第五章 魔力

魔力1






 前日に依頼を頼みに来たアレースはなかなか現れなかった。時間を指定しておらず、場所も聞いていなかったのでそれぞれアレースを待ちながら思い思いに過ごしていた。

 リシャーナはすでに出かけており家にはいない。彼女はついてくるつもりが無く、自分の情報屋としての仕事があるため出かけたのだろう。調子もよくなった黒麒はそれぞれに飲み物を出して、ソファーに座り膝を枕にして眠っているユキを撫でながらうとうとしている。調子がよくなったといっても、無理をさせてしまえばまた熱が出るかもしれない。

 白美は温かくなったレモンティーを、自分の力でカップを冷やしながら飲んでいる。黒麒の横に座っているエリスは紙を見ていた。その紙にはスカジ、ビトレイ、ルーズの名前と今現在わかっている情報が書かれている。それは、国王からの手紙に入っていた紙とは違うものであった。

 新しくエリスが別紙に書いたのだ。多くの名前に二本線が引いてあり、残った名前が見にくくなっていたということもある。だから、新しい紙に名前を書いて、その名前の下に入手した情報を書いたのだ。

 アレースが入手していた情報からも、この3人に絞ればいいと考えたために、まとめることができたのだ。もっと情報を入手することができれば一番いいのだが、3人がよく行く店などがわからないので詳しいことはわからなかった。それがわかれば、もっといい情報を入手できただろうが、3人はあまり人と関わらないからなのか人に聞いてもわからなかったのだ。

 龍はアレースに買ってもらった本を読んでいた。膝の上には国王から貰った本も置いてある。読めない文字があれば、ノートを見て調べる。本の表を見てもいいのだが、せっかく文字の練習もしているのだからと思いノートを見て確認しているのだ。

 龍にとって魔法は魅力的だが、まだ一度も使えていない。昨日の今日で使えるようになるとは考えていないが、一つでもいいので使ってみたいと龍は思っているのだ。簡単そうな魔法は使えないかと試してはみた。しかし、使えなかった。

 魔法を使う時のコツなどはあるのかと、エリスに聞いてから何度か試してみたがやはり使えることはなかったようだ。別の魔法も試してみたが、結果は同じ。魔法を使うことはできないのか。

 ――初級魔法だけでも使えればいいのにな。

 魔法が使えないことに溜息が零れる。白美や悠鳥のようにそれぞれの魔物が生まれ持った力が龍にもあるのかもしれないが、使い方がわからないのだ。白美のような氷や悠鳥のような炎でも使えればよかったのだが、今の龍には使うことができない。それに、魔法に関しては体が関係しているかもわからないのだ。関係しているのならば、今までの『黒龍』達が使っていたものと同じものが使えるはずだ。

 『黒龍』と知り合いだった悠鳥に、何か使うことができたのかを尋ねればいいだろうが、何故か彼女の姿が見えない。朝はたしかにいたのだが、いつの間にか姿を消していたのだ。

 誰にも何も言わずに出て行ったので、近くにはいるのだろう。しかし、いったいどこに行ったのだろうか。姿を現さないアレースを探しに行ったとでもいうのだろうか。

「何か使えそうな魔法はあった?」

「魔力があって少しでも魔法が使えれば、使えるだろう魔法は多いんだけどな……」

「それなら魔力があるか見てもらう?」

「そんなことができるのか?」

 紙から顔をあげて尋ねてくるエリスに龍は驚いた。他人に魔力があるかを見てもらえるのかと。もし見てもらえるなら、是非お願いしたいと思ったのだろう。もし魔力がないのならきっぱりと諦めることができるのだから。

 魔力があるのなら、何故本に書いてある魔法を使うことができないのかも原因がわかるかもしれない。使おうと思っている魔法との相性が悪い可能性もなくはない。

「ルイットに行けば見てもらえるわ。一度黒麒も見てもらったことがあるの」

 ルイット。そこはこの間の国境戦争が起こった一番近くの街だ。その街を通り森の中にある道を進んだ先に国境となる渓谷があった。

 あの時はゆっくりすることができず、ただ通りすぎただけだった。ヴェルオウルより大きい街ではなかったが、人は多く生活していた。国境付近ということもあり、様々な国から旅人や仕事で訪れる人もいるのだろう。中には、クロイズ王国からの旅行者もいるかもしれない。国同士仲が悪くとも、旅行に来る人にとっては関係が無いのかもしれない。

 一度黒麒も魔力を見てもらっていることから、本当に見ることができるのだろう。龍は半信半疑ではあったが魔力がないということを、もしかしたらそこで見てもらい知ったのかもしれないと思ったようだ。

