真夏の交差点3

@kuronekoya

帰宅指示

 その歩行者専用道と国道が交わる交差点は、オフィス街のど真ん中にある。

 ほぼ東西に走る国道と、それに対して直角に交わる歩行者道。


 取引先に向かう者、出先から帰社する者、それぞれの目的地にそれぞれの案件を抱え、みな揃って誂えたようにそっくりなクールビズの男たちとタイトスカートの女たちが行き交う交差点。


 しかし今日に限っては違っていた。

 台風が近づいている午後三時。

 多くの会社では「帰宅指示」や「帰宅命令」が出され、みなオフィス街から駅へと向かう同じ方向に進むべく信号待ちをしているのだった。

 だが、肝心の電車はいつ運休するかわからない間引き運転が始まっている。


 人間は二種類に分けることができる。

 帰宅指示で喜ぶ人間と、残してきた仕事が気になって落ち着かない人間だ。

    

 ちなみに俺はどちらでもない。

 無能な部長に腹を立てている人間だ。


 今日の日中に台風が直撃しそうなことは、昨日の予報の時点で判っていたことだった。

 俺は部長に全社休業を進言した。

 電車の運休が決まれば「帰宅指示」は出るだろう。だが、どうやって帰れというのだ? その頃には取引先だって大半は「帰宅指示」が出ていて、会社に残っていても仕事はないだろう。せいぜい溜め込んでいた書類の整理をのんびりやるくらいだ。

 もちろんたかが一課長の進言が受け入れられるはずがないのは判っている。

 けれども、この事業部だけでも出社するに及ばず、あたりを落とし所にできると思っていたのだ。


 俺の「人を見る目」は誤っていたようだった。知らず知らずのうちに身内へのプラス補正がかかっていた。

 部長は思っていた以上に腰抜けだった。

 常務に具申することもなく、「そうは言っても世間体ってものがねぇ」と薄ら笑いすら浮かべて、俺の提案をのらりくらりとかわしたのだった。


 話しても無駄だ、そう判断した俺は自分のフロアに戻り、部下たちに宣言した。

「この営業二課のみ明日の出社は自主判断とする。喫緊の案件を抱えていないもの、帰りの交通手段に不安を感じるものは遠慮せずに有給休暇を申請して構わない。俺だけは一応連絡係とタコ部長の嫌味の聞き役として出てくるから、何かあれば連絡しろ」


 予想通り午後2時に「帰宅指示」が出た。

 他課のスタッフは喜々として帰り支度を始めた。

 午前中も大して仕事はなく、ランチの店だって軒並み臨時休業していたというのに。


 靴やスラックスの裾どころか膝上までずぶ濡れの俺は、腹を立てて信号待ちをしている。

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