は帰っているようだ。扉を閉めて、リビングへと向かう。中へ入ると、黒麒とユキとリシャーナ以外がいた。

 エリスが姿が見えないアレースのことを尋ねる。龍は急用で帰ったことを告げた。そして、昼食や本を買ってくれたことを話すとエリスは驚いたようだったが、微笑んで言った。

「よかったじゃない。アレースと仲よくなれて」

「まあな」

 3人の男性に襲われたので刀を使ったことも話すと、悠鳥は刀について説明をした。龍は知りたかったので、丁度よかったと思ったようだ。

 三本の刀は初代『黒龍』が戦闘で一本の牙と数個の鱗を失ってしまい、何かに使えないかと考えて、自分でそれらを使い刀を作ったのだと言う。

 嘘か本当かはわからないが、そのため『黒龍』である者にとって刀は重くないが、他の魔物にとっては持ち歩くだけでも重くて疲れるものとなり、人間には持つことすらできない刀となったのだ。刀に認められた者にだけ持つことのできる刀。それはすなわち、悠鳥も重く感じていたということなのだろう。

「それと一つ。誰かスカジに、俺の人型のことを話したか?」

「会ってもいないし、たとえ会っていても話すわけないじゃないの。それがどうかしたの?」

 先ほどスカジに会い、人型を見て驚くこともなければ、誰かもわかっていたようだと龍が告げればエリスは目を細めた。

 以前、「彼には気をつけて」と言っていたエリスの言葉が思い出される。スカジには何かあると誰もが思ったようだが、まだ何もわかっていない。彼はどうやって国境から早く戻ってこれたのか。本当に裏切り者なのか。どうして龍の人型を知っていたのか。

 追いかけたように見えるアレースが何かを入手できればいい。しかし、それも簡単ではないだろう。

 龍は街であったことを話し終わると、自分の部屋となった眠っていた部屋へと向かった。隣の黒麒の部屋は静かで、ユキと眠っているのだろうと音をたてずに部屋へと入る。

 持っていた袋を机の上に置き、大太刀と外した二本の刀を机に立てかけてベッドに座る。

 ロングブーツを脱ぐとベッドに俯せになり力を抜いた。はじめて人型で街に出歩き、疲れた龍は夕食まで眠るために目を閉じた。

 疲れていたのか、すぐに眠ってしまう。

 白美に飛び乗られて起こされるまで、龍は夢を見ることもなく眠っていた。ゆっくりと起き上がり、ベッドから下りて暗い部屋のカーテンを閉めると、白美と共にリビングへ向かった。

 そこにはすでに全員が揃っており、それぞれがすでに夕食を食べていた。全員が揃ってから食べるという考えはないようだ。

 今日の夕食はリシャーナの希望通り魚。様々な魚が揃っている魚尽くしの夕食に龍は驚いたが、リシャーナはとても嬉しそうだった。

 用意されているテーブルには二つ手をつけていない夕食が置かれている。一つは明らかに量が多いため白美の分だろう。そして、向かい合うように置かれたもう一つの夕飯。それが龍の分だ。龍はソファーに座ると手を合わせた。よくわからない種類の焼き魚を一口食べると「美味しい」と呟いた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る