使い魔3





 眠っていた龍は騒がしい音が聞こえて目を覚ました。深い眠りではなかったため、静かな部屋に聞こえた音に目を覚ましてしまったのだ。目を開いて部屋の中を見るが、騒がしい音は部屋の中でしているわけではないようだ。どうやら眠っている間に体を丸めていたようで、龍の尻尾と体の間にユキが丸くなり眠っていた。ユキがそこに移動してきたことにすら気がつかずに眠っていたようだ。

 日が陰り、温かみが無くなったためにユキは少しでも暖かい場所を求めてそこに収まったのだろう。穏やかに眠っているユキを見て龍は微笑ましく思ったようだ。会ったばかりではあるが、そこで眠る様子から懐いてくれているのだろうことがわかる。

 ユキを起こさないように頭を持ち上げると、白美が近づき龍の横で獣型となる。白い毛並みの九つの尻尾を持つ狐。とても美しい獣に思わず見惚れていると、ユキにくっつくように龍の尻尾と体の間で丸くなってしまった。それを見ながら、龍はもう一度眠ろうと頭を下げた。まるで、白美の行動は何かから隠れるように見えたが、いったい何から隠れるというのだろうか。

 龍は疑問に思ったが、先ほど聞こえた近づく騒がしい音がまた聞こえてきたことに考えることを止めて、もう一度頭を上げて扉を見た。その音に気がついたのだろう。エリスと黒麒も黙って扉を見ていた。いったい誰が近づいて来ているのか。龍はこの世界ではエリス達以外は知らない。近づいて来ている者はエリス達の知り合いなのか。それとも、違うのか。知り合いであれば、エリス達に用事があるということになる。しかし、もしも知り合いではなかったら何をしに来たのか。普通であれば利用が許可されている誰かが本を読みに来たと思うのだが、本当に本を読みに来たのかは龍にわかるはずもなかった。

 騒がしい音は扉の前で止まった。音からして、今扉の前に立っているであろう者は走って来たのだろう。ノック音が3回すると、返事を待つことなく1人の男が入室してきた。ノックはしたが、元々返事なんか待つ気はなかったのだろう。

 入室した男は茶髪で、エリスとは違い黒いローブを着ていた。男は扉を閉めて、龍に気がつくと驚いて後退りをして背中を扉にぶつけた。勢いよくぶつかったようで、鈍い音がしたが男は痛みを感じるどころではないようだ。痛みより、驚きのほうが大きいらしい。

「お……驚いた。この子はエリスさんの?」

「そうよ」

「……そうか。エリスさんの使い魔……」

 そう言って男は龍に近づいていく。その様子を龍は黙って見ていた。龍は男の様子が何かおかしいと思ったようだが、はじめて会う男にもしかすると男は普段からこうなのかもしれないとも思ったようだ。

「近づかないでくれる? その子、使い魔になったばかりだから」

「そうか。使い魔になったばかりなのか。そうか、そうか」

 どこか様子がおかしい男に、龍は動けるならばこの男から離れたかった。だが、眠っているユキと白美を起こしたくはなくて、小さく唸るだけに留めた。これ以上できれば近づかないでほしいと思ったようだ。だから、唸り声を出したのだ。

「おお、怖い怖い。ふははは」

 怖いと言いながら笑う男に唸ることを止めない。止めてしまったら、きっとこの男はまた近づいてくるだろうと様子からわかる。それに、怖いと言いながらその様子から怖いと思っているようには全く見えなかったのだ。

 ――こいつ、なんか嫌な感じがする。

 龍を見る目や、態度。直感的におかしいと思い、龍は男から目を離すことができない。この男は普段はまともなのかもしれないとも思う。だが、元々こんなおかしな男なのかもしれないとも思ったようだ。この男のことを知らないのだから、龍はどちらが本当の彼なのかはわからないのだ。龍が自分を見ていることに気がつき微笑んだ男は、ゆっくりと龍から視線を逸らした。

