世界を飲み込む獣④
森に入って暫く歩いていくと、カーテンの様に吊り下がっている植物を掻き分け、女性がその奥に消えていく。
ここまで歩いてきた限り、特に何の変哲も無い、一度迷ったら容易には出られない森と思っていたが、女性の後を追って植物を潜った瞬間、目の前のあまりにも綺麗な景色は、一度迷ったら二度と出ようとは思わない程に圧倒的だった。
女性が隣を通ると、まるで王を慕う民のように綺麗に花が咲き、流れている川はキラキラと輝きを放つ。
一面に自然が敷かれた美しい空間に、色々な色の煉瓦で作られた立派な家が、自然と共存している様に建っていた。
幻想世界に入り込んだ様な景色から何とか女性に視線を戻すと、今度は多くの動物に囲まれていて、その中には人間に懐くことが無い餓狼まで居た。
女性の腕の中の子どもに興味津々な動物たちが、子どもの顔を覗き込もうとするが、女性は動物たちの間をすり抜けて家の中に入っていく。
「ごめんね、まだ着飾らせてないの。後でお披露目会するからね」
動物たちに手を振った女性がドアから出していた顔を引っ込めると、閉まったドアの前に動物たちが集まる。
私も思い切って壁に手を付けてみると、阻まれずにすり抜ける。
そのまま一思いに飛んで家の中に入ると、ベッドに寝転がせた子どもの胸に手を当て、頭から角を出して手を光らせる。
その光に包まれた子どもの傷は瞬く間に塞がり、それを満足そうに揺れる尻尾が見守る。
暫くして気を失っていた子どもが目を覚まし、素早く上体を起こして伸ばした右手からは光り輝くナイフが握られていて、刺さった女性の胸からは紅が流れ出る。
それでも笑顔を絶やさない女性は、ナイフを握る手に自分の手を添えてゆっくりと膝の上に戻し、子どもの両頬に手を添える。
「御飯にするから手を洗ってきて、もう少し太ってくれないと美味しくなさそうだし。ほら早く、その間に服作ってあげるから」
「やっぱり神核が……」
「そこのドア開けたらお風呂だから、お前は可愛い顔をしてそうだからフリフリをいっぱいつけてやる」
「何が目的なんだよ」
「お前が死にたくないと言ったからね……なんて冗談、やっぱり1人だと寂しいでしょ。今日から私がお母さんだから、そのつもりで呼ん……」
「絶対呼ばねえ、風呂行ってくるから覗くなよ。入ってくるのは論外だからな」
死にそうな所を助けてもらったにも関わらず、お礼の1つも無い上に悪態をつくなんて、私なら気分が悪くなってしまう。
それでも女性は拾ったばかりなのにも関わらず、それも含めて愛しそうに微笑み、尻尾をゆっくりと左右に揺らす。
「さて、どうやって美味しく食べてくれようか。風呂から出て来て可愛いくなかったら、速攻被験体にしてやる」
前言撤回、ドアの向こうに消えた子どもの目を見る目付きが、悪戯をする前のアイネの顔に似ている。
思い出した様に椅子に座って布と裁縫セットを持った女性は、服を作る為に縫う作業をするが、不器用過ぎて服の形にならない。
それを目の前に持ち上げたが、自分でも自覚出来る程不格好な布を、一瞬で塵に変えて消してしまう。
大きな溜息を吐いた女性は、背もたれに体重を殆ど預けて高い天井を仰ぐ。
「あ、魔法で作れるし。完璧にイメージ通りになるじゃない」
立ち上がった女性は風呂場に繋がるドアを開けて、脱衣場の壁に張り付いてこっそりと風呂を覗く。
「覗くなって言っただろ!」
風呂場の物を手当たり次第に投げられ、頭を両手で庇いながら逃げ帰って来た女性は瞼を閉じてから両手を広げ、目の前に服を作り出す。
フリフリが沢山付いた白いワンピースを畳んで、溜息を吐いてからまた椅子に座る。
「物を投げるのは問題だけど、私のあげた花をしっかり握ってるなんて、可愛い所もあるじゃないか。後は料理……料理か、うん……なんとかなるっしょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます