9話ー2 道を切り開く 大和と戦乙女



「このまま突撃するつもりですか……!?」


「……猶予ゆうよが無い今——それしかあるまい……。」


 地球から遥かに離れた天楼の魔界セフィロトで、今も見守る魔王信長と懐刀ふところがたな 光秀――そして、彼らが集う場所【テフィレト】首都の城主、魔王ミネルバ。


「ですが……このまま進めば戦力が分断されかねない。未だ機械化魔族兵団の勢いは——」


「是非も無し——じゃがそれは、あの者達も重々承知しておる……。今我らに出来る事は見届ける事じゃ……。」


「——それに……よく見るがよい。絶望の中で戦う者たちの表情か?あれが。」


 懐刀ふところがたなの意見ももっともである――だが事前会議ならともかく、遠く離れたこの地でを憂いても意味は無しと……懐刀を制する天下布武の魔王が子孫の姿を見据えよとうながし——

 促されるままモニターを注視する懐刀——己の思考が杞憂である事実を目の当たりにした。

 

 そのモニターへ映り込む王女を支える者達。

 戦国の英雄の血を継ぎし未来の子孫達——皆双眸に宿るは絶望などでは無い……前へと踏み出し、希望を招来せんとするそれ。


「……ふぅ……私の杞憂——ですかね?」


「……杞憂——じゃろ?」


「信長殿も信頼しておられますね、ご子孫を。彼らの存在はジュノーもさぞ心強い事でしょう……。まさにあなた方の祖国日の本の誇りですね。」


 天下布武を勝ち得た地球を祖国に持つマリクト勢の耳をくすぐる、美の魔王ミネルバより賜わった地上の勇士らへのこの上なき賛美——マリクト勢もそれへ、謝意も含めて強く首肯した。

 

 そのやり取りの最中、強力な魔族兵団に囲まれようと決して屈さぬ表情が……魔界の王らが注視するモニター画面へ映し出される。

 希望を背負い……ただ全てを賭けて戦う勇士達――そして、その先頭に立つ魔法少女の視線が目指す物はただ一つ。

 赤き吸血鬼が封じられた、導師の私設要塞だけであった。



****



『ロウ隊!【大和】後方に付いて!撃ちらしを日本へ向かわせないで!』


 王女が出撃するポイントまではわずか――しかし、そのわずかが魔族兵団にはばまれ切り込めない宗家最大戦力大和

 その左翼と右翼――舞い踊る様に中空を駆け抜ける影は、新たなる力ヴァルキュリア・モードが構成する戦術外殻鎧を纏いし少女達。


「カグツチ君!可能な限りこちらで打ち払うよっ!」


『承知した!あるじよっ!』


 小さな当主桜花まとう【戦乙女形態ヴァルキュリア・モード】の霊装鎧――【焔ノ鬼若ほむらのおにわこ】は戦国武将の鎧を、科学で模した出で立ち。

 それを包むは、炎の破壊神【ヒノカグツチ】の膨大なる神霊力……蒼焔が少女の闘気と混ざり吹き荒れる。

 さらに両の手……にぎられる霊導機が二振り――【アメノムラクモ】と【アメノハバキリ】はいずれもオロチを滅するために生まれた対魔霊剣。


「クサナギ流閃武闘術――乱舞弐式・双!剣の舞【焔帝双刃乱舞えんていそうじんらんぶ】っ!!」


 蒼焔の烈光が魔族兵団へ一条、二条、三条と、次第に速度を上げ襲撃する様は音速の火焔撃――上位種魔導機兵グレーターデーモンらの体が次々と切り刻まる。

 爆散する機兵を尽く一掃する閃撃は、二振りの霊剣より放たれ続ける。


 左翼で蒼焔が舞えば――右翼では断罪天使の狂気が炸裂する。


「アッハハハッッ!!何だよこれ……入れ食いだしっっ!!」


 断罪天使を包む主の力――それは裁きの光。

 〈撃ち抜く断罪の天使ガン・ジャッジ・エンジェル〉……主となる天使の加護を受け力と成す【戦乙女形態ヴァルキュリア・モード】――地球に害成す存在を殲滅せんめつする光は大天使カマエルの加護。


 大型のショルダーガードと、ウエストガードが翼の様に伸び――

 背部の機械翼は無数の羽状霊量子砲群イスタール・ガン・フェザー――魔を滅する断罪の光を放つ神の兵装。


「さぁーーーっ!行っくぞぉぉぉっ!カマエル――【断罪霊獄閃イスタール・ジャッジメント】っっ!!」


 戦乙女形態ガン・ジャッジ・エンジェル背部より舞う羽状霊量子砲群イスタール・ガン・フェザーが彼女を囲み――全方位への十字砲火をばら撒き、魔族兵団へ突撃する。


「いいね、いいねぇ!!どっからでもかかって来るし!――まとめて裁きにかけてやるよっ!!」


 全方位への十字砲火はそのままに、敵各個に近接する狂気の翼――上位種機兵グレーター・デーモンの大振りな腕部近接攻撃が襲うも、吸い込まれる様に双銃が弾く。

 霊銃の軌道上に敵の腕が添えられただけの様な、当たる事など最初から皆無であると言わんばかりの近接霊銃防御――

 そこからの零距離の裁きを受けて、無事である魔の機兵など存在しなかった。


 からくもその暴風の様な攻撃をしのいだ上位種機兵グレーター・デーモン――しかしそこに待ち受けるは、伝説の英雄達が駆る機動兵装ムーバブル・モジュール六式【あかつき型】シリーズ。