「それで、ここに何か用かしら? スカジ」

「ん? いやいや、とくに用はないのですが、まだここにいらっしゃるのかと思いまして」

「……いたら、何かまずいのかしら?」

「倒れていたらと心配なだけですよ」

「大丈夫よ。私の使い魔達はしっかりしているもの。それに貴方に心配される必要なんかないわ」

 笑顔。お互い笑顔のまま目を合わせて何も言わない。2人は沈黙したままだ。部屋の中で聞こえる音は、小さく唸り続けている龍の声だけ。

 何も言わずに目を合わせていることに耐えられなくなったのか、先に口を開いたのは男――スカジだった。

「……そうですか。それでは邪魔になる前に退散することにいたしましょう。それでは……」

 もう一度龍を見てから、スカジは扉を開いて部屋から出て行った。足音が遠ざかり、聞こえなくなるまで誰も口を開くことはなかった。またスカジが戻ってくるのではないかと龍は思い、扉を見ていたがそんな様子もなかった。本当にエリスの様子を見に来ただけだったのかは誰にもわからない。

 足音が聞こえなくなり、先に口を開いたのは白美だった。その声はとても小さかったが、近くにいた龍にはよく聞こえた。

「あたし、あの人怖い」

「怖い?」

 どことなく震えているように見える白美。そう言ったっきり自分の尻尾に顔を埋めてしまい、何も言わない白美に首を傾げた龍は黙ったままのエリスへと顔を向けた。もしかすると、白美はここへ向かって来ていたのがスカジだとわかっていたために龍の元へ来たのかもしれない。

 ――スカジはいったい何者なんだ?

 そう思った龍は、黙ってエリスを見つめた。エリスは何かを考えていたようだったが、小さく息を吐くと口を開いた。

「彼はスカジ・オスクリタ。国王専属召喚士よ」

「国王専属?」

「ええ。何かあれば、使い魔を呼び出して国王を守る役割を担っているわ。国王を守る存在に近衛兵もいるけれど、見た目的に召喚士のほうが国王護衛は手薄に見えるから彼を側近にしてるのよ。もし味方に敵になるような存在がいた場合、あぶり出しやすいとも考えてなのかもしれないけれど。まあ、人間より使い魔のほうが丈夫で強いから安心なのかもしれないけれど……現国王は魔物が嫌いな人よ。もちろん、使い魔もね。だから誰もスカジが召喚術を使っているところを見たことがないの」

「え?」

 この世界に来たばかりで詳しいことは知らないが、国王専属になるということはそれなりの実力を持っていなければいけないのではないかと疑問に思う龍だったが、実力よりも信頼を得ているために専属になっている可能性も考えた。だから、別に召喚している姿を見たことが無くても不思議ではないのかもしれない。それにスカジは、召喚しなくても戦うことができて強いのかもしれないのだ。

「――て」

「え?」

 考え事をしていたためエリスの言葉を聞き逃した龍だったが、彼女に気にした様子もなく真っ直ぐに龍を見つめてもう一度同じだろう言葉を言った。

「彼には気をつけて」

「何かあるのか? あいつから嫌な感じがしたけど、関係あるのか? 白美も怖がっているみたいだったし……」

 体と尻尾の間でユキと一緒に眠っている白美に視線を向ける。どことなく震えているように見えた白美は今は落ちついているようで、話し声にも起きる様子はない。

「彼は私の前にここで短期間生活をしていたことがあったの」

 そう言ってエリスは、スカジがこの図書館にいた頃の話をはじめた。当時エリスには使い魔がおらず、ここへ訪れたのは1人だった。





 それは今から6年前の話し。当時エリスは17歳になったばかりだった。

 召喚士としての実力は持っていたが、まだ使い魔はいなかった。両親は何も言わなかったが、実兄あにが魔物を嫌っていたためだった。魔物を嫌いな人は昔から多くいた。そのうちの1人が実兄だったという話なだけだ。

 当時は1人暮らしではなく、家族と一緒に暮らしていたため、使い魔をつれていれば毎日どこにいても文句を言われてしまう。そのため、召喚してもすぐに戻してしまっていた。召喚するだけで、何も命令しないのも魔物にとっても迷惑な話だった。本来召喚したのなら契約をするものだ。だが、エリスは言葉を話せる魔物とは少し話をしてお礼にと食べ物を与えていた。言葉を話せない魔物には一方的に話をして、食べ物を与えて戻す。魔物も、それだけでも満足して帰って行くのだ。

 そんなことを何度もしていると、物好きな魔物は使い魔でもないのにエリスに懐いてしまう。すなわち、餌づけされてしまうのだ。

 だが、召喚術は実兄がいない時や自宅から離れた場所でしかできない。そのため月に3回程度しか召喚することができなかった。召喚術を使うことも勉強の一つだと思っていたエリスにとって、それはとても苦痛だった。

