情報屋と情報7





 衣装部屋へと姿を消した2人を見てエリスは一枚の紙を取り出した。それをアレースの前に置く。紙を見てアレースは、それが何かわかったようだった。

「情報は集まったか?」

 それはエリスが国王に頼まれた人名が書かれた紙だった。どうやらアレースも知っていたようだ。国王に頼まれていたのだろう。置かれた紙を手にとった。

 残っている名前を見て、小さく息を吐いた。手に取った紙をテーブルに置いて、同じような紙を懐から取り出し、横に並べて見比べている。自分のチェックした名前やしていない名前の確認をしているのだ。

 二つを見比べると、お互いチェックしていない名前が三つ残った。その3人の中に裏切り者がいる。もしかしたら、全員が裏切り者かもしれない。その可能性はないとは言えないのだ。アレースは何も言わず、ソファーに寄りかかり天上を見上げた。

 残った名前はビトレイ・アースト、ルーズ・カスネロア。そして、スカジ・オスクリタの3人。彼にとっては残っていてほしくない名前が残ってしまっている。彼にとってはだけではないだろう。国民にとっても残っていてはいけない名前だ。

 他の2人の情報が入手できないのは仕方ないとしても、国王専属召喚士であるスカジに関しての情報がないのはいかがなものだろうか。

 国王専属召喚士になる前は、不吉だと言われていたスカジ。彼を専属にしたのは国王だが、召喚することがあまりないから専属にしただけなのだろうか。魔物嫌いの国王にとってはいざという時だけ魔物を召喚する者は都合がよかったのだろう。それとも、他にも彼には認められる実力があったのだろうか。だから、あまり召喚しないとしても国王専属召喚士に選ばれたのだろうか。

「国王は、何故彼を専属召喚士にしたのかしらね」

「……なんでだろうな」

 彼も疑問に思っているのだろう。国王が決めたのだから、誰も文句を言わなかった。国王に口答えをすると反逆罪として見られるかもしれない。国王に何故、スカジをそばに置いているのかを尋ねるのは構わないだろう。しかし、国王から答えが聞けるのかはわからない。どちらかというと、答えは返ってこないだろう。

 テーブルに置いた紙をアレースはエリスに渡すと、自分の持ってきた紙を仕舞った。もう少し情報収集をしなければと呟き溜め息を吐く。本当に裏切り者なのか、それとも違うのかをはっきりさせなければいけない。彼のためにも、国のためにも。

 スカジだけではなく、ビトレイとルーズのことも。彼らのことも全くと言っていいほどわからないのだ。しかし、アレースは2人の情報を少しだけ入手していた。エリス達は入手することはできなかったが、アレースは情報を入手することができたようだ。アレースが持ってきた紙の2人の名前の横に書かれていた情報をエリスは見逃さなかった。書かれていたことは誰に聞いたのかはわからないが、アレースはエリス達よりも他の情報を詳しく聞いてきたようだ。エリスは自分が調べなくてもよかったのではと思ったようだったが、口にだすことはなかった。

 ビトレイは剣の腕があるが、魔法がどの程度使えたのかは不明。使えないかもしれないし、強い魔物を呼ぶことができるほどの魔力があるかもしれないのだ。

 ルーズは高度な魔法が使える。召喚術も使用でき、普段は銃を使って戦う。しかし、戦いが好きで接近戦をすることが多いので小太刀を持ち歩いている。だから、接近戦になると銃を使うことはあまりない。

 彼についてはかなりの情報を入手したが、どのような声をしているのか、姿はいつもローブで顔を隠しているため不明だった。もしかすると、ルーズは全て当てはまるかもしれないのだ。しかし、彼が裏切り者だと決めつけるのはいけない。そんな証拠もないのだから。裏切り者だと証明できる何かが無ければいけない。そうしなければ、自警団も動いてはくれないだろう。アレースは小さく息を吐いた。

 ルーズが火炎弾を使用できる可能性は高い。そして、高度な魔法が使えるということは、魔力が高いということだ。『マンティコア』を召喚することもできるかもしれない。

「あとは、スカジか……」

「あら、スカジなら国王率いる自警団が出発して間もなく戻ってきたらしいわよ。街の人が言ってたわ」

「それは、はじめて聞いたな。……ん?」

 呟きに答えたのは女性の声だった。しかし、リビングにいた人の声ではなかった。聞き覚えのあった声にアレースゆっくりと振り返る。聞き覚えはあったが、アレースにとってはあまり聞きたくのない声だったのだ。

 ゆっくりと振り返り、アレースが見たのはリシャーナだった。笑顔の彼女に、アレースは思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。それは無意識だったようだ。

 彼女が苦手なアレースは平静を装うとして失敗した。それが苦虫を噛み潰したような顔なのだ。リシャーナも無意識だということがわかっているようで、そのことについては何も言わない。無意識でしていることに何かを言っても仕方がないからだ。

「情報を提供しても、金は払わないぞ」

「いらないわよ。私が勝手に言ったんだもの。1スピルトもいらないわ」

 そう言うと先ほどまで龍が座っていた場所に座る。同時にアレースは一つ横へ移動した。少しでもリシャーナから離れていたいようだ。そのことにリシャーナは何も言わなかった。

「それで、お前は何でここに来た」

 アレースはリシャーナに顔を向けることもなく尋ねる。それに機嫌を悪くすることもなく、笑顔のままリシャーナは答えた。

「貴方達が調べてる情報の提供をエリスにしてあげたの。お金の代わりに部屋を提供してもらったの。部屋と家でかかる代金を持ってくれるってことで、ここに来たんだよ」

 珍しいことにアレースがエリスを睨みつけた。それにはエリスだけではなく白美も驚いたようだ。普段エリスを睨みつけることはない。余程リシャーナが苦手なのだろう。なんて余計な奴に聞いたのだと言いたそうな顔だ。

「貴方、さっき会った白美?」

「うん。そうだよ!」

「いつもは化けてるほうの姿でいるのね」

「え……」

 そんなアレースを気にすることなく、リシャーナは白美に話しかけた。誰も今の白美が化けている姿とは言っていない。彼女がくる前には話していたが、その前の話はいくらなんでも彼女には聞こえてはいないだろう。

 流石は情報屋ということなのだろう。秘密にしていることが全て彼女に知られているのではないだろうか。白美は、自分の今の姿が化けていると知られていたためにそう思ったようだ。

「それで、私はどこの部屋を使えばいいの?」

「そこの階段を上った左手の部屋を使って。右側2部屋は白美と私、壁側の一番左の部屋は悠鳥の部屋。それ以外ならどこでもいいわよ」

「上がった右手は?」

「黒麒達男部屋があるの。壁側2部屋は使っているわ。できれば女性が使っているほうを使って」

「それなら、悠鳥の隣を使うわ。真ん中は空けとくね」

 ソファーから立ち上がると、リシャーナはゆっくりと階段を上って行った。言った通り、リシャーナは悠鳥の隣部屋へと入って行った。

 時々エリスの様子を見に家に来るアレースだったが、リシャーナがいることで訪れる頻度が減るだろう。アレースは、できれば会いたくないと思うほどにリシャーナが苦手なのだ。

 エリスにとってはアレースが家に訪れる頻度が減るというのは喜ばしいことだった。いつも訪れる度に言っていた、黒麒以外とは契約を破棄しろと言う言葉を聞かずにすむのだから。

 だが、今のアレースは龍達への態度を変えている。もしかすると、そんなことを言わない可能性はあるのだ。何故なら、今回一度も言ってはいないのだから。魔物嫌いということは変わっていないのだからわからないが。

「俺はもう一度街で情報収集をしようと思う。あいつは苦手だが、情報は本物だろう。でも、一応確認してくる」

「そう。それなら私は早いけど夕飯を買ってくるわ」

「魚がいいな」

 2階の廊下からリビングを覗いているリシャーナが答えた。部屋に入ったはずなのに、いつの間に出てきたのだろうか。

 エリスが無言で右手を上げると、リシャーナは理解したのか部屋へと戻って行った。話が聞こえていたのか、それとも何が食べたいのかを言うために出てきたのかはわからない。

 彼女は魚類が好きなので、毎日彼女の希望を聞いていたらずっと魚になってしまう。そんなのは誰だって嫌だろう。だから、今日はリシャーナのリクエストを聞いて明日は別のものにしようとエリスは思ったようだ。

 明日は白美が好きな肉。悠鳥がメモとペンを持ってきてエリスに渡す。お礼を言ってメモをしていく。買うものを忘れないように、しっかりと書いていく。

 魚は血が出ることもあるので、ものによってはエリスが調理をする。それ以外は黒麒が調理をする。調理の途中で血を見て倒れるのは危険だ。血の量によっては耐えるのだが、耐えてまで調理をしてもらう必要はないだろう。

 気まぐれで悠鳥が調理をすることもあるが、1年に数回程度しかない。しかし、龍の朝食を準備したのは悠鳥だ。魔法で温めて、テーブルに並べるだけだったが、それでも準備をした悠鳥には珍しいことだったのだ。

 夕食は1週間分買えばいいだろう。メモを終えるとエリスはペンをテーブルに置いた。書き忘れがないかを確認する。購入予定のものがしっかりと書かれていた。

 メモを確認し終わると同時に、階段脇の部屋の扉が開かれた。その部屋は、龍と黒麒が入った衣装部屋だ。先に部屋から出てきたのは黒麒。5秒ほど遅れて出てきたのは、ベルトループに刀ベルトを固定した龍だった。

 左腕を刀の柄に置きながら出てきた龍。右手には大太刀を持っているが、それは龍の身長と然程変わらない長さをしていた。龍の靴は衣装部屋に置いてあったため、スリッパから履き替えていた。