 ――俺はいつ見てもらうことができるのだろうか。

 今日はアレースの依頼で、彼が来たら出かけることになるのだろう。どこに行くかもわからないため、今日中に帰って来られるのかもわからないのだ。

 時間がある時に見てもらいたいが、国境戦争が起こったばかりだ。それだけの理由で街を離れるのはいかがなものだろうか。また何か起こるかもしれないから、街から出ないでくれと言われるかもしれない。龍がではなく、エリスがだ。エリスを連れて行かないと意味がないため、そう言われてしまえばルイットへ行くこともできない。その場合はもしかすると、魔力を見てもらうということすら諦めなくてはいけないのかもしれない。もしくは、別の機会に行くしかない。

 龍が魔力を見てもらえるのはいつかと考えていると、リビングの扉が開いた。現れたのは待っていたアレースと、姿が見えなかった悠鳥だった。アレースの腕を掴んでいる悠鳥の様子からすると、呼びに行っていたのかもしれない。腕を掴まれているアレースは、どこと無く嬉しそうに見える。

「遅くなって申し訳ない。馬車と馬車馬、それに馭者を頼むのに手間取って……」

「屋根の上で妾が待っていたら、漸く現れたから引っ張ってきたのじゃ」

 怒っている悠鳥はアレースの腕を掴む右手の力が強いようだが、翼になっている手で掴まれているため強く握っても痛いのかはアレースの様子から判断することができない。だがアレースはそれに痛いとも言わず大人しく掴まれていた。もしかすると、痛みは無いのかもしれない。

 悠鳥の手は鳥の翼のため、たとえ握手した時は人の手と同じ感じだったとしてもふわっとしていることを龍は知っている。握る強さによっては感触は変わるかもしれないが、鳥の翼となる一本一本の羽はふわふわしているのだ。悠鳥の力加減によって、感触は異なるだろう。

 だから、強く握っているように見えるだけでアレースの手を強く掴んではいないのかもしれないと龍は考えた。そのため、痛いと言わないのかもしれない。

 アレースが悠鳥に掴まれていないほうの手を龍に突き出した。その手には三つの紙袋があった。龍はそれを受け取り、中を覗いた。そこにあったのは服だ。どうやら残りの9着を持ってきたようだ。龍がアレースに礼を言うと、照れたのかアレースははにかんだような笑顔を向けた。

 眠っていたユキが耳を動かして起き上がると、黒麒が立ち上がりテーブルの上にあるコップを素早くキッチンへと持って行く。アレースが来たのだ。もう出かけるのだろう。

「すぐに出られるように言ってある。みんな乗ってくれ」

 戻ってきた黒麒を見て言うアレース。その時には悠鳥の手は離れていた。昨日と同じように、アレースは冷たい眼差しをしていない。やはり、エリスを守ったというきっかけで変わったようだ。先導するアレースに続いて全員が玄関へと向かう。

 全員が家を出たことを確認してエリスは扉に鍵をかけた。しっかりと鍵がかかっているかを数回確かめる。振り返り階段を下りると馬車には乗らずに黒麒が待っており、促されるように馬車の中へ入るとエリスが思っていたよりもそこは広かったようだ。馬車の中で龍だけは床に座り、他は椅子に座っていた。ユキは龍の足の間に座り、黙ってエリスを見ている。

 龍は背中から翼が生えているので、椅子に浅く座っても半分以上が空気椅子になってしまう。それならば床に座っていたほうがいいと考えたのだ。馬車が走り出せば、道によっては椅子から落ちてしまう可能性もあるため、落ちるくらいならば最初から大人しく床に座っていたほうがいい。悠鳥と白美が座る椅子にエリスが座り、その向かいの椅子に座るアレースと同じ椅子に扉を閉めた黒麒が座る。そしてアレースが3回窓をノックすると、馭者は一度頷いて馬を走らせた。

 2頭の馬で引く馬車は早く進む。向かう先がどこなのかは知らされていないのでわからない。時々速度が遅くなるのは、街の中だからだろう。人を轢いてしまわないように速度を緩めて進む。馬車専用の道というものはないため仕方がない。

「それで、遅くなったことは許してあげるけど……いったいどこへ向かっているの?」

 依頼は護衛。これからどこで護衛をしなければいけないのかは聞いておかなければならない。森だともし攻撃された場合を考えなければいけない。依頼主に攻撃が当たらないように囲んで歩かなければいけないかもしれないのだ。

 それ以外であった場合も目的地につくまでに護衛方法を考えなければいけない。だから、目的地を聞いておく必要がある。

「目的地はルイットだ。そこでウェイバーに会う約束をしている」

「ルイット……だと」

「ウェイバーに会うの!? 8年も会っていなかったのに……どうして?」

 ルイット。そこには魔力を見ることができる人がいる。龍が今一番行きたいと思っていた場所だ。そこがアレースの目的地だった。

 会う約束をしているウェイバーという人物はエリスも知っているようで、8年も会っていないという。手紙でやり取りでもしていたのか、ルイットで会う約束をしていたアレース。彼に会うために護衛が必要なのかは疑問に思う。危ない人物なのか、それとも命が狙われている人なのか。

