世界を飲み込む獣⑤

「うっ……ヴェェェ……ウップ、エェェェ」


女性が作った見栄えの良い料理を口に運んだ子どもは、殆ど間隔を空けずにキラキラを口から放出する。

過呼吸になって蹲る子どもを驚いた顔で見て、女性は自分の作った料理にフォークを突き刺して口に放り込む。


女性はフォークを口に入れたまま暫く制止してから、窓の前まで歩いて外に吐き出す。

そのまま全ての皿を持って灰にすると、水をコップに注いで子どもの口に流し込む。


苦しそうに安定した呼吸を再開したのを確認すると、女性は微笑しながら汚れた床を手から出した人形に掃除させる。

子どもを椅子に座らせて背中を擦りながら、何かを考え込んでから納得した様に顔を上げる。


「なんか、全部凄かったな」


「殺す気かよ、俺はあんなもの初めて食べた。見た目は綺麗だけど、食感はゴムの様にグニグニ、風味はまるで焼け焦げた死骸の様、何故かいつまでも噛み切れなくて絡み付くソース、魔女なのかお前は」


「確かに魔女だけど、魔女狩りの所為で悪者と勘違いされてて迷惑なんですけど。昔は多くの子どもの出産を補助したし、薬も作って街のヤツらに処方もしてやった。のに己の信じぬ神を崇拝せず、多くの神を崇拝する私たちを悪者に仕立て上げたんだ。私は肉しか食べた事ないから分からん、焼くだけだからな肉は」


「ならなんで俺に手の込んだもの食わせようとしたんだよ、出来ないものに挑戦して無駄にするなら出来るやつ出せよ」


「……それは、出来る所を見せたかったし。小汚い子どもが、お風呂から出て来たらこんなに可愛いとか思ってなかったから。将来絶対美人になって、街の男どもに嫁いでくんだわ。あー、殺してー」


「大きな声で喋れよババア、そろそろ本気出すぞ」


「ババアとは失礼な、まず名を名乗れ糞餓鬼。お前の本気なんて怖くも何ともないわ、てかババアじゃねーし!」


「俺の名はトールだ、それにドラゴンでその見た目なら結構長生きしてるだろババア。とっとと認めろババア!」


突然始まった喧嘩を見ていたが、凄い勢いで言い合いを始める2人の言葉を、危うく聞き逃すところだった。

ずっと名前も分からなかった子どもが突然よく知っている人の名を口にし、少しだけ面影のある顔で喋っている。


でもアイネの髪は綺麗な白色で、こんな子どもっぽい喋り方でもない。

それにドラゴンの角や翼や尻尾が生えていて、こんなにひ弱じゃない。


この景色の核心に迫ろうと思考を巡らせると、突然目の前の映像が途切れて柔らかいものの上に頭が乗っているが、何かに覆いかぶさられていた。

それを退かそうと手を当てると、ビクッと跳ねてすっと起き上がる。


「私の上で寝てましたねナハトさん」


「そ、その様な事は……」


「唾液の跡付いてますよ」


「ごめんなさい、寝てました」


「うん、斬首刑」


「この落とし前は、必ずその斬首刑で取りますので。チェリーとリュリュには……」


「冗談なので大丈夫です、逆に私の心が痛いです。感謝してますよナハトさんには、いつも傍に居てくれて、こうして見ていてくれて」


恥ずかしそうに俯いたナハトは、私の腕に刻まれた傷を見ると、拳を握って何かを抑える。


「力不足で申し訳ありません、王をお守りするどころか、守られる騎士など騎士失格です」


「気にしないで下さい、守られたのは私の方ですから。さぁ、指揮に戻りましょう」


「はい、今度こそ御守りします。この命を燃やして、シュヴァリエとしての使命を果たしてみせます」


部屋から出て廊下を歩いて外を目指すと、途中でチェリーとリュリュに遭遇する。

私たちを見て走って来た2人は止まらずに、私目掛けて体当たりをして、その衝撃に持ってかれて吹き飛ぶ。


「いたたた……先に目が覚めてたんですね。最後の力で癒しが使えて良かったです」


「クライネが最後だよ、その間に賊と交戦したけど追い払えたし。軍師の策で被害も殆ど無かったんだよ」


「そうなのですかリュリュさん、すみません最後で。先頭に立つべき私が最後では、格好がつきませんね」


「病み上がりなんだから、2人ともクライネ様に無理をさせないで」


「そう言うナハトはいつも独り占めじゃないか、私たちが看るって言っても部屋に入れてくれないし。1番変な事やりそうなのはナハトの方なのにね」


始まった小さな言い合いを聞いている内に、先程まで見ていた夢の内容を思い出し、この世界を見る目を少しだけ考え直そうと思ったが、そんな事よりもあれは真実なのか、それとも夢なのかと言う方が、私の中で1番大きなものだった。

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