 実兄の目が届く場所にいると、召喚術や魔物の本を読んでいるだけでも文句を言われて読むことすらできないでいた。だからエリスは召喚術は使えなくても、本だけは読みたいとよく図書館へ訪れていた。

 図書館の利用を国王に認められてからは毎日といってもいいほど訪れていたのだ。時間が許す限りは図書館で本を読んでいた。だが、家族と住んでいることもあり門限が決められている。だから、門限のギリギリまで本を読み続けるのだ。帰宅が少し遅くなっても怒られることはない。10分くらいなら怒られることはないと知っているので、今日もそうしようとエリスは考えていた。

 いつもはエリスが来ても誰もいない図書館だったが、その日は違った。先客がいたのだ。多くの本を、山のように積み上げて読み漁っている人。それが、スカジ・オスクリタだった。

 エリスが入って来たことに気がついていないようで、何かを呟きながらノートに書き込んでいる。様子を見ると、本に書かれていることをメモしているようだった。正直、何かを1人で呟いている姿は不気味であった。

 彼に近づくことを躊躇い、エリスは目的の本を探すために本棚へと近づいた。この図書館には召喚関係の本だけではなく、歴史や医術など本の種類は多い。だが、自分が探している本は本棚のどこにも見当たらない。まさかと思い、本棚の影からスカジが積み重ねている本のタイトルを見ていく。その中に目的の本があった。

 諦めて今日は別の本を読もうと思い、本を探そうとした時突然声をかけられた。この図書館には、声をかけてくるのは1人しかいない。

「おや、他の方がいらっしゃるとは気がつきませんでした。何かお探しですか? お手伝いしますよ」

「……それじゃあ、その本を貸していただけますか?」

 山積みの本の中にある一冊の図鑑。それを指さすと、スカジは積み上げた本を崩すことなく素早く図鑑を取った。

 数少ない魔力を持たない人間が、昔見たという生き物が描かれている図鑑。スカジは読み終わっているようで、エリスに手渡した。

 お礼を言うと本を手に少し離れたイスに座った。できればスカジの近くにはいたくなかったのだ。ページを捲り、記載されている説明文と挿絵を見て将来的に使い魔にするのならどんな魔物がいいのかを選ぶ。

 黙っているエリスとは違い、スカジはまた何かを呟いている。図書室に自分以外の人間がいることを忘れているのだろう。静かにできないのだろうかと思わなくもない。

 呟きは小さく、何を言っているのかはわからないが、時々聞こえる言葉に耳を傾ける。目は図鑑の文章を追い、耳はスカジの呟きに傾ける。エリスは文章を見ているだけでも頭に入ってくるのだ。たとえ、耳を別の誰かの会話に傾けていてもだ。

 ページを捲り、召喚の本で召喚できるのなら使い魔にしたい魔物は多い。だが、今はまだ使い魔にできないため目星をつける。たとえ召喚したくても、獰猛な性格をした魔物は他者に危害を加える可能性があるため召喚できないということもある。それだけではなく、召喚しても制御できない可能性が高いのだ。

 溜息を吐いてページを捲り、開いたページの右ページに釘づけになった。この国に住んでいる者なら誰でも知っている絵師の名前が描かれた絵。本当にいるのかもわからない生き物。

 その生き物の名前は『黒麒麟』だった。他のページに描かれていた魔物達とは違い、説明文を読むこともなく召喚するならこの『黒麒麟』と決めた。

 他にも魅力的な魔物はいる。『鳳凰』や『不死鳥』や『キメラ』、『グリフォン』など様々な魔物が描かれていたが『黒麒麟』に一目惚れをしたのだ。たとえこの図鑑から召喚したら力のない魔物が召喚されるとしても、この図鑑に描かれた『黒麒麟』がいいと思ったのだ。この図鑑に描かれた、この『黒麒麟』がいい。

 ――さて、目星はつけたし……早いけど帰ろう。

 満足したエリスは予定より早いが帰ることにした。どうしてもここにはいたくなかった。これ以上スカジと同じ空間にいたくないというのも理由の一つだった。ぶつぶつと呟いていて、気味が悪くて仕方がないのだ。