 流れ弾に当たらないように護衛でもするのか。それとも、情報を集めているから命を狙われる可能性でもあるのだろうか。そうだとしたら、エリスも狙われるかもしれない。何を考えて護衛を依頼してきたのか。

 もしかすると、護衛というのは嘘で、8年ぶりに会うウェイバーという人物とエリスを合わせるために言ったのかもしれない。

「ウェイバーは今回の国境戦争であるものを入手した。手紙でも、通信魔法でも言えない重要なことだ」

「……それは、俺達も知っていいことなのか?」

「ああ。情報収集をしているのは俺と同じだ。お前達も知っていたほうがいい」

 龍の言葉に頷いて、「だからお前達に護衛と偽って同行してもらった」と続ける。やはり護衛は嘘だったのだ。ただ、エリスに会わせるということではなかったが、嘘であったことには変わりない。

 ウェイバーという人が入手したもの。それが何なのかはわからない。しかし、今回名前が残った3人に関係することの可能性が高い。だからアレースは偽ってまでエリス達を連れてきたのだ。国境戦争のいつ頃に、情報を入手したのかもわからない。それが戦っている最中なのか、悠鳥が戦いを止めたあとなのかさえも不明だ。

「もしかしたらスカジ達にどこかで聞かれるかもしれないから、護衛って偽るなんてね」

「まあ。何かあったらウェイバー共々守ってくれたらいい。一応護衛として連れて来たんだ。依頼料はしっかり払う」

 そう言ってアレースは外を見た。いつの間にか街を出ていたようで、景色が変わっていた。人がいない道を進む速度は速い。もしも国境戦争である物を入手したと何も考えず、エリスの家で話していたら。何か情報収集をしているとスカジ達が気づいていたら。魔法を使って、話を聞かれていないとも言えない。アレースはそれを警戒していたのだろう。しかし、警戒をするのだから、盗聴される可能性があると考えたのだろう。盗聴できる魔法を使える者があの中にいるということだ。

 暫く森の中を進んでいる間、アレースは全く関係のない話をする。少しでも空気を換えたいと考えたのだろう。エリスもずっと眉間に皺が寄っていたので、それを気にして話題を変えたのかもしれない。それに、アレースは国境戦争のあとで入手した情報は全て話しているのだ。国境戦争に関係する話題もないのだろう。

 アレースが昨日の龍と行ったお店の話をすると、よく一緒に入れたわねとでも言いたげな視線をエリスと悠鳥に向けられ、龍は苦笑するしかなかったようだ。気がつくのが遅かったので仕方がない。入る前に気づいていたら、きっと入店することに躊躇していただろう。

 そして、昨日本屋で買った本の内容が面白かったと話すが、龍には全くわからなかった。それは白美も同じだったようで、口を開けたまま黙ってしまっていた。

「昔から魔法関係にはマニアックね」

「マニアックか?」

「マニアックよ」

 今度龍に魔法でも教えてあげてと続いた言葉に、アレースの目が輝いたように龍は感じた。便利で役に立つ魔法を教えてもらえるならばいいが、それ以外は誰だあろうと遠慮したいだろう。それに、もしかすると魔法は使えないかもしれないのだから、期待されても困るのだ。

 魔法が使えるかまだわからないのに言うエリスに、龍は何かを言おうと口を開きかけやめた。文句を言ったらアレースに怒られる気がしたのだ。期待させてしまったのだから、仕方がない。

 魔法の話をするアレースは、対象を龍にしたようで昨日購入した本の話をする。龍にはわからないようだったが、聞いてもらえるだけでアレースはよかったようだ。満足するまで話すとアレースは黙る。すると、馬車内は静かになった。

 時々アレースは何かを言いたそうにしていたが、結局言うことはなかった。何を言いたかったのかは誰にもわからない。龍はとくに何もすることが無かったので、自分の足の間に座っているユキを背後から抱き込み両前足を掴んで万歳をさせたりして遊んでいた。それに対してユキは何も言わなかったが、少々嫌がっているのか、数回尻尾を床に叩きつけるので龍は苦笑して謝りユキから手を離した。

 アレースが様々な話をしてくれたお陰とでもいうのか、龍は実際にたっていた時間より早く森を抜けたように感じられた。正面にはルイットの街が見えてきている。窓から覗き見ると、そこは3日前と何も変わった様子はない。

 そこにウェイバーという男がいる。そして、魔力を見ることのできる人もいる。龍は知らず知らずのうちに心躍らせた。魔力はあるのか。魔法を使うことができるのか。龍はそれが知りたかったのだ。












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