不吉2





 ウルル山脈。そこは1年中雪に覆われた雪山だった。あまりの寒さに人間が訪れることはほとんどない。時々訪れることはあっても、麓を歩くだけだ。登ってしまうと、寒さにより動けなくなったり、遭難してしまうからだ。 目印になるものもないため、一度登ると無事に帰ることは不可能に近い。

 ここに住んでいるのは寒さに強い動物や魔物のみ。魔物は弱い生き物を探して毎日雪山を歩き、動物は捕食されることを恐れて視界が悪い吹雪の中を移動する。そして、雪に埋もれた植物やその中で暮らす生き物を捕食するのだ。そうして生きている。その動物の中にはユキヒョウも存在しているが、個体数が少ないため遭遇することは低確率だ。

 ウルル山脈は多くの山が立ち並び、1日の多くが吹雪いている。吹雪いていない日もあるのだが、それはごく僅かな時間だけ。動物も魔物も生活しにくい中、1匹の魔物だけがものともせずに吹雪の中を歩く。

 まるで雪が魔物を避けるように降り注ぐ。僅かに届く太陽の光を浴びて輝く白い毛。九つの尻尾は器用に全て別々の動きをしている。近くを通る体の大きい魔物は、白い毛の魔物が視界から消えるまで動くことはない。大きさは関係なく、小さい魔物も同じように視界から消えるまで動かない。たとえ小さくても、その魔物が自分より強いと理解しているのだ。

 動物は姿を見たら走って姿を消してしまうが、それを白い毛の魔物が追いかけることはない。必要が無いからだ。お腹が空いていれば追いかけるが、そうでなけれ無視をする。無駄な殺生はしない。この雪山で暮らしていれば、どんな生き物も大切だ。お腹が空いている時に会えるとは限らないが、お腹が空いていない時に殺生をしてしまえば無駄になってしまうかもしれない。それに、一度お腹いっぱいになってしまえば1週間何も食べずにいても平気なのだ。たとえ、お腹が空いていてもだ。この雪山で暮らしていれば、空腹は誰でも経験するもの。耐えられない者が死に、耐えられる者だけが生き残れる。

 目的もなく歩く白い毛の魔物は九つの尻尾を揺らしながら歩く。知っている魔物に会えば挨拶はするが、それだけだ。挨拶をしても足が止まることはない。たとえ知っている魔物であっても、明日には自分のお腹の中に納まっていないともいえない。それだけ、この雪山では生き物に会えることが奇跡なのだ。次に会ったらお腹が空いていないとも言えない。お互いそれがわかっているから、立ち止まって話をすることはないし、そのことに怒りもしないのだ。

 白い毛の魔物が足を止めたのは一つの小高い山の頂上へ登った時だった。吹雪いていて何も見えないが、魔物には吹雪いていないかのように全てが見えていた。他の動物や魔物とは違い、それはその魔物が生まれもった力なのだ。

 どこに動物がいて魔物がいるのか。強い風に白い毛が左へと流れる。いつもと変わらない様子に山を下りようとした時、見慣れないものが視界に入った。新しくやって来た動物であれば放っておくが、魔物であれば姿を見せるだけの挨拶をする。この山の強者は誰なのかを教えるために。

 しかし見慣れないそれは茶色い動物にも見えたが、白い毛の魔物にとって一度も見たことがない姿をしていた。生まれてからずっとこの雪山で暮らしているのだから、見たことのない生き物は多くいるだろう。たとえ、話に聞いているものであっても、見たことのないものには興味が引かれるものだ。

 それの近くには大きな魔物がいる。放っておいてもいいのだが、見たことがない生き物にいつもとは違う日常が訪れたと思い白い魔物は走って下山しはじめた。もしもあれが魔物と出会ったらどんなことが起こるかわからない。たとえ、その魔物が大人しい性格をしているとしてもだ。自分が危険だと判断したら攻撃するかもしれない。

 他の動物や魔物にぶつからないように目を凝らしながら走り続ける。意識を向けるのは茶色い生き物とその近くにいる魔物にだけ。近くを通った時に驚いて声を上げる動物や魔物に謝ることもしない。そんなことをしている間に何かが起こるかもしれないからだ。

