王権喪失①
ナハトに連れられてデルタイル帝国国境に戻ると、先程まで頑なに入国を拒否していた帝国だったが、一転して賓客として歓迎された。
国境の栄えた街を抜け、帝都に続く平原を進む。
国境の街は数多の国の伝統品が入り、肌の色が違う人が行き交い、品物を売る声が飛び交っていた。
パレス王国の王都を思い返しても、これ程人で溢れ返っておらず、繁栄は足下にも及ばない。
更にそこかしこにデルタイル王家の紋章が掲げられていて、王家に対する期待や忠誠が伺える。
それに対して短期間ではあれど、自分が築き上げた平穏は、ただ代わり映えの無い日常でしかなかったのだと痛感させられる。
「暗い顔してどうしたんだい、私で良ければ相談に乗ろうじゃないか」
ぼーっと考え込んでいた私の隣に馬を並べたチェリーは、晴れた空を見上げ、鼻歌を歌いながら平行する。
余程深刻な気持ちが顔に出ていたのか、ナハトに睨まれながらもチェリーは返事を待つ。
「少しその辺を走ろうじゃないか、私とどちらが速いか競争だ」
言うが早いか、馬のお尻を踵で蹴ったチェリーが列を外れて平原に躍り出る。
それを追って馬を平原に向けて駆ると、速度を落として待っていたチェリーに追い付く。
「クライネ様、いずこに……」
「ナハトとか言ったか、少々顔を貸せ。今後貴公は大きな戦力になる、側近だけでは宝の持ち腐れだ。前線に出てほしい」
「私はクライネ様の側近です、クライネ様が遠くに……」
「今回だけだ、どうせすぐに戦争が再開する。側近だけが王を守る訳じゃないのです」
アイラスがこちらに振り返って手で虫を払い除ける様に動かし、気にせずに行けと合図をくれる。
その合図を見て前に向き直ると、速度を上げたチェリーに置いてかれそうになるが、それに対抗して馬を走らせる。
「良いかい、ドラゴンみたいな強い翼をイメージして、背中に熱を感じたら一気に魔力を流し込む。そして魔力を使って跳躍して、そのまま空を翔る」
言った手順と同じタイミングで実践したチェリーが空に舞い上がり、私の上を円を描く様に飛び回る。
言われた通り、アイネの様にどんな風にも負けない翼をイメージし、背中を走った雷を感じた瞬間に集中して、アイネが傷付く場面を想像して助けようと手を伸ばす。
その瞬間に背中から温かい何かを感じるが、どうやって魔力を放出して飛んで良いのか感覚がよく分からない。
もう1度アイネが傷付く姿を想像してみたが、翼が強く固くなるだけで飛翔する動力になり得ない。
走る馬に並走するチェリーが伸ばした手を取り、ゆっくりと馬から浮き上がって暫く上昇してから手を離される。
「チェリーさ……」
「自分が進みたい方に光の糸を見つけて、それに沿って上手く飛ぶ。こればっかりは表現出来ないから、自分が飛びやすいものを意識するんだ」
手を離された途端翼が風を受けて体が押し返され、ゆっくりと高度を下げながら前に進む。
「あ、アイネさんアイネさんアイネさん……いや何であの人が、でも飛ぶの1番上手だし。兎に角飛ばないと」
「魔力の翼だから羽ばたかせなくても大丈夫、ただ飛ぶことを考えて。ほら落ちちゃうよ、私がだけどね」
私の下に回って悪戯な笑顔で翼を仕舞ったチェリーが降下を始め、小さな体で風を受けながら何も無い空に身を投げ出す。
腕を掴もうと手を伸ばしたが、空振りに終わってしまう。
「何をして……アイネさん、お願いします。力をお貸し下さい」
願いを口にしてイメージを広げると、また胸の中に雷が走った様な感覚がして、小さな光るドラゴンが目の前を飛ぶ。
その動きを真似して回転しながら降下してチェリーを抱きしめ、地面ギリギリで飛行に成功する。
草を舞い上げてしばらく地面すれすれを飛行していると、翼を再び出したチェリーに主導権を握られ、もう1度空高く上昇する。
「凄いねあの動き、回転してキャッチするなんて格好良かったじゃないか」
「あれはアイネさんがやっていたもので、凄いのは私じゃないですよ」
「寂しくないかい? アイネに会いたくて堪らないだろう」
「やめてくださいよ、抑えてるんですから。余計に寂しくなっちゃうじゃないですか」
「はははっ、はぁ。クライネは溜息が出てしまう程素直で可愛いね、これからは飛べるんだから会いに行けるさ。まだまだ飛行距離と操作も問題だけどね、それをクリア出来て初めて自分から会いに行ける。私たち3人が支えるから安心してなよ」
チェリーの手に頭を撫でられて来た道を引き返して、途中で待っていた馬に乗ってガルドナル将軍が牽引する本隊と合流する。
「迷惑をお掛けしました将軍、毎回ありがとうございます」
「いえいえ、出来る事なら何でも致します。老い先短い老体、如何様にでもお使い下され」
「何を言ってるんですか、あと100年は生きててもらわなければ困りますよ」
「これは来世も貴女様のお傍に決定ですな、はっはっはっはっ!」
豪快に笑うガルドナル将軍と笑いながら、前方にチラリと視線をやると、王都を囲む壁が視界には収まら切らない程横に伸びていた。
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