「あれぇ、もしかしてここから先――通れるとか思ってるっぽい?」


 音速で飛翔する四番機――沙織さおりの【いなづま】が斬撃で動きを封じ――


「……魔法少女ら以外は眼中に無しとか――もしかしてオレら……なめられてんじゃね?」


 中距離を保ち、砲撃で誘導する弐番機――奨炎しょうえんの【ひびき】。


「ただのプログラムだ……。いちいち感化されるな……!」


 誘導された魔族を待ち構えた様に餌食とする、大型のビームハルバードを振り抜いた壱番機――闘真とうまの【あかつき】。


 尚も攻撃網を突破せんとする上位種機兵グレーター・デーモン――――しかしすでにその個体は後方、ロングレンジ射程で待ち構える参番機がターゲットサイトへ捉えている。

 音鳴ななるの【いかづち】――超長射程狙撃で獲物を仕留める狩人だ。


「ともかく撃ち落とすのみです……私的に……!」


 国防省の肝いり防衛兵装――宗家の【疑似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール】に比べれば幾分見劣りする性能。

 だが、そこに搭乗するは暁の伝説達ライジング・サン――彼ら専用のチューニングが施された特殊機体は天空舞う太陽の化身ヤタガラス雷と勝利の機神タケミカヅチと並ぶ、オーバースペックの魔改造機体。

 かつて、【霊装機神ストラズィール】と呼ばれた超常の機体を振り回した暁の伝説達――魔改造の機体ですら物足りぬ勢いで、魔を薙ぎ払って行く。


 魔法少女達と宗家部隊の猛攻。

 押された魔族兵団がたまらず部隊を両翼へ振り――私設要塞へのわずかな道が開く。


「艦首要塞方向へ!主砲副砲――及び対空砲群斉射!!テセラの道を開きます!」


「了解っ!艦首要塞方向へ……大和、機関最大出力!並びに主砲副砲、対空砲群一斉射始めっ!」


 その気を逃すまいとする艦長 れい……間髪入れぬ総監にて、最大戦力艦首を要塞へ向け突撃を再開し――

 うなりを上げる主・複並列偏芯機関デュアル・ロータリー・リアクター――霊力位相変換を経て、接続された破壊の炎神ヒノカグツチの神霊力が動力機関へ更なるムチを入れた。

 艦首を要塞へ向けた最大戦力より放たれる、兵装一斉射が十字砲火と化し――僅かに開いた道を更にこじ開けに掛かる。


 突撃を敢行する超戦艦の艦首――開放式ハッチ下ですでに待機する少女へ向け、艦長 れいが指示を飛ばした。


「ヤタ天鏡全力展開!同時に艦首上甲ハッチ開放――準備はいいですね!?テセラ!」


「はいっ、れいさん!いつでも行けますっ!」


 艦長 れいの指示へ強き首肯を返す、金色の王女テセラの纏う戦乙女ヴァルキュリアの機動外殻――彼女の生い立ちそのものである【マガ・プリンセス】は魔導式パワードスーツ。