 茶色い生き物の近くへ来たが、吹雪いているため相手には見えていないようだった。その代わり、大きな魔物は立ち止まり黙って白い魔物を見ていた。どうやらその魔物には、はっきりと姿が見えているようだ。太古の昔に生きていたといわれる、『マンモス』という生き物。それに近い姿をした魔物の額にある三つめの目が細められる。

「ここから立ち去りなさい」

 その言葉を聞くと魔物は一度茶色い生き物を見ると背を向けて歩き出した。魔物があの生き物を狙っていたかはわからないが、何事もなく無事にすんだことに白い毛の魔物は息を吐いた。もしかすると、あの魔物も気になっていたのかもしれない。だから近くにいた。けれど、本人ではないので白い毛の魔物には本当にそうなのかはわからなかった。

 魔物のやりとりに気がつくことなく歩き続けるそれの後ろを、白い毛の魔物は息を殺してついて行く。吹雪いているため、振り返っても見えないだろうが距離を置いて黙ってついて行く。他の魔物が近づこうとすると小さく唸り声をあげて追い返す。前を歩くそれは気がつかないが、魔物達には聞こえているようで離れていく。もしかすると、白い毛の魔物が狙っている獲物と思ったかもしれない。横取りしたら自分が獲物になってしまうことを理解しているのだ。獲物ではないのだが、そう思っているのならば別に構いはしない。近づいてこなければ何でも構わなかったからだ。

 暫く歩き続けると、普段は止むことのない吹雪が突然収まった。今日もずっと吹雪いているものだと思っていた白い毛の魔物は、僅かに驚いたようだ。

 突然止んだ吹雪に茶色い生き物と1匹は立ち止まった。白い毛の魔物は空を見上げてから辺りを見渡した。近くに魔物がいるかを確かめるためだ。だが、どこにも魔物の姿は見当たらなかった。先ほどの魔物の姿もない。安心して息を吐き、前を歩いていた茶色い生き物へと視線を戻す。

 同じように空を見上げていたが、両手を持ち上げると被っていたフードを脱いだ。そこで茶色い生き物の正体に気がついた。それは、茶色い生き物ではなかったのだ。

 ――人間だ。

 ウルル山脈で生まれ育った魔物は人間を見たことがなかったのだ。両親や他の魔物に人間という生き物の話を聞いてはいたが、姿は一度も見たことがなかった。だから、雪山を歩いていた一度も見たことがない姿の存在が、人間だと気がつかなかったのだ。一度でも見たことがあれば、人間であると気がついていたかもしれない。獣人は見たことがあっても、歩き方が少々異なっているのだから。それに、獣人の多くは防寒をあまりしないのだ。それなのに、人間は暑いのではないかと思えるほど防寒をしている。だが、人間にとっては寒いのだろう。城里毛の魔物が話に聞いた人間は、もっと厚着をしていなければここでは凍えてしまうはずだ。

 ――この人間は、寒くはないのだろうか。

 人間はコートについてしまった雪を払っている。はじめて見る人間。興味深く、動くことなく魔物は見つめていた。ある程度雪を払い終わると人間は辺りを見渡して、背後にいた魔物と目が合った。金色の髪が反射して魔物には眩しく見えた。人間は魔物と目が合って少し驚いているようだ。それもそうだろう。野生の魔物は危険なものが多いのだ。それが自分の背後にいたら驚くだろう。もしかすると襲われていたかもしれないのだから。眩しさに目を細める魔物に、人間はゆっくりと近づいていく。ゆっくりと近づくのは、いつ襲われても攻撃を回避できるようにと注意してのことだろう。まったく逃げない魔物に近づき、手を伸ばせば触れることができる距離に近づいても魔物は動かない。

 人間は恐る恐る魔物の頭へと触れると、抵抗しないことをいいことにゆっくりと頭を撫でる。もしかすると、突然噛みつかれるかもしれない。そんな考えはあるのだろう。頭を撫でながらも警戒していることがわかる。

 何故か嫌がる素振りを見せない魔物。警戒しているようにも見えない魔物に、人間は首を傾げる。怖くて固まっているというわけでもなさそうだ。大人しく頭を撫でさせている魔物に、人間は小さく息を吐いた。

