神王陛下②

湖から出た神王はひれを足に変えて地面を歩き、控えていた白騎士から服を受け取る。

何故かジュンに目を隠され、次に光を見た時には鎧を消して私の隣に立っていた。


「私が求めていた幼子が漸く手に入りました、貴女には感謝していますジュン」


「神王陛下が望まれるのなら、死者であろうと」


ひざまづいたジュンを優しい笑顔で一瞥した後、私に視線を移してひんやりとした指が頬を撫でる。

私を見ている目とは何故か視線が合わず、水に映る自分の様に、こちらからは何も干渉出来ない様なもどかしい感覚がする。


ジュンが心配そうに私を見て目を細め、来る前に言われた言葉を思い出す。


「これがアトラル……素晴らしいわ、こんなに混ざっても綺麗なものは初めて見ました。まるで昔見た何も知らない無邪気な母の様な、あぁ……汚してしまいたい。私の神力を……誰の神核ですかこれは、何故アトラルに入り込めるのですか。まだ未完成でも、入り込めるなど……四聖賢」


「神王陛下、クライネが困っております。そろそろそ目を休めては如何でしょうか」


「……そうねジュン、ここで考えてもこのアトラルは見えるままのアトラル。覚醒すれば神核もいずれ壊れるでしょう、これからゆっくりと楽しませてね」


「恐れながら神王陛下、覇王は既にメリュー公国に侵攻を始め、防衛側のミレニア率いる2000が、我々帝国側の5000と衝突した模様です」


「ちょっと野放しにするとこれなのね、これじゃあ細かく地域に分けて王を置いた理由が無くなっちゃうじゃない。覇王は下に置く前から嫌いだったのよ、他にも侵攻を始めた王は?」


「帝都の覇王はおうの南側にある烈王れつおう、その南の仙王せんおうがそれぞれ属国ぞっこくの兵をともない、目的地不明のどこかへ進軍中です」


私の手を取って歩き始めた神王陛下は、右手の人差し指をあごに当てて思考に浸り、ジュンの目の前で足を止める。


「この神域から出てこちらから久し振りに出向きたいわ、本当の王を誰か思い知らせないと」


「それは承服しかねます、神王陛下が表に出てはなりません。陛下のお傍に七星の騎士が揃っておらず、黒と白の2人しか居りません」


「あら、ジュンとセルマちゃんが居れば十分だと思うけど、ねぇセルマちゃん」


「全て神王陛下の御心みこころのままに、私が守るのは陛下ただおひとりです」


白騎士の意見を入れて否定するジュンを押し切ろうとするが、首を縦に振ることはない。


「貴様は清廉潔白せいれんけっぱくだけが取り柄なのだろうが、裏を返せば神王陛下を肯定しているだけだ。アリオトの座を頂いてから、貴様はただ1人で……」


「ベネトナシュ」


「……何だ」


「我々七星の騎士は、帝国建国以来陛下を支えて来た。最初は帝国とは言えない小国で、陛下は不自由を強いられていた。だがこの帝国では自由であり、いずれは全て神王陛下のものになる」


「それが何だと言うのだ、今とは関係無い」


「均衡を保つ守護者であるトールが出て来たと言う事は、この均衡は既に崩壊した事を告げる。我々がする事は唯ひとつ、全てを陛下の下に集めることだ。その均衡ごと弾き飛ばし、トールを殺す」


「陛下、アトラルはその目的の為に……」


「無駄口を叩くなジュン、いや、ベネトナシュ。これは黒騎士としての使命だ、陛下を縛る事は例え世界の均衡が働いたとしても不可能だ」


眉を寄せて白騎士を睨んだジュンは私を引き寄せて頭に手を乗せ、神王陛下と私を向かい合わせる。


「もう一度お考え直し下さい陛下、アトラルを所有すると言う事は神から狙われると言う事です。先程言った通り、七星の騎士が揃わぬ今、神王陛下の無事を保証し切れません」


「私はジュンを頼りにしていますから、セルマちゃんも居ることですし、何ひとつ怖いものなんてないでしょ?」


「……必ず、御身はこの黒の騎士が、身命を賭して尚も守り続けます。思い出せない程に、時が経つまで」


「この神域を収束します、お願いセルマ」


「はい、お心のままに。神王陛下」


少し離れた白騎士が鎧を消し、初めてその姿を表に表す。

背中には黒い翼が生えており、眩い光を放ちながら立っていた場所に大きな黒いつぼみをを実らせる。


「私の後ろに立っていろクライネ」


「なにが……」


「早くしろ、陛下もこちらに」


言われた通りにジュンの背中に隠れると、閉じていた黒い蕾が開花し、中から夜の様な色のドラゴンが姿を現す。

周りの木は開花の際に生じた魔力によって消え去り、宙を泳いでいた魚は黒く染まって地面に落ちる。

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