 無数の砲台と主砲となる機械杖の砲を備える姿は、さながら重巡相当の高速戦闘艦の体を成す。


 だが……先の魔法力マジェクトロン枯渇こかつの事態を懸念し、【クロノギア】の装填・平行励起は未使用――吸血鬼を救う寸前での、力枯渇を避ける方向の対応で望む。

 限界まで魔法力マジェクトロンを温存――切り開かれた道をただ真っ直ぐ……救うと誓った赤き吸血鬼の少女を元を目指すために、その瞬間まで耐え抜いた。


 その道先案内人がテセラの元へ飛来する。


「テセラちゃん――きっと待ってるはずだよ……彼女が!レゾンちゃんがっ!」


「うん!ありがとう……桜花おうかちゃん!――絶対に……助けて戻る!」


 王女の表情は揺らがぬ決意に満ち溢れ――案ずるも杞憂であった小さな当主は再び中を舞い……魔族群と切り結ぶ。


姫夜摩ひめやまテセラ!――ヴァルナグス第二王女……ジュノー・ヴァルナグスとして……行きますっっ!!」


 最大戦力甲板より金色の王女が飛び立ち――彼女を通すため、一時消失させたヤタ天鏡が再び張り巡らされる。


 そして魔族兵団の中央、開けた道を進もうとした王女。

 その後方より追い越す一陣の風――王女も予想外の姿……断罪天使が眼前で、翼へ大気を孕むように急停止した。


「――っ!あ……の、ヴァンゼッヒ……さん……??」


 未だに過去の狂気を引き摺る王女も、断罪の翼へ向けた困惑は隠せない。

 が……少女も想定だにしない想いの長が、断罪天使より――否、の口より迸る。


「はぁぁ~~!?あんた今更何言ってんだ!アタシはアムリエル――あんたのクラスメイト……アムリエル・ヴィシュケだし!?」


「……えっ?」


 狂気的な先入観を植え付けられていた金色の王女は、想定外の出来事に時間を停止させ――その王女へ向けて、間髪居れずに断罪天使が言い放つ。


「――けどな……分かってるだろうけど、ちゃんと学園ではアタシを委員長って呼ぶし!?いいなっっ!」


「……うん――うんっ!……ありがと……アーエルちゃん!」


 断罪天使の言葉の羅列――

 その意味を理解した王女は、刻まれていた狂気の少女への恐れが吹き飛んだ。

 耳にしたのは紛う事無く、共にあり——仲睦まじくありたいと願う友人の言葉であったから。

 赤き少女を救う作戦——その直前で訪れた願いの成就は、少女の双眸へ溢れんばかりの輝きを呼ぶ事となる。


「テセラ!泣いてる暇――無いだろ!アタシが援護してやる……さっさとあの吸血鬼の所へ行くしっ!!」


 友人として初めて交わす断罪天使が放つ言葉は、王女の心を熱く包み込み――溢れた双眸から雫をぐい!と拭う彼女も首肯する。

 そして友人と――アーエルと初めて口にする事の叶ったクラス委員長と同時に、向かうべき場所を睨め付けた。


 強き力を宿す者達……小さき当主と、断罪天使と――

 自分が生きて存在した事で導かれ――因果の中で巡りあった少女達との絆が、金色の王女にとっての掛け替えのない物へと昇華される。


 この戦場にある、すべての者の意思が目指すその先に――今囚われる赤き少女へ向け……金色の王女が飛び立った。


 赤き命――ただ護りたくて――



****



 薄暗い闇に包まれた私――記憶に残る残滓で、必死に状況を掴まんとする。

 ……。

 

 私は魔王を救うためあの次元牢獄に――そこまで浮かんでようやく辿り着いた現状を把握し嘆息……ああ、私は囚われたのかとの思考に至った。


 体中がズキズキと痛む。

 記憶の残滓が正しければ――牢獄をこじ開けようとしていた矢先、あの声が響いて――


「……ここは……くっ――」


 酷い目覚めだ。

 開いた自分の眼が見たのは、異様な数のコードに巻き取られる我が身。

 両手も、両足も――身動きが取れないとは正にこの事だな。


 そこには誰もいない――

 私をおとしいれた導師ギュアネスも、救おうとした魔王シュウも――使い魔ブラックファイアさえも。


「ブラックファイアには、シュウを救って欲しいと嘆願たんがんしろと言ったが――最悪だ。シュウの気配すら感じないじゃないか……。」


 あのめんどくさい魔王……まさか自分で命を絶ったのか?

 導師が居ない所を見ると他に答えが浮かばない。

 そして自分はこの有様――


「――つくづく私の人生は……上手く運ばん……。」


 目覚めておちいっている状況に初めて気付く――それは、自分が一番望まない結末。


「全くもって――醜態しゅうたいだな、これは……。」


 ここは間違いなく、導師が用意していたこの地球を滅亡に導く古代の遺物――惑星破壊兵器エグゾレーダーのメインシステム内。

 聞くつもりはなくとも、あの導師が勝手にひとりごちた内容を……皮肉にも記憶していた。


「これで私は人柱だ……。私がこの地球を――――」


 覚悟はしていた……そのはずなのに、記憶の中にここぞとばかりに蘇る――


 最初に私にその身を差し出そうとした、愚かで――そしていとしきみすぼらしい少女。

 まだ魔族としては駆け出しで、未熟な半妖吸血鬼ハーフの私を――事もあろうか護ろうとし、あまつさえ名前まで与えてくれた聖なるシスター。

 何が気に入ったのか分からなかったが、似た境遇と知ってからは少し親近感を得た魔王。

 最後まで私に仕え続けた、ほこり高き――最強の使い魔。


「……私は――」


 そして――この私を救いたい等と言い放ち、何度も何度も切り結んで言葉を投げかけてきた――


「……私はもう――君には会えないのか?……テセラ……――」


 涙なんて当に無くしたと――そう思っていた。

 けれど今、シスターの事が呼び起こされたあの時の比ではない雫が……熱く私の頬を濡らす。

 私にも……まだこんなに――残っていたんだな――


「――諦めるつもりですか?」


 そして自分以外は誰もいないはずの、惑星破壊兵器エグゾレーター格納施設に響いた……すでに馴染んだとも言える声が、私の聴覚をくすぐった。




 この声――セブン……?

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