新王

痩せ細って骨が浮き出た体にコルセットが更にきつく絞められ、皆が期待する王の姿に一瞬で変わる。

これが少し前まで生贄だった唯の少女に求められた、この世界の抗えない定め。


鏡に映る自分の姿を見ていると、この世界が何をしろと言っているのか、クライネは全くもって理解が出来なかった。

夢を捨てて国を纏め上げ、己の気に食わないものを全て排除しろと言っているのか。

それとも、夢を諦めてこの世界の平和の為に尽くせと言っているのか。

もしくは、今まで受けた仕打ちに対して、運命を決めた神からの謝罪なのか。


もしかしたらお前は生きている価値も無い、己の運命に惨めに揺さぶられながら死ねと、世界からも忌み嫌われているのか。

そんな悲観的な考えのままメイドに付き添われて部屋を出ると、外ではエリュードが待っていた。


「お待たせしました。行きましょうエリュードさん」


「私は皆からエルと呼ばれています、王もそうお呼び下さい」


「……行きましょう」


「Yes My Fair Lady」


胸に手を当ててお辞儀をしたエルは、クライネの眼前に手を差し出す。

差し出された手の平に自分の手を乗せると、優しく握られてリードされる。


廊下を歩きながら窓の外を見ていると、何やら下で騒ぎが起こっているようだった。

エルが気にしていないのならそんなに対した事ではないのだろうと、今は目の前のやるべきことに備えて顔を引き締め、綺麗な姿勢を意識して歩く。


廊下の先の大きな扉の前で立ち止まると、エルが扉を軽く3回叩く。

それを合図にして、扉の向こうから男性の声が張り上げられる。


「新王が到着なされました」


「新王陛下に、敬礼!」


見上げる程大きな扉が向こうから開かれると、大きな広場は国民で埋め尽くされており、新王の姿が見えると歓声を上げる。

今迄向けられていたとしても、怒号や中傷の言葉しか浴びなかったからか、心臓がばくばくして落ち着かない。

深呼吸をして落ち着こうとしているクライネの握られた手にさらに力が入り、エルに少しキツく掴まれる。


「大丈夫です。王は必ず成し遂げられます」


頷いてエルの手を離して片膝を地に着くと、脇から運ばれて来た王冠が、ゆっくりと頭の上に乗せられる。

その瞬間に広場で一気に歓声が沸き、王国中が拍手喝采に包まれる。


「この魔道具に向かって、一言お願い致します」


クライネの手に変な物体を乗せて下がったエルは、目が合うと微笑んで小さく手を振る。

拍手や歓声が全て無くなったのは、ここに居る全員が私の言葉を待っているという事なのだろうと、クライネは少しだけ後ずさる。

それでも覚悟を決めて深呼吸を繰り返し、魔道具に口を近付ける。


「わふっ、私が、新王に即位しました、クライネです。こここ、これから、この国を豊かで笑顔と、夢が溢れた国にしたいです。なので、皆さんも、どうか宜しくお願いします」


言い終わると同時に歓声や拍手が沸き起こり、火の玉が高い音を立てて上空に上がり、爆発して花を咲かせて消える。


「エルさんあれは敵の魔法ですか?」


驚いてエルに慌ててそう聞くと、控えめな声で笑われる。

何がそんなに面白いのかは分からないが、あれが敵の魔法なら笑い事じゃない。


「花火ですよ」


「花火?」


「玉の中に色々と仕掛けをして、打ち上げて空に花を咲かせる。極東の島国である、ヤーパンの伝統的な文化です」


「綺麗な文化なんですね、一度行ってみたいです」


「またいつの日にか、その時は私も御一緒します。知り合いにヤーパン出身の者が居りますので、案内も出来ると思います」


裏で着々と進められている披露宴の準備を手伝う為に、少しだけ花火を見てから城の中に入る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る