神王陛下①
ジュンの手引きで地下牢から出て、私は帝都から少し離れた場所に馬車に揺られながら連れられていた。
ジュンの話によると私が謁見したのは帝都を治めるだけの王で、この大きな帝国を纏めるたった1人の君主が私に会いたがっているそうだ。
謁見した人類連合の大将を務めていた大きな男がこの帝国の王だと思っていたが、どうやらそれよりも上がいるらしい。
あんな巨体の怖い男を従える王なら、今度は人間以外の何かしか思い浮かばない。
「神王陛下に会うのがそんなに不安か?」
目の前に座ったジュンは私の顔を真っ直ぐに見詰め、迷いの無い剣のようにスっと私の意識の中に入ってくる。
「いえ、不安と言うか……怖くなければ良いと思ってまして」
「……そうだな、神王陛下は美しい方だ。だが近付き過ぎると飲み込まれる、それだけは気を付けろ」
道が悪くて頻繁に跳ねる馬車が止まった場所は、深い森の中で周りには城も街も何も無かった。
馬車から先に降りたジュンは、軽装から一転して一瞬で漆黒の鎧を全身に纏い、降りようとしていた私に手を差し出す。
「ありがとうございます」
「少し高い、私が抱えよう」
脇の下から背中に腕を回し、膝裏を左手で支えられ、お姫様抱っこをされて森の中を歩く。
「あの、下ろして頂けると……」
「足場が悪い、神王陛下に合わせる前に怪我をされても困る。クライネは鈍そうだからな」
「失礼ですね、そんなこと……無いと願いたいです」
「シルフィード、クライネに風の加護を。もうすぐで着く、さっき言った事をくれぐれも忘れるな」
この光景をどこかで見た事があると思って人影を探していると、アイネと初めて会った時と同じ様な場面だった。
神王というくらいなのだから、アイネと同じこの世界を守護する者の一柱なのか、ならアイネとも知り合いだろうと予想出来る。
「神王陛下、連れて参りました」
「……ご苦労様ですジュン、神域に立ち入ることを許可します」
「失礼します」
それまで目の前に何も無かった景色が1歩踏み入っただけで、綺麗な湖が姿を現す。
宙には紅い魚ではなく白色の魚が漂っていて、全てが光だけで出来ているような神々しさを放ち、世界の果てを思わせる。
そんな幻想的な神域を見回すが、神王と呼ばれた人の姿は見当たらず、代わりに白い毛並みの猫がジュンの足下に擦り寄る。
「何をしているセルマ、神王陛下はどこだ」
足下の白猫が徐々に姿を変えて大きくなると、ジュンとはまた違った純白の鎧を纏った騎士が現れる。
「私には冷たいですね相変わらず、対なる者は分かり合えないのですね。貴女も同じ姿になればよろしいのに」
「遠慮しておく、私は人だ。そうなると決めた」
「我が子の為にですか?」
腕の中の私に一瞬顔を向けたが、白騎士はすぐにジュンに顔の向きを戻して、からかうように白の内側で笑う。
それに答えずに白騎士を突き飛ばしたジュンは、湖の水際に腰を下ろして腕の中の私を脇に下ろす。
「神王陛下、御所望であったアトラルを連れて参りました。御身のお姿をこの目に」
「あら、可愛らしいアトラルね。神殺しの他にも需要がありそうだわ」
湖の中から顔を出したのは予想していた怖い男ではなく、色白の透き通った肌の綺麗な女性だった。
遥か深くの湖底が見えそうな程透き通った水の中には、女性がゆらゆらと揺らしている
「えっ……魚、なんですか?」
「人魚よ、人魚。セイレーンです、失礼な子ね」
湖面から出ていた上半身を揺らしてそう言った神王陛下は、頭を抱えたジュンを涙目で睨み付ける。
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