「よかった。会えた」

 目の前にいる魔物に会うことができて喜ぶ人間。何故、喜んでいるのかは魔物にはわからない。人間にははじめて会ったため、白い毛の魔物に知り合いがいるはずもない。両親にも、人間の知り合いがいるという話を聞いたこともなかった。だから、会えたことに喜ぶ人間が理解できなかったのだ。

「私ね、『九尾の狐』がこの山に住んでいるって聞いて確かめに来たの。姿を遠くからでもいいから見られたらよかったの。だから、まさか直接貴方に会えるとは思ってなかったのよ」

 そう言って魔物の頭から手を離すと歩いてきた方向を見る。先ほどの吹雪の影響で、すでに足跡は消えてしまっている。これでは、無事に帰ることはできないのではないだろうかと、魔物は人間と同じ方向を見て思ったようだ。

「それじゃ、私は帰るわね」

 魔物に会いに来たというのは本当だったようで、会ったばかりだというのに手を振ると振り返ることなく歩いて行く。今は吹雪いていないがもし吹雪いたら無事に帰ることはできるのか、他の魔物に会うことなく帰ることができるのか。ウルル山脈は広いといっても、魔物は多く住んでいる。運が悪ければ魔物に会うこともあるのだ。それに足跡は消えて、来た道は残っていないのだ。迷うことなく帰れるのだろうか。動物や魔物でさえ、迷うことがあるのに人間は迷わないのか。そんなはずはないだろう。

 魔物は無事に帰ることができるのか心配になり、人間が麓に下りるまではついて行こうと思い声をかけた。

「待って!!」

「え?」

 声をかけると驚いた人間は足を止めて振り返った。魔物に呼び止められるとは思いもしないだろう。驚いて目を見開いている人間の横に並ぶと、魔物は人間の顔を見上げた。

「この山は1日中吹雪いているの。今は晴れているけれど、すぐに吹雪くわ。無事に帰りたいなら道案内してあげる」

 魔物が人間の言葉を話すことができるとは思っていなかったようで、驚いたまま魔物の話を聞いていた人間だったが、微笑むと頷きもう一度頭を撫でた。

「ありがとう。お願いしてもいいかしら」

「……どこに帰るの?」

 このウルル山脈から行ける国はいくつかある。どこの国にも属さない山のため様々な国から訪れる人間は多かった。ただ、あまりの寒さのため山頂付近までやって来る人間は少なかった。訪れる人間が多かったのは昔の話。今は無事に帰れる保証がないという理由で訪れる人は少ない。この山を自分の領域にしようとやって来た人間は過去にいたし、今でも時々いる。

 しかし、あまりの寒さに途中で動けなくなる者が多く、未だにどこの国にも属していないのだ。そのため、生態系が崩れることもなく独自に進化した魔物も多く住んでいるのだ。そのうちの一種類がこの魔物と呼ばれる、『九尾の狐』だ。雪山に住んでいるため寒さにも強いだけではなく、吹雪いていても関係なく周りを見ることのできる瞳を持っている。元々数が少ない種族のため、現在生きている『九尾の狐』はこの1匹だけとされている。だが、ウルル山脈は広い。しっかりと調べれば、他にもいる可能性はあるのだ。

「ヴェルリオ王国に帰るの」

「それならこっち。ついて来て」

 前を歩く魔物に人間は黙ってついて行くと、5分もしないうちに雪が降りはじめた。そしてそれはすぐに吹雪へと変わってしまった。前が見えなくなるほどの吹雪に人間は前を行く魔物が見えるようにと、腕で顔に雪が当たらないようにしながら歩く。何度も雪によって姿が見えなくなるが、それでも何とか見失わずにすんでいる。

 そんな人間に気がついた前を歩いていた魔物は、横に移動して離れずに歩く。曲がる時は軽く足を押したり、コートを引っ張ることで教える。そうすれば、見失う心配もない。

 魔物は足場の悪い岩場を身軽に下りることができるが、人間はそうはいかない。雪が降り積もり滑る岩場は、登る時よりも大変だったのだ。人間が降りるのを大変そうにしているのを見て魔物は、次は安全な場所を通ろうと心に決めながら、下りる人間のそばをあまり離れずに見守る。手伝うことはしないが、転びそうになるとコートを引っ張ったり、転びそうになった方向に回り体を支える。

 時間をかけて怪我をすることもなく岩場を下りた時には、人間の息は上がってしまっていた。息を整える人間のそばで魔物はあたりを見渡す。そして何かを見つけた魔物は、人間のコートを引っ張りどこかへつれて行こうとする。引っ張られるままに抵抗をすることもなくついて行くと、そこにあったのは大きな洞窟だった。

 人間がウルル山脈に来た時は、こんなところに洞窟があったことに気がつかなかった。いや、ここを通ったのかも人間にはわからなかった。それだけ、全てが同じ景色に見えるのだ。洞窟に入ると、そこは奥行きも高さもあった。

「外より暖かい……」

「ヴェルリオ王国にはあと少しで着くけれど、日が落ちてきてる。あたしは大丈夫だけど、冷えてきてるから貴方は大変でしょう。それに、夜は多くの魔物の活動時間にもなる。ここで大人しく朝になるのを待っていたほうがいいわ」

「そうね。吹雪も酷くなってきているし、寒いものね」

 魔物は洞窟の奥へと入って行く人間にそう言った。そして、行き止まりで立ち止まって、コートを脱いで座り込んでしまった人間に近づいた。僅かに震えている体に気がつき、洞窟内に散らばっている枝を見つけて集めはじめた。昔、人間が来た時に置いて行ったものだろう。このウルル山脈には木があまり生えていないため、洞窟に枝が落ちていることはない。

 集めた枝を人間から少し離れた場所に置くと、その場に伏せて枝に向かって軽く息を吹きかけた。すると、枝が音を立てて燃えはじめた。他にも落ちている枝を集め、いつでも追加できるようにと近くに積み上げていく。湿っていない枝は消えることなくよく燃えている。

「貴方……人の言葉を話せるだけじゃなくて炎も扱えるのね」

「炎は苦手だから、これしか使えないの。私が得意なのは氷だから、正反対でもある炎は苦手」

 そう言って人間の横に移動する。多くの魔物は人の言葉を話すことができない。力の強い魔物や、多くの時間を人間と共に過ごした魔物が人の言葉を話せるのだ。そのため、『九尾の狐』であっても人の言葉を話せるとは思っていなかった人間は、魔物が人間の言葉を話した時に驚いたのだ。全ての『九尾の狐』が人の言葉を話せるわけではない。白美は両親に教えてもらったために、話すことができるのだ。

「貴方、名前は? 私はエリスっていうの。この間の誕生日で20歳になったばかりなの」

「あたしは白美。年齢はわからない。この山で長く生きているから数えることをしなくなったの」

 外は暗くなり吹雪も酷くなってきている。吹雪を見ながら目を細めて答えると、エリスは白美の濡れている体に触れた。エリスはタオルで白美の体を拭いている。自分の頭は濡れて、溶けた雪が水となり滴っているにも構わずに。どうやら、自分よりも白美を気にかけているようだ。

 コートの中にリュックを背負っていたようで、エリスの横には開いたままのリュックがあった。そこからタオルを取り出したのだ。雪山に来るだけはあって、それなりの準備はしていたようだ。

「あたしは大丈夫。寒さにも強いから。でも、人間は寒いと風邪をひいて死ぬことがあるんでしょう? エリスが拭いたほうがいいよ」

「大丈夫よ。貴方を拭き終わったら私も拭くから」

 そう言って自分を拭くことはなく、白美を拭き続ける。濡れている白美を満足するまで拭くと、新しいタオルをリュックから取り出し頭を拭いていく。滴るほど濡れていた髪は焚火の火で乾きはじめていた。それでも、拭かないよりはいい。拭けば乾くのが早いし、風邪をひく可能性も低くなる。

 頭を拭いているエリスを見て、何も言わずに白美は焚火に枝を追加していく。火の様子を見ながら外の様子も確認する。変わらず吹雪いているため、外に出るのは危険だろう。白美は何か食べ物を捕ってこようと考えていたようだが、これでは外に出るとこの洞窟に戻ってこれるのかも怪しい。

