淡い夢の終わり
アイネが目の前で倒れてから数日の間、私には全く記憶が無い。あの日からもう何日も経っている事すら分からない程に、あの日と同じように、何食わぬ顔で空は晴れ渡っていた。
森でアイネが倒れたまでは覚えていて、その後に自分も気を失ったのも何となく分かっていた。
それからこの城に連れて来られるまでの数日の記憶が、頭の中からぽっかりと景色が抜けている。
あの街に戻ろうにも、記憶の無い今では、道に迷って倒れてしまうだろう。
記憶が無いのはそれを見越しての処置で、アイネを倒した騎士の計算なのだろう。
いつの間にか手の込んだ装飾が施された服を着せられ、街の宿よりも大きくてふかふかなベッドに寝かされていた。
部屋の隅に居た黒と白の服を着た女性が朝の挨拶をして、そのまま笑顔で立っている。
部屋のドアがノックされると、間を置いてアイネを倒した若い騎士が部屋に姿を現す。
「あなたは、アイネさんをよくも……」
クライネは何食わぬ顔の騎士に対して怒りをぶつけるが、男は眉一つ動かさずに突然膝をついて低頭する。
「お目覚めになりましたか王よ、本日は戴冠式の御予定があります。ドレスの着付けはそちらのメイドに……」
「私を早くアイネさんのところに返して下さい、私は王なんかじゃなくて、アイネさんの生贄です」
「アイネ……あの小さなドラゴンですか。まだ小さいながら凄まじい力でした。ですから、研究材料にする為に魔導棟に拘束致しました」
「メイドさん? 魔導棟に案内して下さい」
クライネがそう言うと、メイドは騎士とクライネを交互に見て、暫く考えてから困惑の声を漏らす。
ベッドから立ち上がったクライネの行く手を阻む騎士は、温かさが欠落した瞳を容赦無く向ける。
殺意に背を撫でられた様な感覚が体を這い、本能が危険だとブレーキをかける。
それでもアイネに会いたいと言う意思は固く、震える体で拳を固く握って、目の前の騎士を睨み返す。
「そこを退いて下さい」
「それは出来ません我が王よ」
「私がもしも王なら、貴方は私の命令に従うべきです」
「王の愚行を正すのも騎士の役目。この命に変えても、貴方様のご意思を曲げるつもりです」
無機質な瞳の奥底にある揺るがない意志が、小さなクライネの体を目掛けて真っ直ぐ向けられる。
こんなに固くてはっきりとした意志を、閉鎖された短い生涯で見た事が無いクライネは、少しだけ気迫に気圧されて半歩足が下がる。
「……分かりました、戴冠式はいつからですか?」
「王が準備出来次第始めます、既に国民は城の前にて、新王のお姿を見ようと待ちわびております」
「メイドさん、お願いします」
「お分かり頂けたようで幸いです。では、私は失礼致します」
立ったまま腰を折って低頭した騎士は、踵を返し、纏っている鎧を鳴らしながらドアを開ける。
「待って、名前を聞いてませんでした」
「……エリュード・ライオットです、呼び方はどの様なものでも構いません。では、失礼致します」
最後まで丁寧に頭を下げて部屋から出て行ったエリュードを見送り、準備をしていたメイドの前にクライネは立つ。
あそこでヘタレた自分の根性の無さに嫌になりながらも、締め付けられる胸の上に白いドレスを纏わせる。
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