 椅子から立ち上がり、スカジの横に立ち声をかける。声をかけられるまでエリスに気がつかなかったようで、スカジは声を聞いて顔を上げた。

「ありがとうございました。私はもう帰ります」

「そう。気をつけてね」

 差し出された図鑑を受け取り、それだけを言うと興味が失せたようにすぐに本へと視線を戻してしまった。開かれた本や、積まれた本に驚いたがエリスは何も言わずに扉から廊下へと出て行った。

 廊下を黙々と歩き、いくつかの部屋を通りすぎて誰もいないことを確認してから足を止めた。

「あの人、召喚した魔物との融合する方法を読んでた。たしかあれって、禁書に記載されてた魔法。読むことは許されているけど、ノートに書き写してた? 他の本も禁書ばかりだった……。何者なの、あの人」

 何者か知るにしても図書館には他の人は誰もいないのだ。疑問を抱いたまま、エリスは図書館をあとにした。

 結局エリスはスカジのことを誰にも聞くことも、話すこともなかった。たとえ話たとしても、新人召喚士の言葉を誰も信じてはくれないだろうと思ったからだ。だから、ずっと誰にも話すことはなかったのだ。





「禁書って?」

 話が終わって、第一声は龍の質問だった。知らない言葉があったから、それがなんなのかを知りたかったのだ。

「禁止された魔法が記されている書物のことです」

「使ってはいけない術が記載されているの。読むことは許されているけれど、書き写してはいけないの。国王に認められた人だけが利用できる図書館ですもの。書き写しはしないって信用しているのよ。私があの日、誰かに言っても信用してもらえなかったでしょうね。私は国王に認められたばかりだったから」

 昔のことを言っても意味がないと首を振ると、エリスはイスから立ち上がった。そして、右手をポケットに突っ込み何かを取りだして龍の前で立ち止まる。

「使い魔になったら、証明できる物を身につけなくてはいけないの」

 そう言って右手を開くと、そこには一つの星型のピアスがあった。そのピアスには見覚えがあった。獣型になった黒麒と白美の右耳にそれと同じピアスがついていたのだ。今は2人とも耳が隠れてしまっているため確認することはできない。

 けれど、そのピアスが使い魔としての証明となるようだ。だが、エリスは龍の顔を見て黙ってしまう。使い魔になるのならば、つける必要があるのだが、強制はしない。つけたくないのならば、使い魔にならないということなのだから。お互い何も言わずにいると決心がついたのかエリスは口を開いた。

「これをつけると、正式に使い魔としての契約を完了したことになるわ。外れるのは私か貴方が死んだ時。もしくは、契約を破棄した時だけ」

 ピアスをつけるかつけないかの判断は龍に任せるつもりのようだ。使い魔になることをエリスは強制したくないのだろう。もしかすると、龍の気持ちは変わっているかもしれない。だから、最終確認でもあるのだ。龍は微笑むと鼻先でエリスの右手に触れた。

「俺はエリスの使い魔になるって決めたんだ。……つけてくれ」

「わかったわ」

 龍はエリスが届くようにと頭を下げた。エリスの右手が右耳に触れた。痛みは無い。本当にピアスを耳につけているのかもわからない。

「つけたわよ」

 そう言って、エリスの横にいた黒麒が持っていた鏡で、右耳につけたピアスを見せてくれる。頭を動かし、自分が見やすいようにすると、たしかに右耳のつけ根に星型のピアスがついていた。痛みが無かったため、いつ右耳につけたのかも龍にはわからなかった。

 室内の明かりが反射して輝くピアスの星。龍の黒い右耳に、星型の黄色いピアスはとても目立っていた。一度大きく頷くと、龍はエリスに向かって微笑んだ。

「これで正式にエリスの使い魔だな」

 嬉しそうに言った龍にエリス達も嬉しそうに微笑んだ。龍の尻尾と体の間で丸くなっていた白美が起き上がり、使い魔になったことを喜んでいた。そんな白美がうるさかったようで、ユキが右手で白美を叩いたが、白美は気にしていないようだった。

 龍が使い魔になったことで、エリスの使い魔は黒麒、白美、龍、そして龍がまだ出会っていない者を合わせて4人となった。使い魔になると、何かが変わるのかはわからなかったが、エリスのそばにいてもいいと言われているようで龍は嬉しく思ったようだった。












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