世界を飲み込む獣③

あれだけの人数にも関わらず場を制したモードレッドに、何も出来ない私が勝てると思ってはいないが、ここで何もしないくらいならここで燃え尽きるまで死力を尽くす方が良いと、怒りの様な感情がそう訴える。

雷が血管を走って動き始めたナイフがナハトの腕を少しだけ切り、口の前に運んで舌で舐め取る。


同じ様にヨルムの血を口に含むと、飲み込む前に体の中に染み込み、髪と肌が黒に染まって腕にはドラゴンの鱗の様なものが浮かび上がる。

剣がくうを切り裂く鋭い音がすると、勝手に体が攻撃に対応し、剣を払って左手で形成した毒槍を顔目掛けて振り下ろす。


鎧を消して加速したモードレッドはすり抜けて背後に回り、応戦したジャンヌとガルドナル将軍を吹き飛ばし、切り返した剣に左手の槍を弾かれる。

もう1度槍を毒として分解させて降り注がせるが、振るった剣から生じた衝撃波に掻き消される。


その衝撃波に切り裂かれながらナイフを突き立てるが、腕で防がれて横腹に蹴りが入る。

受け身をとってすぐに立ち上がるも、追撃をもう一撃腹に入れられる。


だが、自然に動いた腕が足を掴んでモードレッドを持ち上げ、思い切り地面に叩き付ける。


「もう止まって下さい、このまま続けてもあなたに勝ちは訪れません。もうあなたの血を私はこの身に注ぎました」


「俺が負けるかよ、本物のバケモンならもっと俺を楽しませろクソ野郎!」


「そこまでにしなさい、後方からパレス兵800が来てるわ。ここで磨り潰されてみる?」


周辺警戒から帰還したアイラスが私の隣に馬を寄せ、脅しとも取れる提案をする。


「……デルタイル帝国に向けて進軍します、民を死なせるは本意ではありません」


「チッ、興が冷めだ。漸く何も気にせずに全力出せると思ったのによ、父上しか相手にならないのかよ。あーつまんねぇ」


持っていた剣を消した騎士は地面転がっていた石を蹴飛ばし、不貞腐れた様子でどこかに歩いていく。

モードレッドに伸された全員に癒しの加護を与えてから元の姿に戻ると、今度はどっと疲れが押し寄せ、立っていられなくなって座り込む。


「軍師さん、後は頼みますね。少し休みます」


「分かった、今動けるのは俺だけか。全軍帝国に向けて進む、この3つ先の砦で休憩をとっいる間、帝国に下ると伝える使者を送ろう」


策を練る軍師さんを最後に意識が落ちると、湖の水際の次は、深い森の中に横たわっていた。

宛も無く森の中を進んでいると、なんとか森の外に出られたみたいで、近くには大きな街があった。


次はどんな街なのだろうかと、期待に胸を高鳴らせていたが、それは街に入ってすぐ、愚かな人間の手によって打ち砕かれた。

黒いワンピースに身を包んだ、綺麗な黒髪の女性を大勢で囲んで、罵声を浴びせながら石を投げつけていて、顔に当たって流血しようがお構い無しに次の石を投げ続ける。


「なんてことを、止めに行かないと」


群衆を掻き分け座り込んでしまった女性に駆け寄ろうとするが、その姿を見て皆が散っていく。

収まった石の雨に囲まれた女性はよろよろと立ち上がるが、足から力が抜けた様に腰を地面に打ち付けて倒れる。


「しっかりして下さ……」


転んだ女性を支えようと腰に手を回したが、体をすり抜けた手は疎か、声や存在すら認識されていなかった。

何もする事が叶わないまま立ち尽くしていると、もう1度立ち上がった女性は細い路地にふらふらと入っていき、壁に背を着いてへたり込んでしまう。


終始俯いていた女性の顔を初めて覗き込むと、左目の周りだけ色が変わっていて、焼けたみたいに爛れていた。

だが、その爛れは石の所為ではなく、元々そうなっているものだった。


愚かにも私はそれを恐ろしく感じてしまい、化け物と言う言葉が頭に浮かび、それを必死に振り払おうとする愚かな自分が居た。

紅い瞳を涙で濡らした女性は両手で顔を覆って涙を拭い、少し離れた所に座り込んでいる血塗れの子どもを見て立ち上がる。


立ち上がってからもう1度涙を拭い、深呼吸してから子どもに近付き、腰を曲げて子どもの前髪を手で分ける。

汚れた金色の髪の下から覗く虚ろな紅い瞳と、右目の周辺を覆うドラゴンの鱗の様な物を見て、女性は笑みを浮かべてこう話し掛ける。


「あなたも私と同じなのね、あなたもひとり? 死にそうじゃない、あなたは死にたくない?」


「……死に、た、くない」


「だよね、ならウチに来なよ」


「お前も……俺の神核が、目当てな、のか。なら、行かねぇ」


困った様に籠の中に手を突っ込んだ女性は綺麗な花を1輪子どもの前に出すと、それを握らせて抱え上げる。

そうして来た道を引き返すと、また民衆の凍える様な瞳に囲まれ、子どもを庇いながら森の方に走る。


「魔女め、もうこの街に来るんじゃない!」


「子どもを攫って行ったわ、誰か憲兵さんを……」


「良いのよ呼ばなくて、あの子どもは忌み子なんだから。魔女が悪魔を持って行ってくれたのよ」


「あら、なら別に良いわね。でも、次来たら今度こそ憲兵を呼んで殺さなきゃね」


その光景を見て自分の居た村を思い出し、私はこの街に1秒でも長く留まる事を拒絶し、魔女と呼ばれていた女性の後を追う。

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