聖断①

中庭に飛び降りたクライネはエルの隣に立つが、じっと動かない為、無言で隣に腰を下ろす。

座ったまま微動だにしないエルの横顔を見ていると、暖かな日差しの所為もあって、激しい睡魔が襲ってくる。


稽古を投げ出して来た甲斐があったと喜んでいると、スっとエルの瞼が開く。


「クライネ様、何故このような場所にいらっしゃるのですか」


「エルを見てました、やっぱり眠くなりますよね。こんなに気持ちが良いと」


「いえ、私は寝ていた訳ではありません。瞑想と言って自分を見つめ直し、また……」


「陛下! 帝国兵が十万の兵を挙げて移動中、我らの国に分隊が迫っております。恐らくは連合への参列勧告の最後通達かと」


突如舞い込んだ報告で中庭に影が降り注ぎ、先程まで見守ってくれていた太陽が雲に隠れる。

まるで災厄でも予知するような天が、この状況に対する答えを告げている様な気がした。


「応じましょう、この国を守るにはそれしかありません」


「では、直ちに準備を進めます」


「エルは国民に戦争の意を伝える貼り紙をお願いします」


「Yes My Fair Lady」


弾かれるように走り出したエルの背中に続いて中庭から飛び出ると、前にはデルタイル帝国の使者が複数人歩いて来ていた。

使者に立ち止まって一礼すると、低頭もせずに目の前で突っ立っている。


「あらあら〜、一国の王が頭を下げているのに。唯の使いっ走り如き、随分と頭が高いのね〜」


どこからか現れたヨルムがクライネの隣に立ち、持っていた剣を笑顔で床に突き刺す。

当然その言葉に気を悪くした使者は、ヨルムの剣を蹴り飛ばして胸倉を掴む。


「お前ら如き小国、私の言葉一つでいつでも潰せるのだぞ。図に乗るなよ!」


「良いんですヨルムさん、我が国の者が無礼を働きましたこと申し訳なく思います。既に用意しております、後ほど合流させて頂きます」


「ふんっ、それで良いのだ。お前もこの簡単に頭を低くする愚王を見習え」


踵を返して去っていった使者の背中を見つめながら堪えていたヨルムが、姿が見えなくなって漸く拳から力を抜く。

怒りが収まらないヨルムを抱きしめて、宥めるように背中を擦る。


「準備してくるね〜、あんまり溜め込んじゃ駄目よクライネちゃん。あと抱擁ありがと〜」


そう言って笑顔で手を振りながら歩いていったヨルムとは反対の方向に歩き出し、慌ただしい城の中を歩いて自室に戻る。

既に待っていたターニャが甲冑を持ち、新王の細い体に一つひとつ丁寧に着けていく。


部屋に控えていた三人の側近の補助もあり、数分で全ての準備を終える。


「遂に争いが起こってしまったのですね」


3人の中で1番気の弱いナハトが不安そうに声を上げると、既に覚悟が出来ていたのか、ターニャは静かに頷く。

この状況でも顔色ひとつ変えずに黙々と物事を処理していく姿は、さすが百鬼将の娘と言ったところか。


「でも、ここで私たちが活躍すれば、この国がもっと良くなるよ!」


「リュリュは分かってない、戦争何てやるものじゃない。勝てば一時の繁栄だけど、その後も争い続けないといけなくなる。でも負けたらそこで終わり」


チェリーはリーリアにそう言うが、やると決めてしまったからには半端には出来ない。

それこそ戦争の消耗と帝国からの圧力で押し潰され、国民を路頭に迷わせてしまうことになる。


「でも、皆で絶対に生き残りましょう。私たちなら出来る筈です。人が少ない分、絆はどの国よりも強いですから」


ナハトの意外な言葉に、この場に居る全員が驚いた顔をしていたが、徐々に言葉を飲み込んで頷き合う。


「そうですね、クライネ様を皆でお守りしましょう」


ターニャが拳を前に突き出すと、三人も拳を自分の前に出す。

それに習ってクライネも拳を出すと、ターニャが拳を突き合わせる。

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