さよならのセレナーデ

 披露宴用のドレスに変えて城の大広間に行くと、自分のドレスにも劣らない煌びやかなドレスに身を包んだ女性が、色々な人と話をしたりして、新しい王が現れるのを待っている。

 華やかな社交の場で人々が行き交っているその中で、ひとりだけ輪に入れていない人を見つける。

 何も言わずにエルからクロークを受け取り、顔をフードで隠してその男性の下に駆け寄る。


「こんばんは」


「あ、はい。こんばんは、あのどうして顔を隠されているのですか?」


「あー、鋭い質問ですけどそれは教えません」


 ぽかんと口を開ける男性に、人差し指を口に当てて微笑む。


「陛下!」


「呼ばれてしまったので行きますね、また縁があったらお会いしましょう」


 目立つクローク姿のクライネを見つけたエルは両手に白い手袋を着けていて、その上に戴冠式の物とは違う王冠を乗せている。

 珍しく鎧を纏っていないエルはゴツゴツした鎧姿からは、想像出来ない程線が細い。


 クライネは少しだけ自分のお腹を気にしながらも、途中でクロークを脱ぎ捨てて、幕の後ろに隠れてエルから王冠を受け取る。

 少し重たい王冠を頭に乗せて、背筋を伸ばして深呼吸をする。


「参りましょう陛下」


「……頑張って頑張ります」


「肩から力をお抜き下さい、みっともないですよ」


「は、はい。抜きました」


「まだまだ上がっておりますよ、手を上げて一気に力をお抜き下さい」


 エルに言われた通りに両手を上に上げて一気に力を抜くと、気のせいか少しだけ力が抜けた気がする。

 意を決してエルに頷くと、優しい笑顔が返ってくる。恐る恐る幕の後ろから一歩踏み出すと、会場の視線が一気に集まるのが分かる。

 会話で満たされていた会場が静まり返り、緊張感が漂って期待が高まる。


「あれが新王、可愛らしい御方ね」


「まだ子どもじゃないか、この国はどうなることやら」


 言葉の裏に隠された皮肉や、全く包み隠さない不安ばかりが聞こえて、クライネは身がすくんで動けなくなる。

 それを見て更に不満の声が高まり、会場には嫌な雰囲気ばかりが漂い始め、高まった期待の反動が大きい。


「エルさん……すみません」


「耳を澄ませてみて下さい、批判ばかりではありません。それにこの批判はまだ陛下のお力を見ていません、お見せすれば直ぐに黙る事でしょう」


「そうでしょうか、そうですね。私頑張ります」


「我々が全力でお支え致します」


 ✿


 披露宴が終わって静かな自室に戻り、大きなベッドで仰向けになって今日の会場の反応を思い返す。

 頭に浮かんだ歌を口ずさんでいると、部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 ドアを開けて部屋に顔を出したのは、湯から上がった姿のエルだった。


「失礼致します陛下。本日はお疲れ様でした」


「すみません、なんだか期待に添えなかった王みたいで」


「先程の歌、良ろしければもう少しお聞かせ頂けませんか?」


「構いませんけど、歌はあまり得意じゃないですよ?」


「そんな事は御座いません、とても綺麗な歌声でした。気持ちは籠っていましたよ」


「そんな事言う人嫌いです」


 そう言って笑ったエルは、瞼を閉じて歌を聴く準備を整える。

 渋々息を吸って、出来るだけ上手く聞こえるように歌う。

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