神王陛下③
「
腰の剣に手を添えたジュンが心配そうに黒龍を見上げ、湧き続ける瘴気を魔法の壁で防ぎ続ける。
天を仰いだまま動かない黒龍が首をだらりと下げたかと思うと、私たちの方に顔を向けて突然口の中に龍力を集め始める。
それで漸く剣を抜いたジュンが曇り始めた空を光の剣で割り、射し込んだ太陽の光が剣を照らす。
「お下がり下さい陛下、クライネは陛下を頼む」
「はい、頑張ります」
神王陛下の手を取って背を向けずに後退し、アイネのナイフを握って魔力を溜め続ける。
瘴気を払ったジュンが更に黒龍に近付き、光の剣先を真っ直ぐに顔に合わせる。
「覚えているかセルマ、陛下が貴様を人に戻した日を。再びその姿になり、未熟なお前は自我を保てなくなった。
「……ジ、ン……ジュン!」
「人に戻してやる、神王陛下が再び貴様の手を取るんだ。次は自我を保てるようにしておけ」
「ガァァァァァァ!」
何かに抗い続けていたセルマが私の隣の神王陛下目掛けて突っ込んで来るが、割り込んだジュンが一瞬で勢いを殺し、漆黒の鎧を纏って押し返す。
白い線を虚空に描いて消えたジュンを再び目で捉える事が出来たのは、黒龍の目の前で頭から落ちる姿だった。
「黙れ!」
剣を黒龍の顔に叩き付けた直後に再び消え、それからは残光だけが黒龍を削っていき、抵抗をさせる暇も無く巨体が地面に倒れ伏す。
左手にいつの間にか持っていた剣は私の持つナイフと類似していて、僅かに雷を纏っている様に見えたが、よく見ようとした途端に消えてしまった。
私の後ろからすり抜ける様に前に躍り出てしまった神王陛下が、強大な神力を瞬間的に作り出し、黒龍を内側から弾き飛ばす。
中から出て来たセルマは私が人身御供の時に着ていた服に類似した格好で姿を現し、まるで夜を体現させた様な漆黒の黒髪が揺れ、下に居たジュンの腕に落ちる。
「創造してみろクライネ、この体に残る瘴気を完全に消し去るのを」
「私ですか……そんな事やったことがな……」
「やるんだ、アトラルなら出来る筈だ。神王陛下の欲する姿になる為だ、やれ」
「……やってみます」
目を閉じて瘴気の場所を探り、セルマの体に触れる。
近付いただけでも凍える様な冷たさだったのに、揺れた瞬間指先からは温かな言葉に出来ないものが伝わって来て、それが逆に恐怖に感じる。
「我らの恨みを思い知れ、思い出せ、貴様らの罪を」
突然目の前に現れたのは顔を血で濡らした龍人で、辺り一帯は火の海になって、多くの龍人が体に斬られた跡を刻まれて死んでいた。
「アトラル……アトラル様はまだ来ないのか、敵がもうそこまで来ている」
大きな城が崩れ行く中で、龍人は何かを信じている様に誰かを待ち、逃げずにこの城の中に留まっている。
廊下の奥からは武装した人間が大勢迫っていて、ドラゴンに姿を変えて数人が突っ込んで行く。
「早く逃げなさいあなたたち、走って! 早く行きなさい!」
突然景色が街に変わると、焼けて崩れた家の下敷きになっている女性の龍人が3人の子どもにそう叫ぶ。
「お母さん! お母さん、嫌だよお母さん!」
走る少年に手を引かれて少女が家の方を見て、下敷きになっている女性に手を伸ばし、何度も転びそうになるのを引っ張られ、引き摺られる様にしてその場から離れる。
「レヴィ、セルマを担いでくれ。俺は足止めする」
先頭を走っていた少年が突然反転して止まると、ナイフを構えて背後から迫って来ていた騎士と向かい合う。
「分かったルシィ、お前もすぐ来いよ。こら暴れるなセルマ、黙ってろ!」
暴れる少女を抱え上げて走り出した少年と分かれた少年が、2人の背中を見送ってから微笑み、雄叫びを上げて騎士に走っていく。
「触れるな人間! 殺してやる、1人残らずにだ、裏切り者め……」
また景色が変わったかと思うと、15歳くらいの女性が体に布を巻いて全身を隠し、ガラの悪い人間に絡まれていた。
複数の男によって殴られた後、服を引き剥がされ、泣き叫ぶ女性を押さえ付けて無理矢理性的暴行をする。
「クソ……なんでこんな世界に生まれてきちまったんだ、私が何かしたかよ……何処に居るんだルシィ兄、レヴィ兄。母さん……」
汚れた体を川で洗い流している龍人の女性は、夜空を見上げながら吐き捨てる様に言い、川から上がって服を身に着けて歩き出す。
「食わなきゃ……人間を殺さなきゃ、私が死んじゃう。でも、普通の家畜や作物を食べれば生きてける……でも人間は殺さなきゃ……やっぱり出来ない。やるんだセルマ、あいつらは母さんと兄さんたちを殺したんだ」
木の陰から5人の人間を眺めながらそう自問自答している龍人は、決心したようにドラゴンに姿を変え、圧倒的な力で人間を引き裂いていく。
「ははははははっ! やってやった、人間を殺したぞ。褒めてお母さん、兄さんたちも! この調子で行けばいつか滅ぼせるよね、私の復讐を見ていてね」
返り血を顔に付けた龍人は壊れた様に笑いながら踊り、原型を留めていない人間の死体の真ん中で叫ぶ。
「クライネ、よくやった」
突然掛けられた声によって引き戻された私の目映ったのは、全ての命が枯れた森で立っていて、黒い鎧を纏ったジュンの腕の中には意識の無いセルマ、その隣には神王陛下が立っていた。
セルマに触れていた手からは体温しか感じられず、ジュンの言葉から瘴気を全て払えたのだろう。
「この世界も……こんなに穢れているのですね、人間だけがこんなにも。酷く、醜く」
膝から崩れ落ちた私の頭を撫でたジュンは何も言わずに私を抱え上げ、神王陛下と共に枯れた森を歩き始める。
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