 アレースは同じ服を10着作ったと言っていたが、以前着ていた騎士服とは異なる服だった。上着は燕尾服のようにツバメの尾と同じく長くなっていた。後ろから見るとセンターベントの燕尾服のようになっている。

 前から見ると騎士服ではあるが、以前着ていた服とは違う。アレースが同じ服で10着作ったと言っていたのは、この服だったようだ。

 たしかに以前と同じ服とは言っていなかった。だが、着心地がいいことには変わりないようだ。残りの9着は今この場にないが、後日アレースが持ってきてくれるのだろう。

「似合うじゃないか。それなら、直しも必要ないな」

「そうね。前とは違う服だけど似合っているわ」

「かっこいいわよ」

「ありがとう。……って、誰?」

 龍の知らない声が聞こえ、2階を見上げた。そこには廊下に出ていたリシャーナがいた。いつ出てきたのかもわからないが、彼女の様子に龍が出てくる前にはそこにいたようだ。

 もしかしたら、黒麒の気配を感じて出てきたのかもしれない。見上げている龍とはじめて会う彼女は、笑顔のまま自己紹介をしている。

 もしかしたら彼女は龍のことを知っているかもしれないが、龍はそれを知らない。情報屋であることも教えられていない。それどころか、今リシャーナを知ったのだから教えられていないのも当然だろう。

 自分がクウォーターであること、今日から一緒に暮らすことを聞いてエリスを見る。今日知り合った女性より、エリスに本当かどうかを尋ねたかったようだ。無言で頷いたエリスに、龍はまた2階を見上げたが、リシャーナはすでにそこにはいなかった。また部屋へと戻ったようだ。

「いない……」

「龍、これから街に情報収集に行こうと思うんだが、一緒に来てもらってもいいか?」

「俺はいいけど……エリスは?」

「私は白美と悠鳥と買い物に行くから、アレースと行ってきても大丈夫よ。何かあったらアレースを守ってね」

 強めに言うエリスに龍は頷いた。龍のことだから言われなくても、何かあれば守るだろう。何故強めに言うのかは龍にはわからなかったようだ。

 魔物嫌いのアレースに誘われるとは思っていなかった龍は、少し驚いていた。しかし、アレースを知るにも丁度いいと思ったようだ。そして、黒麒とユキはどうするのかと龍は尋ねた。

「私は病み上がりですし、また熱が出ても困るのでユキさんと部屋で寝ています」

 見た目では元気だが、熱まで出していた黒麒に無理はさせられない。荷物持ちは2人で充分のようで、寝ていると言った黒麒にユキがすり寄った。

 ユキは黒麒を階段へと押していくので、白美は2人に向かって手を振った。手を振り返す黒麒とユキが階段を上り、部屋へと入っていくまで白美は手を振り続けていた。

「それじゃあ、行きましょうか」

 そう言ってソファーから立ち上がるエリスに、全員が続く。大太刀を持っていくか考えた龍だったが、持っていれば誰かに絡まれることはないだろうと考えて持って行くことにしたようだ。太刀と小太刀を携えているだけでも、絡まれる心配はないと思うが持って行くのもいいだろう。

 リビングを出て玄関から外に出る。龍にとってははじめての景色が見える。エリスは全員が家から出たことを確認して、家の鍵を閉めた。家には黒麒とユキ、それにリシャーナがいる。だが、黒麒とユキは眠るだろうし、リシャーナは誰かが来ても対応してくれるはずがないからだ。鍵が開いていれば、誰かが入ってくるかもしれない。泥棒が来たら、流石にリシャーナも対応はするだろうが、鍵をすればそんな心配もない。鍵をかけているから泥棒が絶対に入らないとは言えないのだが、鍵をかけていれば安心ではある。

 玄関前の階段を下りると、エリス達は右へと向かって行った。先ほどとは反対方向だ。こちらにも先ほど朝市がやっていた。食べ物を売っている青系の建物が多いのは家から右方向なのだ。だから、エリス達は右へ向かう。

 いつの間にか大人の姿になった白美は手を振って2人について行く。3人の姿が見えなくなるまで、龍とアレースは家の前で黙って立っていた。

 姿が見えなくなると、アレースが歩き出したので龍は少し後ろをついて行く。アレースの左側を歩き、腰に携えた刀が他の人にぶつからないように注意している。右手に持っている大太刀をアレースにぶつけないように注意しながら、翼もぶつかる可能性があるので龍は周りを見ながら歩く。少し後ろを歩く龍を気にかけつつ、アレースは離れないように歩いている。

 龍はアレースがどこを目的にして歩いているのかは知らなかったが、話しかけることもなく黙ってついて行く。翼などがぶつからないように注意しながら歩く龍だったが、周りを歩く人も避けているので誰かにぶつかる心配はないようだ。龍を避けるように歩きながらも、他の人は少し驚いたように目を見開いて龍とアレースを見ている。何故、そんな顔をしてアレースのことも見ているのかは龍にはわからなかった。その理由を知るのは、まだ先のことである。












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