「それにしても白美は知能が高いのね」

 頭を拭き終わったエリスが二つのタオルを袋に入れて、リュックに仕舞いながら言った。多くの魔物は人の言葉が話せないだけではなく、理解することもできないのだ。それができるのは力が強い魔物か知能が高い魔物、召喚された魔物に限られる。召喚された魔物でも、言葉を理解することはできても人の言葉を話すことができないものは多いのだ。たとえ、人間と長く一緒にいたとしてもだ。

 野生の魔物は多く存在しているが、その中でも人の言葉を理解して話すことができるのは一握りだ。ウルル山脈にも人間の言葉を理解することができる魔物はいるが、人間と話をしようと考える魔物はいなかった。

「あたしの両親に教えてもらったの。人間のことも、言葉も。でも、人間を見たのは今日がはじめて!」

 人間を見たことが嬉しいのか、声が弾む白美にエリスは小さく声を出して笑った。こんな雪山にいれば、人間を見る機会はない。けれど、白美は人間が見たいからという理由だけで山を下りようとは考えなかった。

 ――人間は怖いってお父様に聞いたけど、全然怖くないじゃん。

 優しいエリスに会い、人間は全てエリスのような優しい人だと思い込んだ白美はこのあと危険な目に遭うとは思ってもいなかった。人間は全て優しい。はじめて会った人間がエリスだったためにそう思ってしまった。もしも、エリスが別の誰かと一緒に来ていればまた別だったのかもしれない。

 洞窟の中で2人は眠くなるまで話をした。山での生活。山へ登った理由。白美は長い時間、沢山話をしたのは久しぶりだった。他の魔物と話ても少しの間しか一緒にはいなかった。だから、こんなに長く一緒にいたのは両親だけだったのだ。その両親もいつの間にか姿を消してしまった。生きているのか、死んでいるのかさえもわからない。

 エリスは近くに『九尾の狐』がいると聞き、いるのなら本物を自分の目で見てみたいというだけで、危険なウルル山脈に登った。それだけで危険なウルル山脈にわざわざ登ったエリスに白美は驚くしかなかった。本当はエリスには別の考えもあったのだが、それを言う必要はないだろうと言うことはなかったのだ。

 もし会うことができなかったら、遭難したらどうするつもりだったのかを聞いても考えていなかったようでエリスは首を傾げるだけだった。遭難してしまえば助からない可能性が高い。運よく下山できればいいだろうが、それは不可能に近い。下山するよりも早く、凍死するだろう。

 他の魔物に遭遇していれば襲われる可能性も高いのだ。偶然白美がいたから襲われることはなかったが、魔物にとっては人間だって捕食対象になるのだ。対策もなく登ったエリスに白美は驚くばかりだった。もしかすると、今頃魔物のお腹の中だった可能性もなくはない。

 話をしていると、登山で疲れていたのか、エリスは徐々に船を漕ぎはじめた。ゆっくりと横になり眠りはじめたエリスが寒くないようにと、白美は定期的に近くに置いた枝をくべる。

 外の吹雪は収まらず、先ほどより勢いが増していた。白美はエリスに体をくっつけて、その様子を見続けた。これ以上酷くなることはないが収まることもない。吹雪により入口付近には雪が溜まっている。

 奥にいるため雪は届かないが、僅かに冷たい風が当たる。風に当たり寒くて震え、丸くなるエリスに気がつき尻尾を揺らすと、立ち上がり遮るように体の位置を変える。白美には風が当たるようになるが、彼女にとってはその風が涼しかったのだ。エリスも遮られた風に震えることなく眠っている。

 尻尾を揺らし、白美はそれに顔を埋める。もし他の魔物が来ても気配でわかるため、少し疲れをとるために目を閉じた。何かあった時のために熟睡はしない。熟睡している間に、魔物が来たら襲われるかもしれない。そうならないために、熟睡はしないのだ。それに、熟睡をしたら魔物の気配もわからなくなってしまうからだ。

 匂いはしないが、もしかするとこの洞窟は他の魔物の寝床の可能性もある。だから、自分が落ちついて眠れる寝床ではない場所で決して熟睡はしないのだ。それは、この山で暮らす魔物や動物全てが同じだ。もしも他の魔物や動物の寝床であれば、場所をとられたことに怒り攻撃されてしまうからだ。

 だから、自分の寝床以外ではこの山に住む生き物は決して熟睡をすることはない。













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